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絶望を与えるフライパン

 闘技場の中央に私とデローグ、審判となったジェイク、そしてランス。

 他の者はいない。


 「デローグ、わかっていると思うが相手は学校にも通っていない子供だ。

 決闘とは言え殺せばお前の汚点になるぞ」


 「汚点? 今回俺は申し込まれた側だぜ? 手を抜いて負けたらそれこそ汚点だろ」


 ランスの気ずかいは有り難いが、アイツの本気を少ないカードで絶望を与えるつもりだ。

 今回ばかりはデローグの言葉を支持する。


 「負けたらメイドさんだしね、あっ、さっきメアリーにすっごく可愛いやつをって頼んであげたから、しかも今回は私からのプレゼント! 金銭を要求しないから安心して」


 「リ、リラ! 煽るな!」


 「安心して殺さないから、だからランス、邪魔しないで」

 

 「ランスロット、コイツがこう言ってんだ、手加減は必要ないだろ」


 ジェイクの号令で私たちは中央に、ランスは闘技場のセカンドブースへと歩みを進めた。


 「ちっ、嫌なもん引き受けちまったな、お前になんかあったら俺がヴァンにどやされるじゃねぇーか。

 マジで死ぬんじゃねぇーぞ」


 「大丈夫だよジェイクさん、そんな事にはならないから」


 ジェイクさんは二つ星の実力者で国の特殊部隊に所属していたレンジャーだったが、若い頃、右目を負傷した事により退役、ギルド職員になったのだとか。

 

 星の事はよくわからないが、おおよその強さを示すものらしい。

 騎士団長推薦されるには、最低一つ星と認定されている事が条件らしいのでジェイク実力はかなりのものと言える。

 

 「簡単にルールを説明する。

 まず、この闘技場を故意に離れた場合、その者は負けとする。

 制限時間、戦いの手段は、双方の要望通り設けない。

 反則行為はただ一つ、戦闘不能、意識の有る無しを判断するに当たり、ブレイクタイムを取る、ブレイクに従わなければ反則負けもあり得る事は忘れるな。

 最後に、決闘は殺し合いでは無い、それだけは肝に銘じておけ、以上だ」


 私とデローグはそれに頷き、セカンドブースに行き準備を開始する。

 デローグはどこかで見た事ある様な白銀の鎧を見に纏い、それとは似つかぬ燃える様な赤い刀身の大剣を手にした。


 一方、私は……。


 「リ、リラお嬢様、ほ、本当にコレで……」


 「ふざけているのか?! 決闘なんだぞ!」


 大きなフライパンと大きなハンマー、そして鎌を装備し、コンロと椅子を手にした。


 「リ、リラお姉様、こ、このラインナップ! ま、まさかあのコンボを……、ふざけているのはランス兄様の方です! それは一対一の何でもありな決闘ですよ? 相手をご覧ください! 鎧に大剣、容易に手の内が見て取れます、一方、リラお姉様のお持ちになっている装備、お兄様にこの後繰り広げられる惨状を予測出来ますか? 

 あの方はもう終わりです、リラお姉様は本気であの方を始末する気なのですから」


 「ティ、ティファ、お前何を言っているんだ……?」

 

 私は静かにブースを離れ、闘技場中央に向かう。

 

 「「「……」」」


 そんな効果を、会場は驚きの沈黙で私を迎える、それは、ジェイクとデローグも例外ではなかった。


 中央にいるジェイクより10m離れた場所で足を止める、デローグとの距離は20mほど。


 「お、おい! 貴様!」


 「始めてください」


 ジェイクは戸惑いながらも右手を大きく上げ、それを振り下ろすのと同時に「始め!」と声を会場に響かせた。




◆◇◆◇




 リラお姉様が何をしようとしているのか、私は知っています。

 大きなフライパンに大きなハンマー、そして鎌やコンロ……、先日、魔法の使い方を教わっていた時の事。


 「これなんか対処が出来なければ、後は好きに料理出来ちゃうよね」


 私はリラお姉様の言葉に震えを覚えました。


 何もさせずに一方的に行われる蹂躙、そう、巷で言うボコボコと言うやつです。



 「ティ、ティファ、お前何を言っているんだ……?」


 「始まりますよ見ていて下さい、すぐにお分かりになります」


 審判の方の掛け声により決闘が始まります。


 リラお姉様は相手の出方を伺いながらもマナを身体全身に循環させ土魔法の準備に取り掛かりました。


 「おい貴様、そんなもんで本当に戦うつもりか?

 これが何だかわかるか? 俺は英雄の末裔、そしてこの鎧は、その昔、魔王カルディナとの戦いで英雄ウェズリット・バーンが身につけていたとされている閃光の鎧のレプリカ、能力もオリジナルに引けをとらない。

 お前の勝ちは既に無いのと同じなんだよ」


 アイツは何をやっているのでしょう? 決闘は既に始まっている、しかも何をする訳でも無くいきなりの会話……。


 「ランス兄様、あのデローグと言う方は何をしているのでしょう? もうリラお姉様の準備は終了しています、あそこから勝負になるのですか?」


 「え?」


 「え? 見えていないのですか? リラお姉様はもう魔法を完成させています、後は放つだけ。

 一方、あの方はマナを循環させる所か、一切動かしてもおりません」


 私の言葉にランス兄様とルーク様は目を丸くしています。

 どう言う事でしょうか、戦いにおいてマナの可視化は当然の事とリラお姉様は言っていた、それを怠ると言う事は相手へ先手を与え、最悪死に直面してしまう、と言う事も……。


 「ランス兄様もルーク様もマナの可視化は癖つけておかなければ、いざと言う時、死に直面してしまいますよ」


 「え? マナの可視化……?」


 「ティファ様、どう言う事ですか?」


 ……ん? どう言う事でしょう? リラお姉様は確かにこう言っていました。


 『マナの可視化は基本中の基本、魔法の鍛錬はみんなそこから始まるだよ、魔法を覚えるのなんてその後その後!』


 基本……なのでは?

 

 「この聖剣クルッポゥレプリカもオリジナル同様、火の属性が付与されている……、火傷程度ではすまんぞ」


 「またレプリカかよ! それにネーミングセンス! まあいいや、私に勝ちは無いって……、貴方もう詰んでますよ?」


 「これを前にしても、その口は恐れを知らぬか、一撃で殺してやる!」


 闘技場では遂にデローグが動く、大剣を(たずさ)え、リラお姉様に突進するが、時は既に遅いです。


 「大地の壁(アースウォール)!」


 「なっ!」


 リラお姉様のアースウォールはデローグを囲む様に1m四方、回の字の壁が3mほどでしょうか、地面より突如現れ、デローグを閉じ込めます。

 しかも準備された魔法はそれだけではありません。


 「続きましてぇ〜、底なし沼(エターナル・マーシュ)!」


 「ちょ、ちょっとまて!」


 そして、アースウォール内部に沼を出現させ。


 「更に更にぃ〜、強固な岩盤(グランドロック)!」


 デローグが十分沈みきった所で地面を元に戻す。


 「ぐっ、な、何だこれは! う、動けん、き、貴様、卑怯だぞ!!」


 静かな会場にデローグの声だけか響き渡る。


 フィニッシュです! 大地は燃やし尽くす事も出来ず、水で流しきる事も出来ず、風で飛ばす事も叶わない。

 一度捕まれば、大地を操る事以外で抜け出すのは難しいでしょう。


 「はい! 大公開〜、大地の壁(アースウォール)解除」


 大地の壁(アースウォール)の解除により、現在のデローグが露わとなる。

 その姿は……、綺麗に顔だけが大地から生え、その大地は以前のものより強固に固められていた。


 そんなデローグが現れ、会場からは様々な声が聞こえてくる。


 「あ、あんな子供が、無詠唱魔法だと……」


 「な、何が起きた大地の壁(アースウォール)があんな形で出現するなど……、それに聞いた事もない魔法も……」


 「どうしたら、あんな状態になる……」


 リラお姉様に勝とうなどと……。



 ——千年早いわ!



 「ティ、ティファ……、あれは……、終わったのか?」


 「リ、リラお嬢様は、こ、これほどに……」


 「ランス兄様もルーク様も何をもう終わったみたいな事を言っているのですか?

 ふっふっふっ、これから、これから始まるのですよ」


 リラお姉様はゆっくりと装備を地面に並べると、まずは大きなフライパンをコンロの火にかける。


 「火属性の付与ですか……、奇遇ですね。

 私のフライパンもこれから火を付与する所なんですよ……、火傷程度で済めば良いのですけど」


 リラお姉様はとてもとても可愛らしい笑みを浮かべ、辺りは凍りつきました。


 読んで頂きありがとうございます。


 次回投稿は12月17日(金)の予定です。

 

 多くの皆様に読んで頂ける様、精進して参ります。


 応援宜しくお願いします。

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