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5一日千秋のあの日

いつもありがとうございます。

「ユウくん、調子はどう?」

「まあまあかな。来週から抗がん治療が始まるけど、きっと大丈夫って信じてる。リエさんは?」

「私もまあまあだよ。治療を止めたら、逆に落ち着いてる」

 病院内のカフェテリアで、会うようになって一週間、リエの具合は何とか良さそうだ。

会話の最初はやっぱりお互いの病気のことだけれど、その後は離れていた時間に何をしていたかで、いつも盛り上がった。リエはあの後、彼氏を作らず、保育士さんになったらしい。保育士なら女ばかりの職場で、関わる男性は父兄と園長くらいだったから、男性恐怖症も少しずつ克服できたんだとか。ユウが北国の大学へ行き、豪雪対策で数か月間長靴生活を余儀なくされたことを面白おかしく話すと、リエは心底ウケたらしく、久しぶりに声をあげて笑ってくれた。

とにかく、ユウはなるべく前向きな言葉を選び、明るい口調でリエに話した。先日の診断で余命一か月と言われたリエは、もう抗がん治療をしない。ただ、痛みを緩和するケアだけを受けて、少しでも楽に過ごす方向に切り替えられたばかりだ。

「良かった。ユウくんはきっと治るよ」

そう。治って、また社会復帰して、いつか素敵な誰かと幸せになって。そう本気で思う気持ち半分、本当はその誰かが自分だったら良かったのにと思うと、どうしようもない寂しさで胸が苦しくなる。

「ありがとう。じゃあリエさんの体調もいいみたいだし、俺から提案あるんだけど、いい?」

「何?」

目をキラキラさせるリエに、ユウはいたずらっぽい笑みを浮かべる。

「あのさ、明日病院抜け出して、デートしようよ。お互いの体が動くうちに、少しの時間で、すぐ近くでいいから」

「えっ?いいけど、大丈夫なの?」

看護師さんとか回って来るのに、本当に大丈夫なの?とリエは少し不安になる。しかしユウはそんなリエの心配を払拭するように屈託ない笑顔で言った。

「大丈夫!昼ご飯の後すぐ出て、晩ご飯までに戻って来れば、絶対にばれないから!行先は、タクシーで本町商店街。きっと五分もかからないし、高校時代に時々一緒に行ったよね?」

「懐かしい!本町なんて、社会人になってからあまり行ってないなぁ。是非、行こうよ!あの、学生時代に一緒に食べた、アイス屋さんとかいいよね?」

「それ、俺も行きたい!じゃあ、決まりね。明日、昼の一時にご飯を食べたらカフェテリアに集合!服はパジャマでも何でもいいよ」

「了解!ありがとう。ユウくん」

リエはわくわくする気持ちを必死で抑えながら、満面の笑みで幸せそうに微笑んだ。


 翌日、約束通り1時に、ユウは入院する時に着て来た私服に着替えて、カフェテリアで待っていた。するとリエが手を小さく振りながら早歩きでやって来る。

「お待たせ」

同じく入院時に着て来たであろう、ざっくりしたワンピースに、ロングヘア―のウイッグを着け、ほんのり薄化粧をしている。

綺麗だな、とユウは思った。

癌で髪は抜け落ち、学生時代とは比べ物にならない程、げっそり痩せていた。手足は異常に細く、それを隠すように、大判のストールを巻いている。それでも、リエは綺麗だった。ユウは周囲を見回して、病院に見つからないようにリエの手を引いて外に出ると、素早く止まっていたタクシーに乗り込んだ。

「本町商店街までお願いします」

健康体なら歩いて行けよ、と嫌な顔をされるような距離だけれど、病院の前から乗ったので、運転手さんは黙って連れて行ってくれた。

 商店街は学生時代に訪れたままだった。古びた商店やよく行った本屋、服屋、百円ショップなどをちらっと見て、二人は楽しい時間を過ごした。

小一時間ウインドウショッピングをしていると、流石にリエが辛そうな表情を見せたので、行きたいと言っていたアイス屋さんに入る。

カウンターでアイスを注文すると、向い合せに腰かけて一服した。

リエは肩で苦しそうに息をしていたが、小さなアイスを少しずつ口に運び、幸せそうに目を瞑る。

「美味しい!これ、懐かしいね」

「そうだね、高校の時、時々食べたよね?」

ユウが話しかけると、リエはふと涙ぐんだ。

私、やっばりユウくんが好きだ。

最初に会ったあの時からずっと、大好きだったんだ。その気持ちは、今も変わらない。するとユウはアイスの甘い後味が口から消えないうちに、リエの目を真っ直ぐ見る。

「リエさん、もう何度目か分からないけど、今度こそ俺の彼女になってくれない?」

意を決して告白したユウの手を、リエは初めてそっと力無く握る。そして、形の良い目に涙を浮かべたまま、顔を小さく横に振った。

「ありがとう。何度も断ったのに、今更手を取って、ほんとごめんね。私、ずっと高校で初めて出会った日から、ユウくんのこと、大好きだったの。でも私はもうすぐ死ぬ。だから、付き合っても、私すぐにお別れしないといけなくなっちゃうから、もう好きって言えないよ」

そう言って涙を流すリエの手を、ユウはしっかり握り、いつになく真剣な表情で見つめた。そして、

「いいよ、それでも。一分でもいいから、俺の妻でいて欲しい」と言うと、人目も憚らず、リエを抱きしめて泣いた。








お話を読んでくださり、本当にありがとうございます。

これからも、よろしくお願いいたします。

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