第三話 「お前が選べ」
ターゲットとなる相手の素性を調べる事は、歪に取っては朝飯前だった。
今回の仕事の依頼主から入手したデータを元に、歪は朝早くから動き出していた。
ターゲットの名前は小向 宮地。年齢は28となっているが、これは事実ではなかった。
本当の年来は30歳。28と言う数字を使ったのは相手を騙すために若さを強調するためだろう。
依頼主からのデータでは彼の職業は「企業を立ち上げた青年実業家」と書かれているが、これも嘘だった。
彼の本当の職業は列記とした「詐欺師」だ。それだけで日々食っている。つまり事実上の「無職」である。
宮地は今まで騙した女から刈り取った金だけで悠々自適に生活している。
現在も数名の女を騙しており、彼と同棲している女を含めると、4人もの女を騙している事実が発覚した。
4人全員を別々の場所に住ませ、まるでヒモのように女たちの住居に通っている。
その手口は実に巧妙で、日をずらして通い詰めているため、2日連続で同じ女の場所を訪れる事が無い。
それぞれの女にはまったく異なる職業をやっていると嘘を付き、女の家に来ない日は仕事で忙しいと告げている。
騙す手段も巧妙、且つしたたかで女たちは宮地を疑おうとはしていない様子だった。
「いろいろ調べたんですがね、どうやらその界隈では目付けられているらしいですぜ」
歪とは古くからの付き合いがある情報屋のタクが言った。
「その界隈とは?」
「暴力団ですわ。宮地のヤローを誘い込み、上納金を稼ごうって手段ですわ」
「なるほど、運営のための資金稼ぎか」
「ええ、それにサツからもマークされてますわ。あのヤローいろんな女騙してやがるから名が知れてんですよ」
「フン、騙される女も女だがな。まあ良い、これだけデータがあれば十分だ」
歪はそう言うとポケットに手を入れ、中から現金を取り出した。金額は10万ほどだった。
それをタクに押し付けると、タクはニヤニヤ不適な笑みを浮かべた。
「ダンナにはいつも良くしてもらって・・・感謝してますぜ」
「これからも頼むぞ。死にたくなかったらな」
歪がニヤリと笑う。
「も、勿論ですわ・・・ア、アッシは長いものに巻かれるタイプですんで」
タクはそう言うと逃げるように去って行った。
小向 宮地は上機嫌だった。またいつものように女から貢がせ、今日だけでその金額は300万にも登った。
贅沢さえしなければこれで半年以上は楽に生活が出来る。そう思うと気分は自然と向上した。
それにしても数ヶ月前に自分の子を孕んだ女には参った。やっぱりコンドームなしでヤるもんじゃない。
自分と幼馴染だとか言っていたが、宮地には覚えが無かった。
だが本当はそうなのだろう、あの女と俺は幼馴染。しかしだからどうだと言うのだ。
人間は変わるものだ。金持ちを目指して、金のために人を騙して何が悪い?
そもそも騙される女がバカだから悪いのだ。今の世の中は正直者がバカを見る。そういう時代なのだ。
人を蹴落とし、自分が伸し上がる。それが成功の秘訣。楽して生活するルーツってもんよ。
宮地はそう思った自分に酔った。
宮地はマンションの鍵を開け、中に入った。同棲中の秋子は仕事で出かけているため、誰も居なかった。
「今日はいくら稼いでくるか、楽しみだ」
秋子は昼間はパート、夜は水商売で生計を立てている。しかし宮地と出会い同棲することになると
給料の半分は宮地に渡していた。「いつかデッカイ企業を立ち上げるのが俺の夢なんだ」と言い張った宮地に
まさか自分が騙されるとは思っても居ないだろう。面倒見の良い秋子は愚直なまでに宮地を信じ切っていた。
「所詮この世は弱肉強食。弱者は強者にひれ伏すしかないんだよ、アハハハ!!」
「良い考え方だな。俺も同感だ」
「なっ!!」
突然、何者かの声が響いた。
「だ、誰か居るのか!?」
「お前のその考え方には共感できる。しかし、お前は本当の強者を知らない」
「な、なに!?」
「真の強さとは何か、それを知らずして弱肉強食は通用しない」
「どこにいやがるんだ」
宮地は思いつく限りの場所を見て回った。しかし誰も居ない。
「ライオンは自分の子供をわざと崖下に突き落とすと言う。それは厳しい自然の中で生き延びるための親からの試練だ」
「意味不明なこと言いやがって!どこにいるんだ!」
「だが子供を突き落としたライオンも最初は子供。突き落とされる恐怖を知っているからこそ、自分の子供にも同じ事をする。
さあ、お前はどうかな?」
「なにが言いたい!?」
「お前は突き落とされる恐怖を知っているか?親の七光りで生きているお前に、恐怖とは何か、説明できるか?」
「し、知らねぇよそんなこと!」
「だろうな。俺が教えてやるよ。突き落とされる恐怖とは何か、お前の言った弱肉強食の理論に従ってな」
「な、なんだとっ!」
「だがそれで終わると思うなよ。お前の死は既に約束されている。お前は強者に殺される運命だ。
しかしお前が心から前非を悔い、騙し続けた女に頭を下げると言うのなら生きるチャンスをやろう」
「なに!!」
「お前の余命は残り1日。今から24時間後、お前は確実に死ぬ。改心して生きるか、惨めに死ぬか、お前が選べ」
そう言うと男の声は途切れた。
「俺の命が後1日だとっ!ふざけんな!」
宮地の額から冷たい汗がいくつも流れた。
タイムリミットは刻一刻と迫っている・・・。