授業開始のゴング
予想とは少し違う展開……、マウントを取りに来るであろう事は予想していた。
ミーシアが用意した見届け人のリストを見た時から、会場を私に不利な空気を作って来る事は分かっていたが。
——お粗末過ぎる……、舐め過ぎだ。
普通の5歳児ならば、会場の熱気に、空気に飲まれただろう……、でもさ。
——普通の5歳児が相手ならば、ギルドの闘技場なんか貸し切って、こんな状況になる訳ないじゃん。
しかし、一切の容赦はしない。
私はミーシアにアデル、そして、ミーシア嬢の教え子と紹介された十数名の者たちを蚊帳の外に、この会場のボスであろう、お爺様と対峙する。
「お爺様のご推薦と言う事で、少々融通きかせ、機会を与えて見ましたが、正直、ここまで酷いとは思いもしませんでした。
我が家に来る際にも事前の連絡が一切無く、不在である我が家に押し掛け、そこに帰ってきた我、使用人に「遅い」と暴力を振るい怪我を負わせ……、そして今回。
酷いの一言で終わる様な話ではありません。
あの者たちは、餌だけを与えられ育てられたのでしょうか? いえ、お年も召されている様ですし、全てが親の責任と言うのも暴論ですね。
お爺様はその様な方だと知った上でご推薦なされたのでしょうか?」
静まる会場、私のこの言葉は、殆どの者に届いただろう、さあ、どうするお爺様。
権力を振りかざし、この場を収めるか。
ミーシアを切り捨て、知らなかったと場を収めるか。
それとも、私の言った事を嘘だと断罪するか。
腐っても長きに渡り権力を維持して来られたお爺様、私の表情、態度、言葉選び……、感じているのでしょう? わかっているのでしょう?
おそらくお爺様の勘は正しい、私はありとあらゆる事を想定し、ここに来た。
落とし所を模索し、沈黙している様だが、私は家族を傷付けた者を逃すつもりは毛頭ない。
——逃さず、殺さず、蹂躙じゃっボケェー!
お爺様の沈黙は会場を更に静寂させた。
そんな中、身体を震わせ顔を真っ赤に染め、怒りにも近い表情をした初老の男性が声を荒げる。
「き、貴様! 無礼であろう!! 侯爵様の孫娘と言えど言って良い事と悪い事がある!」
「やめろ! トーレス!」
「しかし!」
「良いから黙るのだ!」
それを静止したのはお爺様だった。
そして、小声で話し出す。
『東側の中央、剣士の格好をしている御仁は、ランスロット殿下だ』
『ラ、ランスロット殿下?!』
『何が起こるか分からん、今は多く関わるな』
お爺様はレモント男爵を黙らせると静かに口を開く。
「そんな事が……、それが真実であるのならば申し訳ない事をした。
生徒も多く、優秀な指導者と言う、一点のみで推薦してしまった。
その使用人たちには後日、ワシから慰謝を送ろう」
——私を舐めるな、演技なのはバレバレなんだよ!
「使用人たち……、ですか」
私の一言にお爺様が一瞬、顔を硬直させた。
多少知っていると思ったけど、思ったより詳しく知ってやがる……。
まあ、今回だけは見逃してやろう、今回はミーシアとアデル、そして未だ掴めていない、あの馬車に乗っていた3人目。
「今回はそう言う事にしておきましょう、慰謝の件は其方の誠意にお任せ致します。
それはそうと、皆様、口を揃えてミーシア様は優秀な指導者であると言うのですね。
私としましては甚だ信じられません、優秀な方の言動ではありませんし、皆様方が言う優秀がどれ程なのか気にはなる所ですね……」
私はお爺様に目で訴える。
当然の事ながら、ミーシアの実力を見せろ、と言う物ではなく、生贄に捧げろ、と言う事。
案の定、お爺様は気が乗らない様子。
全容は見えていないが結果は漠然と見えているのかも知れない。
——邪魔するな! 合否関係なく授業させればいいんだよ! 無駄に危険察知センサー働かせんじゃねぇー!!
「リラ、おぬしの不合格と言う判定は、理解し納得もしている。
今度は人徳も考慮し……」
「では! 授業続行と言う事で宜しいのでは? 我娘は優秀です!」
「ま、待て」
お爺様の言葉を遮り、レモント男爵が口を挟み、更にはその親バカっぷりを発揮する。
「ここはお任せ下さい。
今回、この様な醜態をお見せしてしまいましたが、普段はそんな事ございません。
この様な場で、少々緊張や焦りが形となってしまっただけの事。
教員免許は在学中に取得し、上級魔法士となった天才、魔法実技は宮廷魔法士にも劣りません。
現在は魔導師になるべく多くの弟子を取り、規定となる中級魔法士20名の育成も、あと数名を残すのみ。
我が国での最年少魔導師となるのは確実でしょう。
更に様々な才を賜っており、魔導は勿論、剣術にも精通し、ローランド流、準二級の腕前。
更に更に、こちらにおられる賢者イズール・レイナード様の講義を複数回受け、古代魔法も学び始めました。
地元では慕う者も多く、指導力にも定評があります。
どうでしょう、皆様! 1つの失敗でこの授業が中止になるのは惜しいとお思いになりませんか?
私は授業の続行を望みます!」
静まり返った会場に歓声が戻る。
西側に集まった多くの者はクロイツ侯爵家とレモント男爵家と同じ改革派の貴族。
当然、今回の事は周知なのだろう、好機と見たのか後押しをする。
「私も続行を望みます!」と声が飛び交う。
そんな空気に乗り切れない者が西側に2人いた。
何とも言えぬ表情のお爺様と、この場に全くの興味を示さない、さっき名が出た賢者イズール・レイナード。
イズールは終始目を閉じ、微動だにしてい。
しかし、私は会場に入った時より気になっていた。
白にも近い水色の髪を背中まで伸ばし、高価そうな白の魔導ローブを着た、30そこそこの色白で優男にも見える人物。
身につけている物には少なからずマナを感じる。
中でも手に大事そうに握られている、黒い石がはめられたサークレット……、アレは魔法の媒体だ。
私は歓声の中、もといた闘技場中央、メアリーがいる所へと戻る。
私が会場の空気に負けたと思ったのかミーシアたちの表情は勝ち誇っていた。
ニヤリ。
——これは想定通りなのだよ。
「いいでしょう、授業の続行を許可します。
しかし、勘違いなされている様なので、いくつか指摘させて頂きます。
授業の内容はミーシア様に一任しておりますが、基本的な事までお任せした覚えはありません。
今すぐ、断熱結界を解除してください」
「な、何ですって!」
ミーシアが口を挟むが気にしない。
「我が家にその設備はありますが、私の部屋では使用は致しません。
冬は寒く、夏は暑いと心得下さい。
授業は一任と申しましたが当初よりの私の要望。
・知らない知識、尚且つ学び場では学べない授業。
・優秀な指導力と教養を兼ね備えいる事。
この2点は守って頂きます、それに当たり、初めに授業計画を述べて頂きます。
期間、1回の授業にかかる基本的な時間、月ごとの授業内容、その他授業に関する事、事前に言っておきたい事など、その時に述べてください。
では、授業試験開始は予定通り8時、30分後からお願いしますね、メアリー!」
「はい!」
言いたい事だけ言い、私はメアリーにアイコンタクトを送ると、私が背負って来た椅子を持ってくる。
「ありがとう、メアリー、耐熱結界の解除を確認したらルークたちの所にいていいわよ」
「いえ、確認してすぐ戻ります」
メアリーは駆け足で東にある通用口に向かった。
◆◇◆◇
8時、授業開始の時間、会場は断熱結界が解除され、ひどく冷え込んでいた。
私がメアリーに目で合図を送ると徐に前に出ると鐘を鳴らす。
「さあ、ミーシア様、授業を始めてください」
私は椅子から立ち上がると、そう言い放つ。
読んで頂きありがとうございます。
次回投稿は11月29日(月)の予定です。
多くの皆様に読んで頂ける様、精進して参ります。
応援宜しくお願いします。




