5月5日 機械少女と雨音
「僕は楓。青木 楓だ。よろしく」
僕は手を差し出す。
少女は手を取り、
「私は初芽 薺。よろしくね」と力無く言った。
その声音からは疲労の色が滲み出るようだった。
「じゃあ、家すぐ近くだから行こうか」
僕は薺を傘に入れ、家へ向かった。
僕は1年前の春から一人暮らしをしている。
古いアパートだが住み心地は悪くない。
キッチンも、トイレもあり、そこそこ広い。
陽当たりも良く、夕方には赤く照らされる。
僕の部屋は2階への階段を上がってすぐのところにあった。
ただ、僕の部屋には大きな問題がある。
床に散乱する服、ビール缶の塔がそびえ立つテーブル、
いつ使ったか思い出せない食器が放置されているシンク。
いわゆる、ゴミ屋敷というやつだ。
世間一般的にはよろしくないだろうが、
僕個人としては特に何の不快感も無く、
なんなら居心地の良さすら感じてしまっていた。
綺麗症な人間では決して
住むことが出来ないであろう世界だ。
「楓君、一人暮らしなんだ?」
薺が話しかけてきた。
このアパートで女性と話した事が無いからか、
反響する薺の声がやけに新鮮に感じ、
身体をくすぐられるような、感覚を覚える。
「正解」
「やっぱり寂しいもん?」
どうだろうな、と笑ってみせた。
僕らは2階への階段を登った。
「ほら、ここ。僕の部屋」と言い、鍵を開ける。
彼女は部屋に入るなり言った。
「うわ、すごい汚い」
「意外と快適だけど」
「私には流石に厳しいかもなあ」
苦笑いする彼女だったが、
何故か良く部屋に溶け込んで見えてしまった。
「とりあえず、君雨でべちゃべちゃだから
お風呂入っておいでよ。入れてくるから」
タオルを手渡し、言うと、
「うん、ありがとう」と返ってきた。
「とりあえずこれ着といて」
と言いそこら辺にあった
暫く着ていない僕の服を渡すと、
彼女はすごく嫌そうな顔をした後に小さく頷いた。
「明日絶対掃除してもらうからね」と言われた。
それから風呂が湧いて、部屋には僕1人になった。
僕は考える。
「割となんでもする」
彼女の言葉を思い返した。
割となんでも、とはどこまでを指すのだろうか。
よく考えたら彼女のさじ加減ではないか。
だが、家事やら掃除やら洗濯やらを
やってくれる女の子が家に住み込みでいてくれる、
というのは悪くない。
メイドみたいなものかもしれない。
仕事内容はなんとも曖昧だが、
彼女を雇う価値は十分にあるだろう、と結論付けをした。
僕は買ってきた苺やら生クリームやらを冷蔵庫へ仕舞い、
牛乳を2つのカップに入れ電子レンジで温め始めた。
雨に打たれている彼女の姿がなんとも可哀想に思えて、
何かしてあげたい、という気持ちからだった。
風呂場の戸が空く音がして、薺が風呂から上がってきた。
彼女は言う。
「いいね、この服」
「僕のセンスだからね」
「ここに書いてる英語、読める?」
「さあ?」
「この世界は真面目に生きるのには向いてない、だってさ」
へえ、と相槌を打ち、
僕は温め終えた牛乳に砂糖を加え始めた。
薺はそこら辺に置いてあった
ドライヤーで髪を乾かしている。
出来上がった甘いホットミルクをテーブルに置いた。
「ほら、飲んでいいよ」
「お、ありがとう」
自分の分を彼女と向かいに置き、座る。
髪を乾かし終え、薺も座る。
薺は真剣そうな表情で僕を見た。
「ここに住まわしてもらう前にね、
知ってもらいたい大事な事があるんだよ」
そう言うと、薺はその場でおもむろに服を脱ぎ始めた。
目が離せなかった。
露わになる肌には無数の傷跡があった。
切り傷、殴られた跡、
煙草の火を押し付けられたような跡。
何より異様だったのは、
破れた皮膚からは銀色が覗いていたことだ。
驚き、固まってしまった僕に彼女は言う。
「ごめんね、私、人間じゃないんだ。
身体とか全部機械で出来ててね。
人類の英智が詰まった、機械人形ってやつなんだ」