瞬殺の予感
時は流れ模擬戦当日、完璧なまでの準備を整えていた私は意気揚々と早朝訓練を終え汗を拭っているのだが……、ルークがうるさい。
「リラお嬢様、本当にやるおつもりですか?! ボーバール殿から攻撃が無いと言ってもお嬢様の攻撃に打ち込んでは来るのですよ?!
騎士団、特に公国騎士団は国の要、精鋭部隊です! ガキ大将や学生剣士に毛が生えた程度の相手と訳が違います、ましてや騎士団長など、相手になる訳がありません! さすがに舐めすぎです!!
話を聞いたら相手は五つ星って言うじゃ無いですか、ミラ様より上の実力を持っていると言う事ですよ?!
聞いてるんですか?! はっきり言って今回は無謀としか言えません!」
そう、向こうから攻撃が無くとも、打ち合う事になる、若い騎士が数合打ち合っただけで腕が上がらなくなるのを見た。
魔法への耐性や身体の大きさからは想像出来ないほどの早さ、そして何より強い、間違いなくこの国のトップレベルだ……、だが、しかし!
——テメーの土俵で戦う訳ねぇーだろ!
「私が相手の土俵で戦うとでも? 舐めすぎですって? どちらの口がほざきやがるのかしら? ねぇ、メアリー」
私は少し離れた所で座禅くみ瞑想しているメアリーに投げかけた。
「はい!」
メアリーは返事をするとすぐ駆け寄る。
「今日、私、本気で行くわ、ルークが舐めすぎだって」
「え?! だ、だめですよ! 相手は騎士団長さんなんですよ?! それにそんな事したら副団長さんだって無事ではすみません! 昨日話したじゃないですか!」
メアリーの言葉にルークの時が止まると顔は一気に青くなる。
「え? ち、ちょっと、待って……、え? メ、メアリー……、ま、まさかと思うのですが……、既に詰んでいるのでしょうか……?」
「はい、ルーク様……、詰んでおります」
ルークは静かに事を悟る。
◆◇
間もなく模擬戦が開始される王城敷地内にある室内試合場にて私たちは雑談をしていた。
そこは長方形の広い空間、所かしこに室内を明るくする魔導具が設置されている。
「へぇー、こんな所があったんだぁ」
「そうか、リラは初めてだったね、騎士の昇級試験何かここでやるんだよ、今回は異例だしね、父上に許可を出してもらったんだよ」
何気ない会話、ランスが私が知らない爆弾を投げ込む。
「え? 国王様この事知ってるの?!」
「はい! リラお姉様とランスタッチ将軍の模擬戦は城内でも噂になっていましたからね」
——誰だよ! 大事にしたヤツァー!
「まあ、だから入場が制限出来るここになった訳なんだけど、リラ、本当に良いのか? 下手をすると大怪我するんだぞ?」
デジャブ……、昨日散々ルークに言われた事を聞かれ、控えめに同じ様な事を返す。
そして、めんどくさくなり話をかえる。
「そだ、ランスもルークも古代魔法に興味ある?」
「ちょ、ちょっと待って下さいリラ様! い、今ここでですか?!」
話の内容を理解したかメアリーが焦りの表情をみせる。
この世界に産まれ経験し考え、そして、1つの結論に至った。
この世界の人々には持久力がない。
剣術に槍術、格闘術など私が見た限り様にはなっている。
しかし、長期的火力がなさすぎる。
マナコントロールによる身体の負担を減らせる術を知らないし、回復、治療系の魔術もなっていない、火力高い魔術はマナ消費が激し過ぎる。
有事の際、必ず綻びが出てくる筈だ。
この前のはただの魔物大進行……、読んだ書物の一説に、魔物が波の様に押し寄せと書いてあった。
恐らく、それは魔物大狂乱。
微にだが覚えている前世……、あれはこの世の地獄だった、彼がいなければ、あの世界は終わって……。
——彼? だれ?!
……。
まあ、今は忘れよう、それよりも魔物大狂乱はこの世界でも起こり得ると言う事。
そして、この世界の人々では太刀打ちする事もなく滅びる……。
あの世界の意志? ウェズリット・バーンもどきが私をこの世界に送ったのには理がうんちゃらって言う意味があった。
一時的にパワーバランスを壊す事にはなるだろう、でも、マナコントロールやここで言う古代魔法は必要になる。
私はそう確信している。
「ん? メアリーどうしたのですか? 古代魔法は各国、多くの予算をさいて研究しています。
故にその第一人者であるイズール殿はローレンス国王より、伯爵位や賢者の称号を賜り、特権も与えられているのです、興味がない訳ありません」
——え? マジ?!
ルークの言葉に一瞬たじろぐが、すぐに正常に戻る。
「ど、ど、どうしましょう! リラ様!! わ、私、イ、イズール様を……」
助けを求める様な目で私を見るメアリー……、まあ、過ぎた事はしょうがない。
それに王太子を弟子候補として迎え様としているのだ、賢者だろうが伯爵だろうが世界の安寧の為には些細な問題なのだ。
「良いんじゃない? 別に」
「べ、別にって!」
「メアリー……、リラお嬢様は……、また何かやらかしたのですか?」
「べ、別に何もないって、ね、ねぇ? メアリー?」
「は、はい」
恐ろしく冷たい眼差しがルークより注がれる、しかし、そこに救世主となる騎士団の面々が現れる。
「おい、嬢ちゃん逃げなかったんだな、舐めてっと怪我すっぞ」
「逃げる? どうして? それよりもちゃんと対策はして来たのかな? そちらこそ子供だと舐めているとこの世の地獄を味わうかもよ」
驚き私の肩に手を置いたランスだったが、それをはらい私は騎士団たちの方へとゆっくりと向かう。
「ほう、嬢ちゃんの態度が大きかったのはランスロット殿下が後ろにいたからか、地獄か……、でもよ、そりゃあ期待し過ぎだぜ?
まあ、俺にも悪い所があったって認めるよ、なあ、悪い事はいわねぇ、この辺で手打ちにしねぇか?」
ボーバールの言葉に納得出来ない若い騎士たちが騒めき出すが一蹴される。
「うるせぇ! ガキに舐められるだと?! そんなもんいいんだよ! 誰が好き好んであんなガキンチョ痛めつけなきゃならねんだ!」
「もう舐めてるよ」
「な、なんだと?!」
「その三下どもは、団長さんの話を聞かないだけじゃなく、反論までしちゃうんだよ? 統制の取れない騎士団なんか、この最たるものでしょ?
それに団長さんも団長さんだよ、確実に勝てると思ってる? 私の心配してていいの? 団長さん、私が貴方に勝つ為に用意したカード4枚、まずは1枚目……、コレなーんだ?」
ニヤリ。
私は仁王立ちで構えると1つの指輪を見せ満遍の笑みを浮かべる。
それはイズールに頼み、奥様方に渡してもらった指輪に近い物、しかし、それとは異なる。
奥様方に渡したのはただの指輪だが、これには少し仕掛けがあった。
「な、なんだそりゃ?」
「え? あっ、団長、私がそれと同じ様な指輪を」
「ん? あっ、そう言やあ、ウチのかぁちゃんも……」
2人の頭の上に疑問符が並ぶ、この様子ならば気が付いていない。
——さあ! こっからは全て私のターンだ!!
「フッフッフ〜、コレは……」
「ちょっと待って下さい!!」
……。
……。
突如、私の言葉を遮り入り口より現れたのはイズールだった。
「イズール!」
「待って下さいクラーク、この状況の発端は私なのでしょ?! すまない、もうリラ様とは話が出来た、だから……」
「イズール、キミの話は過去の事、これはもう第四公国騎士団の問題となったのだ、下がってくれ」
「い、いや、キミには、キミたちには謝らなくてはなら」
「だからもう済んだ事だ」
——ちっ、変なタイミングで出て来やがって……、ん? 丁度いいか。
「イズール君、先方が済んだ事と言ってくれているのだ、下がって良いぞ?」
「い、いや、しかし……」
「下がって良いぞ?」
イズールは戸惑い、驚き、恐怖、何とも言えぬ表情を浮かべ、これを了承、入り口近くまで戻るが試合場からは出て行く様子は見せなかった。
「ではこちらを」
私が指輪を2人の前に差し出すとボーバールが手に取り眺めた。
「コレがカード?」
「ええ、指を鳴らすと」
パチンッ!
指を鳴らすと指輪は発光し、一枚の紙がヒラヒラと落ちた。
そう、これはちょっとした魔法の指輪、収納機能が搭載されている、しかし、私は魔導具の専門ではない……、したがって入る容量も紙が数枚程度、それでも2人にとっては脅威となる。
「ちょっと見てみて」
2人は紙を手に取り黙読する。
紙を読み進めるにしたがって震え出し、言葉を失う2人。
《◯月◯日 ボーバール、クラーク両名はシスターパブに来店、サラサちゃんとリンダちゃんをお持ち帰り。
この日はランスタッチ夫妻の結婚記念日、なお、翌日仕事であったと嘘の証言、この件にクラーク関与。
……。
……。
◯月◯日 ボーバール、クラーク両名は◯◯男爵以下5名と天竺パラダイスに来店 オープンからクローズまで飲食し料金130万ガルド支払う。
その際、クラークは娘の積み立てより支払い、補填はまだされていない。
……。
以上、中間報告、鋭利調査中》
「な、なにかな、こ、これは……、う、嘘ばっかりだなぁ、だなぁ? クラーク」
「え、ええ、何かの間違い、そう、間違いしかなのです、だ、誰かと勘違いなされているのかな……」
目が泳ぎに泳ぎまくる2人。
——フッフッフ〜、私とトトたちの捜査能力舐めてもらっては困る。
「指輪、見た事あるでしょ? 次、指鳴らしたら同じ様な紙が同じ様な指輪から出てきたりしてね」
「ち、ちょっと、ちょっと待とうか、リラ君」
「そ、そう、落ち着いて、そう落ち着いて〜」
——落ち着くのはキミたちだよ。
「舐めてかかると怪我しちゃうからなぁ、模擬戦開始したら指を鳴らすじゃん?
それでダメなら次のカード……」
「え? まっ、まって?……、次?」
「ほら、カードは4枚しかないから、4枚きってダメなら負けを認めるしかないよ」
いつまでたっても始まらぬ模擬戦。
遂には試合場内が騒めき出し、クラークを審判にさえ、遂に模擬戦が始まろうとしていた。