第二十四話 「それぞれの思い」〜6〜
「あ、貴方は・・・・・」
ウエスタンハットを被り、黒のスーツに身を包んだ男の手には刃渡り30センチほどの短刀が握られていた。
短刀は真っ赤に染まっている。そして男の顔にも返り血が飛び散っており。その表情は冷たかった。
少なくとも紅麗に見覚えは無かった。こんな男、組員では見かけたことが無い。
「ひっ!」
紅麗は自分の周囲を見渡した。夥しい返り血は部屋中に飛び散っており、四方八方が真っ赤に染まっていた。
首を切られ、未だ血が噴出していている死体。臓器が飛び出している死体。まさに地獄絵図だった。
紅麗は自分の身体を隠すものを探した。しかしどれも血がベットリと付いており、使い物にならない。
男は微動だにせず紅麗を見ている。先ほどから何も言わない。
「貴方は・・・・誰なの・・・・」
「死神だ」
「し、死神!?」
「お前の死神ではないがな」
「別の人の・・?・・」
「コイツらのな」
男は顔を右斜めに傾け、周囲の事だと示した。
「死神なら、人を殺すんでしょ?・・・・」
「それが仕事だからな」
男は紅麗から見えないように短刀を上に持ち上げ、それを頭上に振り上げた。
「お前に恨みは無いが、悪く思うな。見られたからには生かして置くわけには行かない」
振り上げた短刀が一番高い位置に登った時だった。
「殺して」
「なに?」
「死神なんでしょ?だったら私を殺してよ」
男の動きが止まった。
「何故死に急ぐ?」
「こんな姿になってまで・・・・生きたいなんて思えないでしょ!?」
紅麗は身体を抱きかかえながら叫んだ。悲痛な叫びだった。
「コイツらはお前の親代わりか?」
「冗談じゃない・・・私の本当の親は他にいる。もう死んじゃったけど・・・」
「そうか」
男は振り上げた短刀を降ろした。
「お願いだから早く殺して。楽になりたいの」
「気が変わった」
「なんですってっ!!なによそれ!!」
紅麗は男の胸倉に掴みかかった。
「あんた死神なんでしょ!?だったら殺しなさいよ!!生きたくないの、殺して!」
「断わる」
「どうして?死にたいと思っていないコイツらは殺せるのに、死にたいと思っている私は殺せないってどういう事よ!!」
「俺は悪にしか制裁を加えない。最初お前もコイツらと同類だと思っていたんだが、違うようだからな」
「バカにしてんの!!ホラ、この手で殺しなさいよ!!さあ、殺してってば!!」
紅麗は男の腕を掴んで叫んだ。
「だったら何故泣く?」
「えっ・・・」
自分でも気付かぬうちに紅麗は泣いていた。
「お前は今まで死にたいほどの苦しみを味わってきた。だがお前の本心は死にたいとは思っていない。その涙が何よりの証拠だ」
紅麗の中で何かが弾けた。それは今までずっと認めたくなかった自分の意思。生きたいと思う強い意志だった。
「私は・・・私は・・・・」
紅麗は名前も知らぬ男の胸に顔を埋め、子供のように泣き叫んだ・・・。
男は紅麗が泣き止むまで、その場を離れる事はなかった。
「待って!!」
男が屋敷を出て行く姿を見て、紅麗はすぐに服を身に纏い、外に出た。
「まだ何か用か?」
「貴方がここの連中の皆殺しにしたせいで、私の居場所が無くなってしまった」
男は何も言わなかった。
「これから私、何処にも行く場所が無いの。その責任取ってくれない?」
「どうしろと言うんだ?」
「私も一緒に連れて行って。行くとこ無いし。それに貴方の事誰かに言うつもりなんて無いから」
男はしばらく紅麗の目を見た。そして・・・・
「お前、名前は?」
「夜美也 紅麗」
「よみや くれい・・・・変わった名前だな」
「貴方は?」
「黒神 歪・・・・・天誅、死神だ」
「貴方があの天誅、死神!?」
紅麗は天誅、死神の存在は知っていた。ここ数年になって突如として現れた死神。悪事の働くところに決って現れ
その場にいる全ての人間を惨殺すると言う悪魔・・・・。
「付いて来るのは勝手だが、俺の世界は死の世界だ。自分の身は自分で守れ」
「分かってるわよ。あっ!ちょっと待ってよ」
歪と紅麗・・・二人の奇妙な生活はここから始まった・・。
「それから私はここに来た。歪に連れられてね。最初は何をどうして良いのか分からなかったけど
歪と接しているうちに彼の特性とか分かってきて・・・。中学を卒業して高校に入学する事も、歪は反対しなかった。
高校3年間はこの場所からずっと通ったしね」
「なるほど、まだ若いのにずいぶん苛烈な過去を持っているな」
ようやくシンが喋った。
「私に対する見方変わったでしょ?」
「どうしてだい?全然分からないよ。むしろ俺の目に狂いは無かったと思ってるけど」
「ど、どういう意味?それ」
「ん?ますます君の事が好きになったよ」
あまりにもストレートな告白・・・・。紅麗は一瞬何を言われたのか分からなかった。
「バ、バカじゃないの!?け、汚れてるって言ったでしょ!」
「アハハ!耳まで赤くなってるぞ。か〜わいい〜」
「ちょ、ちょっとあんた!!」
「うそうそ、冗談。誰にでもいろいろあるものさ。何も背負うものが無い人間なんて、それこそ安っぽい人間さ」
シンはそう言うと右手で紅麗の頭をポンポンと撫でた。
「さ、触るな!!」
紅麗はその手を払い除ける。本気で嫌がっているわけではないのだが・・・。
「ウハハハ!君と居ると飽きないな」
「バカにしてんだろ?私の事」
「す、少しだけ・・・・」
「あんだとっ!!」
その時、入り口のドアが開き、歪が帰って来た。
「よう!お帰り」
シンが右手を上げて言った。
「ずいぶんと騒がしいな。下まで聞こえたぞ」
下とはアジトの一階にあるビルの入り口の事である。
「歪が居ない間シンと楽しんでたんだからね」
「そうか、そりゃ良かったな」
「むっ!!ちょっとは妬けよ!!」
「意味が分からん」
「んで、涼風杏里ちゃんはどうだったんだ?」
シンが聞いた。涼風杏里・・・この言葉に紅麗の耳がヒク付いた。
「別にどうと言うわけではない。そのうちまた会うことになるだろう」
「良かったわね、また会える口実があって。さぞ綺麗な人なんでしょうね!!」
「少なくともお前よりは大人だ」
「な、なにぃ〜!!」
「紅麗ちゃん、結局君の方が妬いてるね」
余計なシンの一言である。
「五月蝿い!!!!!」
奇妙な運命が手繰り寄せた奇妙な展開。
この先熾烈な戦いが待っている事を、まだ知らない・・・。