第九話 「Guilty or Not Guilty」〜4〜
「ああああ・・・どうすれば良いんだ・・・・」
田宮は呻き声のような嗚咽を上げた。
「ううう・・・・」
目からは涙が流れ、鼻からは鼻水が流れる。そして心に広がる絶対的な恐怖。
「なんで・・なんで私がこんな目に合うんだ!!くそっ!!」
田宮は仕掛けられている機械を壊そうと必至に暴れまわった。しかし金属の金具を破壊するだけの威力はない。
「くそっ、くそっ!!殺してやる!!殺してやるぞぉ!!」
「ククク・・・とうとうバケの皮が剥がれたな」
「黙れ!!」
目の前にいるウエスタンハットの男は余裕だった。
「さて、残り3分弱。俺はこれで失礼するよ」
歪はそう言うと椅子から立ち上がり、ドアノブに手を掛けた。
「ま、待て!待ってくれ!お願いだ、助けてくれ・・・あんたには関係ないだろう」
「殺してやるんじゃなかったのか?」
「じょ、冗談だよ。なあ、頼むよ。殺さないでくれ」
「丁重にお断りする」
そう言うと歪はドアから外に出て、外側からドアに鍵を閉めた。
「ま、待て!!くそぉ!!殺してやる!殺してやる!!」
コツコツコツと言う靴音は遠ざかり、そして聞こえなくなった。
「あああああ!くそっ!」
田宮はもがいた。しかしどうにもならない現状に変化は無い。
徐々に田宮の体から力が抜け始めた。目の前が遠くなり、脱力感が増殖する。
「ま、まずい・・・こ、このままじゃ・・・・」
田宮は椅子に設置されているボタンを押した。それと同時にテープレコーダーが録音の状態に入る。
「い、一連の事件について、事の真相はその書類に書かれている通りだ。
そ、その罪は・・・償う所存であります・・・なので・・ど・・どうか、御慈悲を・・・」
田宮は溜まらず告白をした。すると「カチ」と言う音が響き、両手に刺さっていた注射の針が離れた。
「こ・・・これで・・・う・・・動ける・・・」
田宮は鈍くなった身体をなんとか起こし、椅子から離れた。
「う・・・うわっ!」
しかし身体はもはや瀕死である。血液を失い過ぎたのだ。このままでは本当に死んでしまう。
一刻も早くファックスを破壊し、テープを回収してこの場から去らなければ・・・。
「はああ・・・はあ・・はあ・・はあ・・・・」
目が窪み、口から涎が垂れた。それでも田宮はファックスの乗った机にしがみ付き、なんとか立ち上がった。
約束の5分までまだ時間がある。大丈夫だ、まだ間に合うさ。
「な・・・なんだこれは・・・・」
ファックスに触れようと思った田宮の手は、ファックスを覆う何かに触れた。
それは強化ガラスだった。強固な強化ガラスの中にファックスが納まっている。
「じょ・・・冗談じゃ・・・ない・・・ぞ・・・・」
田宮は手でそれを叩いた。しかし力が入らない。強化ガラスはビクともせず、制限時間を待っているようだった。
「なんで・・・なんでこんなに・・・力が入ら・・ない・・んだ・・・」
バシバシと強化ガラスを叩くが、ガラスは動じない。
田宮は叩いた反応で体のバランスを崩し、その場に転倒してしまった。
「く・・・くそ・・・・ん?これは・・・」
倒れた床に紙が落ちているのに気が付いた。田宮は今にも消えそうな命でそれを読んだ。
「そうそう、言い忘れていたが、血液を抜かれ始めて3分が経過すると、全体の血液の3分の2が消費された事になる。
人間の身体は血液が3分の2以下に下がった場合、その後1分30秒以内に輸血しなければ助からない。健闘を祈る」
紙にはそう書かれていた。
「な・・・なんだと・・・ふ・・・ふ・・ふざけ・・・やが・・・って・・・・」
田宮は自分の両手を見た。そこには注射器の針が抜かれた事によって開かれた穴からわずかな血が流れ出ていた。
制限時間まで、残り40秒。
「く・・・くそ・・・・」
30・・・20・・・10・・・・・9・・・8・・7・・・
「だ・・・だれ・・・か・・・」
6・・・・5・・・・4・・・
「た・・・た・・・・すけ・・・て・・・・」
3・・・・2・・・・1・・・
その瞬間、部屋には永久の静寂が流れ、同時に自動送信のファックスが起動した・・・。
「発見された遺体は、一連の事件で大場容疑者の弁護士を務めた田宮良一弁護士である事が判明しました」
「事件のあった部屋には、天誅、死神と書かれたメモが見つかっており、またもや天誅死神事件へと発展した模様です」
「新聞各社に送られてきたファックスによりますと、今回の裁判では被告人と弁護士との裏取引が行なわれていた模様です」
「正当な裁判ではなかった事が明らかとなり、死刑廃止運動の会はこの事実を受けて解散する意向を発表」
「まさか裏で弁護士との不当なやり取りが行なわれているとは、一体誰が考えたでしょう」
「前代未聞の事件です。今回の事件は、まさに天誅、死神によって明らかとされた事件だったと言えるでしょう」
「最高裁裁判官は、この一報を受け、今後このような事が無いよう、厳重に注意して行きたいと述べています」
「弁護士協会を根底から揺るがす、歴史上類を見ない事件へと発展する見方を強めています」
「まさかあの弁護がそんな事を・・・・・」
事の真相を聞いた勝次は驚愕した。
勝次は依頼したときと同じ場所にあるベンチに座って項垂れた。
「お前が殺しを依頼したあの大場と言う男は、確かに死刑に値する罪を犯したが、あの弁護士よりはマシかも知れんぞ」
「えっ・・・」
「これを見ろ。これはあの弁護士の事務所で発見した大場自身が書いた手紙だ。送り主は大場の家族になっているが
事件発生後、大場の家族は姿を消している。おそらく家族には届かなかったのだろう。それを田宮が隠し持っていた」
勝次は受け取った手紙を広げた。そこにはこう書かれていた。
「僕は自分の犯した罪がどれほど大きなものは分かっているつもりです。だから僕は死刑を望みます。
それだけの事をしたんです。死刑になって当然です。本当に後悔しています。出来る事ならあの子に誤りたい。
本当に悪かったと。本当に申し訳ないことをしたと、そう伝えたいです。
もし、万が一ですが死刑を免れたら、その時はこの罪を背負い、一生謝罪していくつもりです。
本当にごめんなさい・・・本当にすみませんでした」
そう書かれていた。
「あの男は・・・・・大場は死刑を望んでいたんですね」
「ああ。だがあの弁護士によって精神鑑定に掛けられ、今は精神病院にいる」
「テレビのニュースで精神病院で大場は狂ったと言ってました」
「そのようだな。恐らく事実だろう。あの男にはあえて真相を話さずに置いた。苦しめるためにな」
「そうですか・・・・・」
「気が済んだか?本来の依頼とは別の人間を殺す事になったが、お前がどうしてもと言うのなら大場も殺すが」
「いえ、結構です。もう十分です。どんな事をしても、もう小春は帰って来ないのだから」
そう言うと勝次は立ち上がった。
「いろいろとありがとうございました。事実が明らかになって、今後弁護士協会は変わって行くでしょう」
勝次は振り返らずに言った。
「だと良いがな」
「それじゃ、失礼します」
そう言い残し、勝次は去って行った。
歪は何も言わなかった。ただ立ち去る勝次の背中を見つめ、「不条理だな」と思うだけだった。
依頼は果たされ、事件は解決した。
その3日後、新山勝次は家の台所で首を吊り、自殺した・・・。
遺書は見つからなかったと言う。
END