2交錯
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その日の帰り道、リエは久しぶりに一人だった。
いつもなら、ユウが三年の下駄箱のところで待っていて、一緒に帰るのだけれど、流石に今日はいるはずがなかった。
本当は私、ユウ君が大好きなのに…。どうしてこうなるの?
空を見上げると、自然と涙が溢れて止まらない。
最初に見た時から、惹かれた。綺麗な目をくしゃっと細めて微笑むのが好きだった。かっこいいのに、全然気取っていないところも、お洒落なのも、優しいのも何もかも…。
でも、今のユウと付き合うことは、絶対にいけない、と心が警告するのをリエはどうしても無視できなかった。いつもたくさんの女の子達に囲まれて、まるでアイドルみたいにチヤホヤされているユウに近づけば、きっと私はやられる。たとえそれが一年生だったとしても、誰が三年と繋がっているか分からない以上、あまりにも危険な選択にしか思えなかった。
少し前に同じクラスの友達にこっそりこのことを相談したこともある。すると友達は、「全然大丈夫だよ」とリエの杞憂を一蹴した。確かに友達の言う通りかもしれない。この学校は何故かやけに人が良い子ばかり集まっていて、三年間、イジメどころか小競り合いの一つすら、まともに見たことが無い。
「森くんは一年のアイドルみたいになっているから、確かに押しの子がいっぱいいるけれど、リエが彼女になったら、それはそれであの子達も応援してくれそうじゃない?」
「そうかもしれないけど…」
と口では返事をしながら、リエはやっぱり無理だと思った。もし、またやられたら、この受験のナーバスな時期に、嫉妬が拗れてイジメの標的になったら…。
もう、大切な人や穏やかな毎日を失いたくない。
二度と…あの時みたいな思いは、したくないと思うと、自然と答えは決まっていた。
辛くて悲しくて、どうししたらいいのか分からないけど、こうするしかない。
それは、ユウ君のためでもあるのだから。
五年前、中二の三学期に急遽隣町にある母の実家に転校したことを、思い出す。
それまでいた中学は、小学校の頃から地獄だった。妬み嫉みは当たり前で、目立つ子、頑張る子を片っ端からイジメの標的にし、仲間外れにするのが日常だった。リエは運動も勉強もそこそこだったけれど、顔立ちやスタイルが群を抜いて綺麗なことで目を付けられた。
物心ついた頃から生意気と言われては、中心的な女子達に嫌がらせをされてきた。友達らしい友達なんていたこともなく、いつも大人しい子達の中からまあまあやっていけそうな子と上辺だけ仲良くしてやり過ごした。しかし、中二の夏、とある男子がリエに気があると公表したことから、立場は急激に悪化した。はっきり言って、リエにとっては迷惑でしかないのだが、その男子が学年の中心的な女子の片思いの相手だったことから、その日から執拗なイジメが学年中で行われた。昨日までそこそこ仲良くしていた子たちが、一斉にリエを無視するようになると、私物がゴミ箱に捨てられることが多くなった。そして、体育の終わりに制服のスカートが隠される事件が起きて、ついにリエの心は折れた。十二月、一人半そで短パンの体操服のまま、俯きながら授業を受けるリエを、男子達が卑猥な言葉でからかった。結局スカートは、トイレの便器の中に捨てられていて、自力でそれを見つけると、そのまま早退して家に帰った。
転校先の隣町の中学は、前のところよりは幾分マシだった。が、イジメこそ受けなかったけれど、目立つ子にいい顔しないのは同じで、いつしかリエの心に「絶対に目立ってはいけない」という思い込みが確信となって根付いていた。
もし、ユウ君と付き合うことになったら、あの時と同じことが繰り返されるかもしれない。今は皆、良い人だけど、人なんていつ豹変して裏切るか分からないのだから。
そう思うと、自然とユウのことを避けた。ユウもあれ以来、三年の教室へ来なくなったので、そのまま何事もなかったかのように、受験勉強に集中した。
三月、無事地元の女子大への入学を決めたリエは、春休みを利用して、ファーストフードでのアルバイトを始めた。そこは奇しくもユウの家の近くの店舗だ。今更会えないと思う反面、例え店員としてでも、一目ユウに会いたいとい思いが心のどこかにあった。
が、そんなリエの細やかな願いを大きく裏切る出来事は、すぐに起きた。何とユウが、同じお店にアルバイトとして入って来たのだ。
「ユウ君?!」
慣れない制服を着心地悪そうに着たユウを見て、リエは目を見開く。しかしユウは最初からリエがいることを知っていたらしく、くしゃくしゃっと目を細めて、恥ずかしそうに小さく手を振った。
やっと会えた!とユウは久しぶりにいい気分だった。
あの日以来、半年近くリエと会話することは無かった。次第に三年の教室からも足が遠のき、悶々と過ごす日々が続いていた。しかし、二年への進級を控えたある日、近くのファーストフードでリエがバイトしていることを知った。
学校はバイト禁止だけれど、そんなことはお構いなしだった。ユウはすぐに面接を受けると、毎日のようにシフトを入れた。バレー部は体の具合が悪いと嘘をついて、バイトの無い日だけ顔を出した。
リエはカウンターで接客、ユウは裏方でひたすらバーガーを作り続けた。数か月経つと次第に会話するタイミングも自然と増え、今度こそもう一度告白して付き合うぞ、と心に決めていた。
しかしそんなユウの希望を打ち砕くような出来事は、突然起きた。
何と、偶然バーガーの包み紙を取りに倉庫へ向かう姿を、高校の生活指導に見つかってしまったのだ。
「お前、二年の森だな?その恰好はアルバイトか?!」
言い訳する余地も与えられず、生活指導はそのまま店長を呼びだすと、事情を説明してユウを連れ帰った。生活指導室でみっちり説教を受けた後、一応処分は免れたものの、今度やったら親呼び出しの上に停学にすると脅された。
翌日、ユウは洗濯済みの制服を手に、店長に謝りに行った。店長は快く状況を理解してくれて、「また卒業したら来てよ」と言って辞めさてくれた。最後にリエにも事情を話したくて、ユウは店の前で待ってた。二時間程して、バイトを終えて出て来たリエを、ユウは意を決して真剣な表情で見つめた。
「リエさん、俺学校に見つかってバイト辞めちゃった。でも、ずっとリエさんのことが好きなんだ。今度こそ、付き合ってくれないかな?」
二度目の告白は、最初の時よりも必死だった。が、リエはそんなユウに目を潤ませると、申し訳なさそうに俯いた。
「ごめんね。私、今付き合っている人がいるの」
再び頭が真っ白になる。しかし思考が停止しそうな脳をフルで動かして、ユウは微笑んだ。
「そっか…知らなくてこっちこそ、ごめんね。じゃあ、俺とは友達でいいから、これからも仲良くしてよ」
「うん、よろしくね」
リエは何とかユウと繋がっていたくて、必死で返事をした。実は少し前からバイト先のマネージャーに告白されて、付き合っていた。理由はバイト先でも女の子にチヤホヤされるユウへの絶望と、何度振られても平然と微笑む姿を悲しいと思ったから。
どうしていつも、悲しい顔すらしないの?私はこんなに傷ついているのに…。
言い知れぬ悲しみを抱えたまま、リエは再びユウが差し伸べた手を、自ら離した。
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