3人目のターゲット
「いい? メアリー、死んだ目、死んだ目よ」
「こ、こうですか?」
「いや、ミーシアの顔覚えてる? そうねぇ、汚物を見る様な表情で!」
「こ、こうですか?」
「うん、良くなって来たけど、なんか違うんだよなぁ」
「こ、こうですか?」
……。
……。
授業試験の前日、リラとメアリーは秘密の特訓を行なっていた。
◆◇
ミランと一緒に拉致された時もそう、アランとミランが傷ついた日もそうだった。
私は何も出来なかった。
不安を抱くだけだった……。
困惑するだけだった……。
でも、リラ様は違った。
私たちを助けてくれた。
怒りの感情を爆発させ、仇を取ろうとしている。
私はリラ様に慕い、憧れ、強さを求める様になった。
リラ様は外国の学び場に留学される、私には時間が無い……。
私は必死にリラ様の鍛錬について行った……、そして、強くなるにしたがって、奥底にある感情が、徐々に前へ、前へ出てきた。
怒り……、アランとミランとの時間はまだ少ないが、リラ様が言う様にもう家族……、私にとって|姉弟姉妹そう、きっとそんな様な存在だと思う。
——アランとミランを傷つけて奴を一発殴ってやりたい。
私はそんな感情を抱く様になり、リラ様にその旨伝えた。
そして今日、そのチャンスがやって来た。
アランとミランを傷つけた張本人、2人と3つ離れた兄、アデル。
戦闘系の才は、剣術、格闘術、浮足、風魔。
ローランド流の門をたたき、剣術メインの戦闘スタイル、浮足の才により、瞬時に間合いを詰めてくる。
事前にアランとミランに聞き、調査済みだ。
私より強い事は間違いないだろう……、だけど、一発、一発は絶対に!
——ぶち込んでやる!
そして、遂にアデルと対峙します。
リラ様は、挑発の意味も込めてでしょう、私に魔法と武器の使用を禁止し、手加減をする様にも言いました。
私に武器は必要ありません、いえ、武器を持った事などありません。
リラ様に頂いた指輪、そして教えて頂いた魔法は特殊なモノ、何か大事なモノを守る時以外は禁止されています。
武器に関しても鍛錬はいつも格闘術、必要ありません。
私は、昨日練習した顔を作り、少々手加減をすると、リラ様の挑発を煽る様に告げました。
アデルは木剣を握ると構えもせずに棒立ち、剣を学ぶ者は向き合うだけで相手の強さを感じとれると聞きます。
アデルはわかったのでしょう、対峙し、私は彼よりも弱いと。
しかし、弱いからと言って諦める訳にはいきません、狙うは初手、舐めているのならば願ってもない、相手の初手をかわし、入り込み、溝に一発……、私に与えられたチャンスはその一撃のみ、当然、全力で叩き込む!
リラ様の「始め!」の掛け声でアデルは、気持ち悪い笑みを浮かべたかと思うと前へ出て来ます。
——やはり、舐めている。
リラ様は別格として、6歳であるティファ様ですら容易にかわせる速さ……、私のお腹を狙った横凪。
私はそれよりも低く体をかがめ、それをかわした瞬間に前へ。
スピードを殺さないままに、地に足を食い込ませ、足裏からの反発の力、腕をしなり、腰の回転、全ての力を余す事なく拳に伝え、叩き込む!
アデルの腹に私の下からの拳がめり込む。
——今だ! スクリューさせ、そして、打ち抜く!
《メアリー、こうやって溝に一発入れるじゃん? そしたら『うっ』って前かがみになって、顔が降りてくるだよ、そしたら顔面に左フックを上げ気味に一発バチコーン!
そして、右ストレートを鼻先をズゴーン!と振り抜く! はちょー!! これが……》
リラ様との鍛錬を思い出す。
——ワンツーコンビネーション! まだだ! まだ終わっていない! ……、あれ?
◆◇
アデルの剣を紙一重の所ですり抜け、重い一撃を放ったメアリー。
無駄な動きの無い、美しい一撃、会場の者たち、1人、ティファを除いて、その光景を驚きの眼差しで見ていた。
「メアリー、手加減した?」
「あっ、いえ、す、すいません」
メアリーの拳によりアデルは血反吐を吐き、苦しんでいた。
「ルーク様! ランス兄様! 見ましたか! こう、ひねりを加えドカーンっと、アレをノーガードで食らったらひとたまりもありません!」
ティファはメアリーが放った一撃を何度も真似、説明するが、2人の意識はそこにはなかった。
「お、おい、ルーク……、か、彼女は何者だ、今、何をした……」
「兄様、アレはボデーブローです! こう抉る様に……」
「い、いや、メ、メアリーさんが人を殴る所なんて私も初めて見ました……、し、素人の動きでは……、ティ、ティファ様は知っていたのですか……?」
「当然です! ここ、ここの溝と言う所に拳をぐあっと、こうぐあっと、そしてスクリュー!」
会場の空気を一切読まずに1人浮かれるティファ、闘技場内では、ミーシアが拳を握り私を睨んでいた。
「次のお弟子さんはどなたかしら? メアリー、次も行けるわね?
今度はちゃんと手加減しなくてはダメよ?」
「は、はい!」
得意げな様子を見せる私、やる気満々のメアリー、縮こまるミーシアとその弟子たち。
しかし、そんな状況に待ったをかける者が現れる。
西側の観客席より呼び降りる、改革派筆頭スレイン公爵家、第二公子、デローグ・バーン・スレイン。
歳は10代後半、背は高く、金髪、何処となくランスロットに似た青年。
彼は私に近づき告げる。
「有能なメイドをお持ちの様ですね、その歳で大したものだ。
しかし、私の目は誤魔化せませんよ、彼女の型ははカイエン流、私はカイエン流の門下でもあるのです、嘘はいけません。
彼女は貴女の弟子ではないのでしょ?」
「な、なに?! まことか!」
デローグの言葉にジェイガンが反応し、会場は静寂から一転、私に向けられたブーイングと化す。
その空気に乗せられてか、ミーシアも息を吹き返し騒ぎ出し、ティファが反論の声を上げるが、会場の熱気にかき消された。
そんな中、メアリーはデローグの顔を見つめ震え始める。
「リ、リラ様……、あ、あの人が3人目です……」
私にはこの場での目的が2つあった。
1つはミーシアを不合格にし、祖父であるジェイガンを牽制する事。
そして、もう1つが復讐、アランとミランを傷つけた、それを見ていた者たちへの制裁。
アランとミランが傷ついたあの日、メアリーは確かにすれ違ったミーシアの馬車に3人の人影を見た。
1人はミーシア、1人はアデル、そして、残る1人が正しく、デローグであった。
「本当なの?」
「間違いありません、あの人でした」
会場の空気が一変した事にご満悦の笑みを浮かれるデローグ、しかし、その空気も、デローグの様子も私ににとってはただの雑音でしかかなった。
「貴方誰?」
「これは失礼、私はデローグ・バーン・スレイン、ご存知ありませんでしたか?」
「そうですか、全く存じ上げませんでした、で? そのデローグさんは何しにここへ? 目立ちたがり屋さんですか?」
「なんだと?」
私の言葉に、上機嫌だったデローグが不快感を言葉と態度で示す。
「なっ、なんて口の聞き方を! デローグ様はスレイン公爵家の公子様なのですよ!
王家のお気に入りだからと言って許される事ではありません!」
「ミーシア様、貴女も怒って良いのではなくて? 突然、闘技場に降り立ち、授業を中断させ、知った様な口を。
メアリーは私の弟子で間違いありませんし、ミーシア様も疑問であるが認めるとおっしゃった。
当事者同士で納得して始まった事に対して、部外者が乱入し、ピーピー騒いでいるのですよ?
正常な方とは思えません、ミーシア様、貴女もそう思っているのではありませんか?」
「ちょっ、待って! 私はその様な事思ってなど!」
「うそ、貴女は賢い人、そんな人が彼を良く思うはずがありません、その証拠に今の貴女の目、彼を蔑んでいますわ」
「ミーシア、貴様!」
——はい、共食いの構図、私の家族に手を開けたんだ、ふっふっふっ、簡単に帰す訳が無かろう。
「ま、待ってください! 誤解です!」
——さて、どう始末してくれようか……。
読んで頂きありがとうございます。
次回投稿は12月6日(月)の予定です。
多くの皆様に読んで頂ける様、精進して参ります。
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