リラお嬢様のご乱心
会場は目まぐるしく状況を変えていた。
「ランス様……、彼は……」
「ああ、デローグ公子……、厄介なのが出てきたな」
デローグ公子は私たちの母校、ウェズリット学園の卒業生、卒業生を招き行われる行事には必ず出席し、私も何度か挨拶をした事がある。
驚きの表情で彼を見るメアリーさん……、!!!
何故今まで気が付かなかったのでしょう……、彼はあの時馬車に乗っていた?
——ま、間違いありません、アレは彼だった……。
きっとリラお嬢様もこの事実を知ったのでしょう。
——まずいです。
「まっ、待ってください! 誤解です!」
ミーシア嬢が必死に誤解を訴える中、表情には出しませんが、リラお嬢様はそれを楽しそうに眺めていました。
表情を出していないのに解るのかですって? 私はルーク・クラリス、事、裏リラお嬢様に関して年季が違います。
私には解るのです、リラお嬢様は楽しみながらも獲物を仕留めようと、虎視眈々と機会をうかがっているのです。
——デローグ殿の登場により、リラお嬢様のターゲットは全てこの場にいる事になります……、非常に不味い状況。
「リラお嬢様!」
私は気がつくと「リラお嬢様」と声を荒げていました。
その後何を言いたかったのか、私もはっきりとは分かりません。
相手はスレイン公爵の御子息、例え王家の者と言えど、簡単に意見を言える者ではない。
万が一リラお嬢様が、今までの様に……。
私がそんな事を考えていると、リラお嬢様はこちらを見ると、に、にこやかに笑った……。
にこやか? 目は完全にすわり、作った様に口角を上げ、完全にいっちゃってる笑み。
それは、私にとって恐ろしく見える笑みでした。
「おい、ルーク……、リラを止めるぞ、今回は相手が悪い」
「え? と言いますと?」
「改革派の中心人物であるスレイン公爵は時折王家と対立するが、国を思う気持ちは我々と一緒だ。
多少過激な部分はあるが、父上も認めている御仁。
しかし、アイツは違う、改革派の中でも過激な思想を待つ者たち貴族派の1人。
下級貴族や平民を下民と見下し、暴力事件をおこしたのも1件や2件ではない、ルークは知らないと思うが学生時代、決闘にて戦意を喪失した相手を……、殴り殺した。
それが原因で公爵家から勘当同然で追い出されている」
深妙な様子で語るランス様、私も貴族派に関して多少聞いた事があった。
貴族絶対主義を掲げ、力によって国の統治をと訴える集団、その勢力は影ながら数を増やし続けていると聞く。
「ランス兄様、何故その様な行為におよんで彼は罰せられないのですか?」
「決闘に関しては命の保証はない、それを双方が同意しているんだ、罰する事など出来ない。
暴力事件に関しては証拠がない、状況証拠しか上がらないんだ、目撃者は口をつぐみ、証言はデローグの有利な物しか出てこない……。
招待リストにもデローグの名が刻まれているほどだ」
招待リスト、他国でも使われる暗殺候補リストの隠語だ。
そのリスト名を刻むと言う事は、国にとって危険と判断されていると言う事、それはランス様が語られた決闘での殺し、暴力行為程度の事で刻まれるものでは無かった。
「確かに危険……、ですね」
「ああ、これ以上ヤツを煽るのは危険だ……」
そんな緊迫した状況下、私たちは不覚にも一歩遅れる。
「ミーシア様、どなたを呼ばれようと貴女の勝手ですが、突然、乱入されるのは迷惑です。
どんなにお年を召された方でも幼稚な方はいらっしゃるのですから、ちゃんと指導して頂かないと……。
お遊びにも付き合いましたし、十分でしょう、メアリー帰りますよ。
ミーシア様、諸々含めて不合格とさせて頂きます、では、私たちはこの辺で、ご機嫌よう」
——っ!!! 言っている側から!
「おい、幼稚なって誰の事だ、まさか俺の事じゃないよな?」
殺気をあらわにするデローグ殿、リラお嬢様もデローグに冷たい視線を送る。
「あっ、あの馬鹿、リラ!」
ランス兄様が焦りの表情を見せ声を荒げますが、リラお嬢様のご様子を見る限り……。
——あの顔、何かやる気だ!
「ランス様! 強制的に締めましょう!」
「あ、ああ、『ロンフェロー公国、ランスロット・フォン・ロンフェローが告げる! 此度の試験は今をもって終了とする! 当事者も例外なくだ! 何かあるなら後日、私が間に入ろう! 皆、速やかに退場しろ! 以上だ!』
突然のランス様の言葉、場は静まるが動く者はいない、皆、闘技場から目を離せずにいた。
そんな中、デローグ殿がランス様に目を向ける。
「こんな所で会うなんてな……、久しぶりだなランスロット、元気だったか?」
「それはこちらのセリフだデローグ、ミズリーに来ていたとはな。
問題は起こしてくれるなよ、貴様が問題を起こせば王家が動かざるを得ん」
「脅しか?」
「いや、俺の仕事を増やすなって事だ」
ランス様とデローグ殿の緊張感漂う会話は静かな会場に響き、皆、息をのんだ。
そんなやり取りをしていたデローク殿は、一瞬、ほんの一瞬、不敵な笑みを見せる、それはランス様も気が付いた。
「安心してくれ、ランスロット、キミに迷惑はかけない……、でもこのままって言うのもな?」
「な、なんだと」
「ほら、メイドちゃん受け取れ」
デローグ殿はそう言うと何かをメアリーさんに投げると、胸元に当たり、地面に落ちた。
それは、手袋だった。
「メアリーさん! 受け取ってはダメだ!」
手袋を相手に投げる行為、それは決闘の申し込みを意味した。
「決闘に勝てれば、その嬢ちゃんの無礼は許してやるよ、負ければその瞬間から俺のメイドだ、生きていれば……、だけどな」
「デローグ! それは許可出来ない!」
「おいおい、ランスロット、許可も何も決闘は当事者同士の話だ、例え陛下でも止める権利はないんだぜ?
どうするんだ? メイドちゃん、受けなければ俺は俺に対する無礼を絶対に許さないぜ?」
気がつくと私はデローグ殿に手袋を投げていた。
「トゥカーナ家執事、ルーク・クラリスが受けよう」
私は観客席の塀に手をかけると華麗に闘技場へと降り立つ。
「ルーク・クラリス……、知っているぞ、ランスロットに勝ちウェズリット闘技大会で優勝した槍術の天才、だったかな?
ランスロットにも勝てない俺がそれを受けるとでも思っているのか?
俺はなぁ〜……、弱いヤツをボコボコにするのが好きなんだよ!!
受ける訳ねぇーだろ? お前は席について見てな、楽しい楽しいショーを見せてやるよ! ハッハッハー!」
デローグの言葉に怒りが込み上げてくる。
「おいおい、何て顔してんだよ、クラリスは戦争でもしたいのか?
やめとけ、ロンフェローもそんだが、アストレア王国だって黙っていないぜ?」
「そうだ! ルークやめろ!」
デローグの言う通り、今、私が手を出せば、間違いなく国際問題になるだろう、しかし……。
そんな怒りで我を失いかけた、その時、リラお嬢様のご乱心が始まったのです。
「ちょっと良いかしら幼稚くん、あっ、デローグくんだったかしら?」
「な、なんだと、おいガキ調子に……」
「私が無礼を働いた? 幼稚な者に幼稚と言って何が悪いの?
しかも貴方お馬鹿さんなのね、何故メアリーに決闘を申し込むの? 私でしょ? お目目も悪いのかしら?」
「き、きさま……」
「ほら、さっさと手袋拾いなさい? 待っててあげるから、やり直しなさいよ」
私は言葉を失いました、いえ、私だけではありません、会場は凍りつき、皆の眼差しは闘技場の中心、リラお嬢様。
その状況からいち早く回復したのはランス様、私もそれに続きます。
「リラ! 止めるんだ!」
「そうです、事を大きくしないで下さい!」
……、当然と言うか……、やっぱりと言うか……、その言葉は虚しくリラお嬢様に伝わる事はありません。
「外野は黙っててもらえますか?」
デローグはそんなリラお嬢様に近づくと、メアリーさんの足元にある手袋を拾い、怒りを抑え、屈辱に耐えている様な表情でリラお嬢様に強く投げつけたのです。
が、その瞬間、それを叩き落とし、晴れやかなドヤ顔と共に叫びました。
「お断りします!!」
——えっ?
「「「はあ?!」」」
読んで頂きありがとうございます。
次回投稿は12月10日(金)の予定です。
多くの皆様に読んで頂ける様、精進して参ります。
応援宜しくお願いします。




