脱衣室
玄関の間を挟んで居間の向こう側が脱衣室である。手洗いの出来るシンクに大きな鏡、そしてアイリスオーヤマのドラム式洗濯機は2020年パンデミックだった昨年に購入したもの。彼女はこの新しい機械が汚れていくことが刹那くて投入する前に手洗いする。とても丁寧に。まず僕の会社に着ていくワイシャツの襟と袖に洗剤をつけて古い歯ブラシでこする。そして僕とレイのパンツは、うんこがついていることがある、としてお尻の穴に近い場所にタンパク質に反応する特殊な洗剤をつけてこれも歯ブラシでこする。これが大層な作業なのでなかなか行われず、優先順位高い風呂上がりのタオルだけが洗われる。そして下着とワイシャツが積み上がる。
「私は家政婦なのかしら」
と君は言う。いやいいんだ僕がやるから、というと
「そう言ってあなたは続かない」
と言う。やってもやり方ががダメと言う。面倒なのでシャツは2日、パンツは3日は連続して履くようになったがそれでもいよいよ下着が枯渇すると僕がレイのと一緒に自分で洗う。パンツはハイターに浸けてぐいぐい押すだけだがやらないよりマシだろう。とてもブラシでゴシゴシする根気はない。ワイシャツの首には重曹洗剤のスプレーをかける。
洗ったら干す作業だ。そして取り込む作業だ。結婚はロマンスだが生活はプロセスだ。やれる範囲を決めて取り組まないことには物理的に終了しない。一時期検討した自動皿洗い機を買うのを躊躇しているのはそのためで、皿洗いのための新しいプロセスが出来てそれが彼女と言い争うタネになるのはとても切ない。僕は彼女と喧嘩したくない。
「そろそろはっきりさせましょう」
と君はよく言う。それの意味するところが怖いからいきおい僕は口があることを忘れる。「私を自由にして」
と言う。離婚届に判を押せということかはたまたどこかに部屋でも借りてこのうちを明け渡せと言うことか。大瀧詠一の雨のウエンズデイ風に言えば彼女の心の嵐に気がついても知らんふりを決め込むのはいつもの僕で、言葉をなくして取り付く島のない僕にさらなる苛立ちを覚えているトミさん。ここ三年くらいかこんな感じ、でもだんだんひどくなっているような感じがする。