5月5日 機械少女と雨音
「機械、人形?君は人間じゃない?」
僕はその凄惨な体の有様に思わず
悲鳴をあげそうになったが、なんとか取り繕った。
「うん。私は人じゃないよ。
まるで人みたいに、自分で考えて自分で行動するロボット」
薺は服を着直しつつ話した。
銀色の中身を見た後でも、
彼女は到底機械だとは
信じられないほどに人間らしく見えた。
あまりに非現実的な存在が目の前にある。
その事に自分が興奮している事に気づいた。
今日から、
この全くの未知なるものと一緒に生活をするのだ。
驚きに満ちた毎日が待っているのだ。
そう思うと愉快な気分になった。
服を着終えた薺は言う。
「元々ね、年寄りの介護とかする用の
機械人形だったんだ、私。
ただあんまり上手くいかなくて、こうなっちゃった」
「なるほどね」
返事をしながら考える。
上手くいかない、とは言っても
普通あんなに傷が付くことは無いだろう。
薺は虐待か、それに近いものを受けていて、
それで、逃げてきたのだと思う。
「まあ、ここにいる限りは安心だから。ゆっくり休んでよ」
と言うと、「優しいねえ」と返ってきた。
少し重たい空気が辺りを支配する。
僕は話題を変えようと口を開いた。
「さっき言ってたけど、
機械人形って何用、とかあるんだ?」
「あるよ。例えば、私みたいな介護用とか、
警察とかで働く戦闘特化のもいる。
超カッコイイんだよ?
でも、極力機械人形の存在ってのは隠すものだからさ。
知らないのも無理はないかも」
「へえ。なんで、隠すんだ?」
薺は顎に手を宛て、考える仕草をした。
「そうだなあ、
あんまり広まるとマズイから、かな?」
「なんでマズイんだ?
すごい技術だし、広まった方が良さそうだけど」
「もしかしたら、人類が滅んじゃうかもしれないから」
「え?」
僕は驚く。
「なんで、そうなるんだ」
「そもそもね、機械人形は人間より優れてるんだよ。
知能も能力も安定していて
生身の人間より圧倒的に優れている。
ちゃんとメンテさえすれば、衰えもしない。
だから、私達の存在が世に知れ渡ってしまうと
機械人形は世界中に広まって利用されるようになるわけ。
そしたら、いづれ、私達は理解しちゃうと思う。
機械人形より劣る人間は要らないんじゃないかって」
「それは、怖い」
本心だった。
機械人形は人間より優れている。
世に広まり、数が増えると、
人間より優れた新しい人種のようなものになる。
そうなると、
機械人形は劣等種の人間に服従する必要が無くなる。
よく考えたら、
薺はそれを既に理解しているのではないか、と
思い背筋に冷たいものが走った。
きっと、彼女にとって僕は劣等種の人間だ。
「まあ、多分広まらないから大丈夫だよ」
「そうなのかな」
何の根拠もないじゃないか、と思った。
前から、手が差し伸べられたことに気づく。
「まあそういう事で、今日からよろしく。楓君」
僕は差し出された手を握り、
「こちらこそ、よろしく」と返す。
薺の手は人並みに温かかった。
「あ、そうだ。楓君。
そこら辺にビール缶転がってるけど
今日からお酒、飲んじゃダメだよ」
「なんで」
「私酔っ払い嫌いだからさ」