経緯
どうしてこうなった?
俺は今、いつも通り晩御飯の支度をしているだけのはずだった。最近気になっていた映画を見ながらご飯を作り、食べた後はダラダラ過ごすだけはずだった。なのにどうして、、、
「俺の部屋で女の人がシャワーを浴びているんだ、、、」
俺は今の出来事に控えめに言って混乱している。一応現状理解は出来ている。出来ているはずなのだが、頭の中ははてなマークで埋め尽くされている。
現実じゃありえない事が起こっているのだ。そりゃ混乱するのも無理はない。とさっきから自分に言い聞かせているものの、色んな意味で落ち着かないこの状況を今すぐ誰かに何とかして欲しい。
「はぁ、はぁ、はぁ、、、」
間に合った?本当に?助けられたのか?あんな状況で?
俺が咄嗟に起こした行動で、今俺の腕の中にいる女性は九死に一生を得た。正直に言うと間に合わないと思っていた。それでも身体が勝手に動いてしまったのだ。止まること止める事も出来ない。だから手を伸ばした。
「あ、あの、、、」
オレは女性に怪我が無いか確認を取ろうとすると、女性は俺の事をじっと見つめていた。彼女の顔は、今の状況を理解出来ていないような感じだった。頭が追いついていない、理解できない、訳が分からないといった感情がそのまま顔に出ている。
そして彼女の瞳からは、雨によるものでは無い彼女自身の涙が流れていた。
その後は警察が来て軽い事情聴取が行われた。彼女との面識の有無や、彼女を突き落とそうとした者はいなかったのかなど、事故なのか事件なのか。そこそこ色んなことを聞かれた。
そして最後の質問を終えたの時に
「さっきの女性がお礼をしたいと君に会いたがっているそうだ。断ることも出来るがどうする?」
ここで断るのもいいが、せっかくお礼をしてくれると言うのだ。人を助けた報酬としてそのくらいのご褒美を要求してもバチは当たらないだろう。人からの感謝なんて、久しくもらっていない。
俺の元に来たのは、先ほどではないが少しやつれた彼女だ。警察の人からの送迎を断った俺たちは、電車が車で駅のホームで話すことになった。
「あの、さっきはありがとうございます。私の不注意で君にまで危険な目に合わせちゃって。本当にありがとうございました」
「いえ、気にしないでください。勝手に体が動いたのものですから。それよりお身体の方は大丈夫ですか?」
「はい。何ともないですけど、念の為に明日病院に行く事になりました。あの、それで助けていただいた時に散らばっていた物なんですけど、、、」
今日のカレーの材料、電車や野次に踏み潰されてもう食べれたもんじゃない。仕方ないからまた後で買い直そうと思っていたのだが。
「あぁ、それでしたら気にしないでください。特に大したものは買っていないので」
今の時刻は20:30。今から買い直したとしても、作り始めるのは21時を過ぎるのは確実。事情聴取のおかげで精神的にも疲れていたので、今日はインスタントやコンビニ弁当でもいいや。なんて思っていた。
「いえ、そう言うわけにはいきません。こういったことをお金で済ましてしまうのはどうかと思うんですが、これ受け取ってください」
彼女が渡してきたのは3万円だった。助けてくれたお礼プラス食材のお金の弁償ということだろう。
「あの、流石にこれは多すぎませんか?」
「そんなことないです!命を助けていただいたんです!」
そんなことを言われても、俺はそんな見返りを求めて助けたわけではない。どうやって断ろうかと考えている時、彼女のケータイが鳴った。
「あ、すみません。会社からで」
「気にしないで出てください」
「ありがとうござます」と一礼をしてから、背中を向けて電話に出ている。そう言えば彼女はスーツを着ていて見るからにOL。社会人というのも一目見れば分かるのだが、なぜ手ぶらで歩いていたのだろうか。
「、、、え。クビ、ですか」
そんな疑問はすぐにどうでもいいことに成り果てた。最初から何か訳ありだとは思ってはいたが、まさかここまでとは。彼女の背中はさっき、線路に進んでいく時と同じくらい小さく見えたる。
こういう時、なんて声をかけていいのか分からない。当たり前だ。俺はまだ高校生で社会の事情など知る由もない。が、今の彼女を一人にするのは危ないだろう。
通話を終えた彼女の腕は、だらんとぶら下がりながらもケータイを手放さないでいる。
「あの、少しそこに座りませんか?」
まさに魂が抜けているという表現が相応しい彼女に、温かいお茶を差し出す。「すみません」と微かに聞こえる程度の声でお礼を言う姿を見て、これはどうしたものかと頭を抱える。
「一つ、聞いてもいいですか?」
「…」
返事はない。下を向いているため、彼女の顔は長い髪で隠れていて表情を窺うことができない。
「さっき、ホームでの出来事。あれは自分で飛び込もうとしてましたよね?」
「……っ」
少しだけ反応があった。それもそうだ。俺みたいな年下の少年に言い当てられたのだから。警察の人も気にしてはいたはずだが、彼女が上手いこと言ったのだろう。
「理由を聞いてもいいですか?」
彼女は感情のない声で、少しずつ話してくれた。
今勤めている会社が所謂ブラックと呼ばれる会社だと言うこと、両親はすでに他界し頼る身内がいないこと、そしてその両親が残したのは遺産ではなく多額の借金だったこと、会社の上司に肉体関係を迫られたこと。
「会社の一室を借りてまで頑張っていたのに、それでも会社をクビになってしまいました」
何も言えない。励ますことなんて出来るわけない。彼女はそれほどまで頑張ってきたのだ。本来ならこれ以上ないってくらいに報われていなければいけないはずなのに、彼女に突きつけられたのはあまりにもひどい現実。
「君に助けられた時、人間って暖かいんだなって思ったの。今思えばここ数年、人に触れていなかったなって気付いたの」
それほどまで弱っている。無意識に死のうとしていることにも気付いていない程に。せっかく助けたのだ。この後勝手に死にかねないし、そうなった場合の後味が悪い。
「あの、よかったらうちに来ませんか?」
それにしたってこの発言はどうかと思ったの少し後になってのことだった。