第五話 「過ちに気付くとき」
「お、お前だな・・・こんな事しやがったのは!!」
宮地は晴れ上がった顔と口でなんとか日本語を喋った。沸き起こる怒りが彼に最後の力を与えたようだった。
「ご名答。どうだ、楽しかっただろ?」
「ふざけんな!!」
宮地は動けぬ身体でなんとか歪に近づこうとした。だが無駄だった。先ほど女たちに痛めつけられ何かしようものなら激しい痛みが走る。
「お前は一体なんなんだ」
「俺か?俺はこういうもんだ」
そう言うと歪は一枚の紙切れを出し、宮地に前に投げ捨てた。
「て、天誅・・・し、死神・・・」
そう。そこには紛れも無く「天誅、死神」と書かれていた。
「名前くらいは知っているだろ。俺はお前の死神だ」
宮地の顔から血の気が引いた。天誅、死神は宮地も知っている。かつてない恐怖がジリジリと迫った。
「俺はお前にチャンスをやった。お前が前非を悔い、女たちに頭を下げるなら生きる権利を与えると。
しかしお前は陳腐なプライドのせいで生きる道を自ら閉ざした。その結果がこれだ」
宮地は口をパク付かせる事しか出来なかった。世に言う暗殺者が自分の目の前にいるのだ。無理も無い。
「お前の余命も残り3分を切ったな。何か言い残す事は無いか?」
「ま、待ってくれよ!どうして俺なんだ。なんで俺を殺すんだよ」
もはや宮地の声は情けないまでに狼狽している。藁にもすがり必至で命乞いをしているように見えた。
「ある人からお前を殺すように頼まれた。俺はその依頼を果たすだけだ」
「か、勘弁してくれよ、いや、勘弁してください・・・なんで、なんでなんだよ」
「ククク、これがお前の知らぬ本当の強者だ。お前はいつも自分より力の弱い女ばかりを狙ってきた。
男から金をかすめようとは思わなかっただろう。弱者しか相手に出来ない人間もまた、弱者なのさ」
「あ、あ、あんたは、なんでこんな事をしているんだ」
「世のため人のため・・・と言いたい所だが、お前たちのような悪を始末するのが俺の仕事だ」
「そ、それならあんただって悪じゃないか!!同じ悪に悪を消す権利なんてないはずだ!」
「この世は弱肉強食だって言ったのはお前だぜ。強者の悪が、弱者の悪を葬って何が悪い」
口は災いの元と言うが、まさにそれだった。宮地の言った事は、今歪がやっている事を認める発言だった。
「世の中理不尽な事ばかりだ。日本の法律は当てにならん。だから俺は理不尽な捌きによって罪を免れた悪を
同じ悪と言う世界に住む俺が抹殺する。その方が世のためだからな」
「だ、だけど俺を殺せば殺人だぞ!お前だって有罪だ!」
「だから?」
「えっ・・・」
「だからなんだと言うんだ?言ったはずだ、俺もまた悪だとな。自分が有罪だと言うことくらい分かっている」
「わ、分かってて殺すのかよ」
「そうだ」
時刻はタイムリミットを迎えた。
「さて、時間だ。個人的な恨みは無いが死んでもらう」
「や、や、やめろ・・・頼むよ、何でもするから殺さないでくれ・・・いや、殺さないでください!!」
「無理だな。まあ恨むなら自分を恨め、悪に染まった自分をな」
「ひゃ、やめろぉ!!」
次の瞬間、宮地の首は同体から離れた。
「フン!善人よりも悪人の血の方が美しいとは、なんとも皮肉な話だ」
歪の足元に、犠牲の頭が転がった・・・・。
その日の夜、仕事から終わって家に帰ると、光はマンションに備え付けられているメールボックスに手を入れ夕刊を取った。
普段なら抜き取った夕刊は部屋に戻ってから見るのが習慣なのだが
どういうわけか今日は奇妙な胸騒ぎを覚え、その場で開いた。
「あっ!!」
新聞の一面を見て、光は驚きの声を上げた。そこには次のように書かれていた。
「今日未明、都内の廃工場で頭部を切断された男性の遺体が発見された。
被害者の名前は小向 宮地。鈍器のようなもので激しく殴られた後、頭部を切断された模様。
小向容疑者は詐欺の常習者である事が判明しており、警察もマークしていた人物だった。
遺体の近くには「天誅、死神」と書かれた紙が落ちていたため、警察は「死神事件」と関連して捜査を進めている。
しかし目撃情報や有力な手掛かりは無く、既に捜査は難航している模様である」
光は驚きと共に安心した。どうやら無事にやってくれたようだった。
記事には顔写真も持っており、それは間違いなく宮地だった。
これで目的は果たした。高い金を払って殺害を依頼したのだ。これで全てが完了したのだ。
しかし光の心は晴れなかった。自分が彼を殺してくれと頼んだのである。
つまり殺害を望んだのは光自身。だが世間は光が彼の殺害を依頼した事など知る由も無い。
この結末を望んだのは事実だ。しかし殺害を望んだ事に対する罪悪感はどうあっても消えない。
本当にこれで良かったのだろうか・・・・。
その時、光の背後で人の気配を感じた。気配・・・いや、独特の威圧感と言って良い。
昨日、依頼先の女性から感じた威圧感よりも更に禍々しい感触。
光の本能が「決して振り返るな」と告げた。振り返ったら殺される・・・と。
「事実は小説よりも奇なりと言うが、そんな感じか?」
「少しだけ・・・そんな感じがします」
「そうか。だがそれが殺意の末路だ。決して良いものではない」
「貴方が・・・・天誅、死神さん・・・なのですか?」
光は恐る恐る聞いてみた。
「そうだ。だからお前が振り返ったらお前の人生はここで終わりだ」
「・・・・・」
凄まじい言葉の狂気である。それほどの殺意を感じないせいで余計に恐怖を感じる。
「仕事は完了した。これで俺たちとお前の関係は終わりだ。もしお前が今心に引っ掛かるものを感じているのだとしたら
それが罪と言う事だろう。しかしお前は有罪にはならない。その分これからも背負って生きるんだな」
「私がした事は・・・間違っていたんでしょうか・・・」
「何故そう思う?」
「心が・・・痛むからです」
「ならば正しかったと言うことだ」
「えっ・・・」
光には言葉の意味が分からなかった。
「今のお前がもし心に痛みを感じていなかったのなら、それは自分の仕出かした事の重大さに気付いていないと言うことだ。
でも今のお前は自分が計画した事に罪悪感を感じ、心を痛めている。それを知るための殺意だったのさ」
「心を痛めることの・・・」
「そうだ。今回の件でお前はそれを知った。人を恨み、殺意を抱くとその末路に何が待っているか、それを知ったんだ」
光の目に涙が浮かんだ。悲しくも無い、寂しくも無い。だが何故か涙が止まらなかった。
「あの男は悪であり有罪だった。しかしな、安易に騙されたお前も別の意味では有罪なんだ。
これからは人を見る目を養い、自分の道を歩くんだな」
「はい・・・・」
「もう二度と悪の世界に入ってくるな。お前のような善人が来れるほど、生易しい世界じゃないからな」
そこで男の声は途切れると、背後に感じた威圧感は見る影も無く消え去った。
気付けば夜。
漆黒の夜空には、満天の星空が広がっていた。
END