動き出す悪意
王都ミズリーより西に270km位置する大きな街、アゴット。
そんなアゴットの街では悍ましい噂があった。
近年、次期領主であったシモン・ギルマルキンの事故死。
領主であったグレッグ・ギルマルキン伯爵の突然死。
グレッグの妻、伯爵夫人の失踪。
そして、代々市長を務めていたアゴット一家の原因不明の病死……。
そして、そんな両家と関わりのある者、アゴットの領主となり、市長の後を引き継いだ人物がいる。
マリー・アゴット・ギルマルキン。
ギルマルキン伯爵令嬢であり、市長の妻であった人物。
マリーが領主になった後も死の連鎖は終わらない……。
マリーに対立した者、対立していた者、前領主の近場にいた者……、ことごとく死を迎えた。
そして更に、ギルマルキン伯爵家に務めていた多くの使用人の失踪。
そんな折でも彼女の赤い唇は笑顔を絶やさなかった。
「領民の為、領民の幸せの為に、妾はこの命、捧げる覚悟ですわ」
新領主となった、ギルマルキン伯爵の挨拶、マリーの曇りなき笑顔に多くの領民が恐怖覚えたと言う。
マリーが領主となった後の領民の暮らしはと言うと、そこまでの変化は無かった、それどころか良くなったと言う者も……。
変わったと言えば護送車、悲鳴や鳴き声、命乞いをする者たちを乗せた護送車が、街の入り口から真っ直ぐと伸びた道の先、高台にある伯爵家に消えていき……、空の護送車が戻ってくる光景。
人々は噂した、伯爵は人食いであると。
人々は噂した、伯爵は殺人鬼であると。
人々は噂した、伯爵は吸血鬼であると……。
そんな伯爵家に真っ白い肌に深海の様な青い髪を肩まで伸ばした男が訪ねてくる。
「ガラム様、お待ちしておりました、ご案内いたします」
マリーの従者であるモリスがガラムを屋敷の中へと招き入れ、マリーのいる部屋へと案内する。
屋敷の中は昼間にも関わらず、薄暗く、お香の匂いがキツい。
「モリス君、毎回思うのですがね、この匂いどうにかなりませんか」
「申し訳ありません」
「皮肉のつもりだったのですが……、つまらない男ですね」
モリスはガラムの方を見る事なく返事をし、ガラムもまた、モリスを見ていなかった。
コンコン
「ベルゼード様、マリー様、お連れいたしました」
ガラムが通された部屋に入ると5歳の子供の姿をしたベルゼードが偉そうに椅子に座り、その傍には黒いドレスに赤い口紅が印象的な40代前後の女性か立っている。
「これはこれはベルゼード坊ちゃん、ご機嫌麗しゅう」
ガラムは不敵な笑みを浮かべ胸に手を当てお辞儀する。
「ふん、半身の分際で我を愚弄するとは大きく出たな、貴様が奴のお気に入りとて、ここは既に我の胃の中、貴様ごとき簡単に消せるのだぞ、口には気をつけた方が身の為だ」
ベルゼードが殺気を飛ばすと、モリスは苦しみだし、泡を吹いてその場に倒れる。
「客人には寛大あるべきだと思いますよ、ベルゼード坊ちゃん、それに私がどの様な半身であるかご存知でしょう、何度も言っていますが、アムサドーは貴女方の傀儡の組織ではないのですよ」
ベルゼードの殺気を受け、なおも笑みを崩さないガラム、部屋には異様な空気が漂う。
「客人? 貴様は我の客ではない、マリーの客であろう、それに貴様にとって我の方が客であるかも知れんそぞ?」
「ほほう、と、言うと?」
「貴様と同じ半身を見たと言ったら?」
ベルゼードの言葉聞くとガラムの不敵の笑み、満遍の笑みに変わる。
「それを早く言って下さいよ、ベルゼード様〜、で? その半身は何処に? オスディアですか? アルスハイルですか? いや、大和かな?」
「そう、急ぐな。マリー」
ベルゼードに呼ばれたマリーは沈黙を破り話し出す。
「ご依頼の件ですが、この国のある双子の子供をここに招きたいのですよ、頼めるかしら?」
「はぁ? 子供?! 冗談でしょ、そんなの貴女方でどうとでも出来る」
「そうね、しかし、妾たちは監視が付いているのですよ……」
「ああ、いたな、6匹ほど……、そっちが本命でその双子はついで、ですか」
マリーは唇を舌でなぞり笑みを浮かべる。
「いえ本命は双子、監視の方々こそ、ついでかしら、もうそろそろミズリーで私の子供たちが遊び始めるので、この混乱に乗じてお願いしたいの……、それに、ベルゼード様にダンジョンも作って頂いたわ」
「ほう、では、あれ? と言う事はベルゼード様も半身ではないですか、私にそんな事話しても宜しいので?」
「問題があるのか? 例え半身の身であろうと貴様の主人ですら足元にも及ばぬ、それと例の半身だが、そのミズリーある、リラ・トゥカーナと言う5歳の小娘だ」
ガラムは驚きの表情に変わる、ガラムにとってそれがあり得ない事柄だったからだ。
そして、少し考え込み口を開く。
「あり得ませんね……、ミズリー、しかも家名があるほどの家柄であれば誕生の儀は受けたはず、それに我々は全て把握している……、と言う事は可能性は2つ、取り込んだか、堕ちたか……、どちらにしても、5歳の子供に出来る訳もない」
「そんな事は知らん、我とっては驚異とならぬ小さき存在だ、気になるならば自分の目で確かめれば良かろう」
「私も暇ではないのですよ、ベンゼリンさんに急遽お呼ばれされましたね、残念ですがストラスさんにお任せしようと思うのですが、ストラスさん、ご存知ですよね?」
「ええ、でも宜しいの? 聖騎士さん何かに、そんな事お願いしても」
リラの知らない遠い地より、ロンフェロー公国、王都ミズリーに悪意が向けられていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
デア大陸中央、ローゼンマルク教国が管理するヴァナハーデン領、そこは聖グリッド教の聖地とされている場所である。
そのヴァナハーデンの領主、ベンゼリン・フォン・ローゼンマルク公爵は自身の屋敷で、使者より一通の手紙を受け取っていた。
「バルドス、ファントムを呼べ」
不敵な笑みを浮かべ指示を出すベンゼリン、傍にいたバルドスは即座に動く。
程なく、怪しく光るグレーの瞳、頭からすっぽりと黒いローブで隠す壮年の男がバルドスと共にベンゼリンの元へとやって来る。
男の腰には大和の者が好んで使う武器、太刀を携えていた。
「お連れ致しました」
「うむ、ファントムよ復讐の時だ、5日後、ミズリーに魔物が押し寄せる、まあ、壊滅とは行かないだろうが、混乱はするだろう、貴様にはそれに乗じて、ルーク・クラリスと言う青年を消してもらう、天職の持ち主だそうだか、貴様なら問題あるまい、馬は飛び切りのを用意した、すぐに発て」
ベンゼリンはファントムに淡々と説明し、指示を出す……、が、ファントムは微動だにせず言葉を発する。
「ルーク何某には興味は無い、アレクスレイは何処にいる」
「き、貴様! 無礼であろう!」
バルドスはファントムの肩を掴み声を荒げるが、その手は弾かれ何事もなかったかの様にファントムは話を進める。
「俺と貴様の契約は、まず貴様がアレクスレイの居場所を掴み俺に知らせる、それが事実と確認出来たなら貴様の邪魔な奴を1人、それがどんな奴であろうと殺ってやる、そんな契約だったはずだ」
「そうだな、しかし良く考えてみろ、貴様の父を殺したのはアレクスレイを含めた国だ、そのロンフェロー公国全てに復讐出来るチャンスなのだぞ?
クラリスの小倅がミズリーで死ねば国際問題になる、戦争になるかも知れん。
こんな見事な復讐があるか? 個人では願っても叶わぬ成果だとは思わんか?」
ファントムはベンゼリンの言葉に少し考え込む、それを見たベンゼリンは話を続ける。
「その行為こそがアレクスレイの寿命を縮める事となる、あわよくば奴も……「阿呆だな」
ベンゼリンの言葉をファントム遮る。
「なに!?」
「阿呆だと言ったんだ、貴様は何を勘違いしている、いや、それとも言葉が通じないのか?
国がオヤジ殺したって? そんな事言ったら全てを殺らなければ終わらないじゃないか……、まあ、良いだろうルークとか言う奴を殺ってやる。
しかし、これはそっちの追加依頼だ、報酬はもらう、そうだな……、貴様ら2人の首でまけといてやる、どうだ?」
「き、貴様ぁっ、ぎゃー!」
ファントムの太刀は鞘から抜かれ、ファントムは、それを下向きに持っていた。
詰め寄るバルドスの足の甲を剣らしき物が貫き、それは床にも刺さりバルドスの動きを封じていた。
「一度は許すが二度目となればこうなる、三度目は貴様の首の無い姿を見せてやろう。
誰もが体験出来る訳ではない、一生に一度の体験、俺の腕、俺の刀があればこその体験だ。やってみるか?」
バルドスは痛みを実感した時から脂汗をかき声を出せずにいた。食いしばった歯の圧力を緩める事が出来なかったからだ。
そして口を開かぬベンゼリンを確認さるとファントムが続ける。
「で? 俺に依頼するのか?」
「き、貴様、後悔する事にぞ!」
「もう、後悔しているよ、言葉の通じぬ者との時間ほど無駄な事はない。
交渉は決裂って事だな、じゃあ、俺は行く。
悪いな、刀を抜くと血が止まらなくなるが、この刀、ここに置いて行けるほど安物ではないのでな」
ファントムはそう言う太刀を抜き、血を払うと鞘に収め来た道を戻って行く。
「バルドス! ガラムを呼べ!!」
「はっ、はひ」
バルドスは足を庇いながら部屋を出て行く。
「ワシを怒らせた事、必ず後悔させてやるからな! ファントム!!」
ヴァナハーデン領主の館にて、ベンゼリンの声がこだまする。