私が愛してやまない名画と唯一にして最大の欠点
私が子供の頃から愛してやまない一点の広大な風景画。そこに描かれているのは荒涼とした岩山に挟まれた、全く人気のない曲がりくねった寂しげな小路。蛇行する川に架けられた連続アーチ橋も、誰かを向こう岸へと渡す役目を果たすこともできず、ひっそりと静かに佇んでいます。
額縁の外に向けて刺すような冷気を発し、険しくそびえる山並みは自然の厳しさや恐ろしさ、残酷さを観るものの心に深く刻みつける一方、その凍てつく山脈に囲まれ鏡のように澄んだ広大な湖は、自然の美しさや雄大さ、豊かな恵みを象徴しているかのようです。
あるいは自然と人間の調和と理解することもできますし、過酷な環境を人類が克服してきた歴史と解釈することも可能ですが、その未来に人が存在する確証などないことを示唆しているのかもしれません。
技術的な面でも寒色と暖色の使い分けによって距離感を表現する見事な空気遠近法は革新的で、世界に更なる無限の奥行きと広がりを生み出しています。
思わず溜息がこぼれてしまう神秘的な景色は、いくら眺めても全く飽きることがなく、今まで何度この絵の中に問答無用で引きずり込まれ、果てしない旅を繰り返してきたか数えあげることはできません。
どれだけ言葉を尽くしても、その魅力の一万分の一さえ表現できない素晴らしい風景画だからこそ、この絵画の唯一にして最大の欠点が私はどうしても許せないのです。
それは最高の景色を無神経に遮る、一人の中年女性を描いていること。彼女は絶世の美女でもないくせに、正面で鑑賞する私を視界に入れたくないと言わんばかりに、あからさまに目を逸らし、小馬鹿にしたような含みのある笑みを浮かべ、手を組んで堂々と中央に居座っているのです。
一説によればリザという名の女性だそうですが、この腹立たしい蛇足さえなければ、一体どれほどの輝きを増し、文句のつけようがない完璧な大傑作になっていただろうかと想像するだけで、私は常々悔しさに歯ぎしりが止まらなくなり、血の涙を流しながら地団太を踏んでしまうのでした。