5月6日 機械少女と影
「楓君、楓君起きなよ」
楓、僕の名前を呼ぶ声が煩わしく頭に響く。
窓から見える空が明るい。
テーブルに突っ伏して寝てしまったようで、
身体中が重たかった。
どうも寝不足なようで、視界がぼやける。
「ほら、しっかりする!」
声と共にいきなりすごい力で肩を叩かれた。
想定以上の音と痛みに驚き目が覚める。
後ろを見ると、薺が立っていた。
「お、おはよう」
「うん、おはよう」
薺は笑顔を見せた。
痛む肩をさすっていると、
ふと、何故僕はこんなところで寝ていたのか、
疑問が頭をよぎった。
「あれ、薺、昨夜どこで寝た?」
「君のベッド」
「なるほどね」
ベッドは1つしかない。
きっと昨夜の僕は、彼女と一緒に寝るのは
いかがなものかと思い、
テーブルで眠ることにしたのだろう。
「ねえ、楓君」
薺が上目遣いで話しかけてきた。
何が嫌な予感がする。
「何?」
「朝ごはん作って」
まさか、料理出来ないのでは、と勘づいてしまう。
「いや、君の仕事でしょ?
そもそも家事と料理する代わりに」
僕が言い切ら無いうちに、薺は言い放った。
「私が料理なんかしたら食材が可哀想だ」
僕は深く溜息をついた。
それから僕はキッチンへ向かい
コーヒーを淹れ、薺はテレビの電源を入れた。
コーヒーの香りが部屋に広がり、
テレビに映ったニュース番組では
レポーターが熱心に事件の概要を語っている。
良い朝だ。
こんな時間が永遠に続けばいいのに。
感じられた幸せに浸った矢先、
「楓君!ジャック・ザ・リッパーだよ!」
薺の声が爽やかで澄み切った
朝の雰囲気と空気を切り裂いた。
テレビには映っているのは
二階建ての一軒家だった。
二階の窓が破られていて、
表札には「初芽」と書かれている。
レポーターは語る。
昨夜、この家で一人暮らしをしていた男が殺害された。
死因は斬傷による出血死らしい。
僕は薺に問う。
「これの犯人のどこがジャックなの?」
「格好いい暗殺者といえば、切り裂きジャックでしょ」
「格好いい?」
「うん、かっこいい」
僕は薺の体の無数の傷跡と銀色を思い出した。
テレビを凝視する彼女の横顔には、
ぐちゃぐちゃに混ざったような感情が浮かんでいた。
ふと、僕は思いだす。
薺の苗字は、被害者の男と同じ「初芽」だ。
「薺、コーヒーでも飲む?」
僕が聞くと、彼女は答えた。
「甘いやつなら」