二十二話 「それぞれの思い」〜4〜
「歪がベトナムで産まれた・・・・ホントなの?」
「ああ、当時のベトナムは宗教勢と反乱軍、そしてベトナム軍との宗教戦争が活発だったんだ。
勢力には歪の両親が所属していた宗教勢の方が劣勢だった。だが当時のベトナムは飢えと貧困に悩まされていて
物資のホントをベトナム軍が所有していたらしくてね。宗教勢は日に日に弱って行ったんだ」
先ほどから語りだしたシンの話は、紅麗にとってはあまりにも衝撃的な内容だった。
「兵士は次々と餓死し、勢力は極端に下がっていた。そこで宗教勢は金字塔に打って出た。
それがシャイニングスターと言う麻薬の投与だったんだ」
「シャイニングスター・・?」
「ああ。文字通り輝き続けるスター。翻せば戦い続ける狂戦士だ。この麻薬に含まれている力によって
投与された人間は極端に筋肉が発達し、死ぬまで戦い続けたと言う話だ」
「酷い・・・」
「ああ、本当にね。俺もそう思う」
「でもそれと歪がどう関係あるの?」
「実はこの戦争で勝利を収めたのは宗教勢でもベトナム軍でもなく、反乱軍だったんだ。
生き残った兵士や人間たちは皆、反乱軍によって拘束され強制収容所などに移送された。幼かった歪も当然移送された。
だがシャイニングスターによって命を落とした両親を含め、その死体の処理を任されていた歪は
既にこの時から心に鬼と悪魔が住んでいた。あいつは収容所から脱走する事を決めたらしい」
「歪が死体の処理を・・・・」
紅麗は思わず口を押さえた。信じられなかった。
「ああ、有に100人以上の死体をたった一人で解体し、始末したようだ」
「嘘・・・・」
「脱走を決意した歪に必要だったのは何より力だ。まだ幼かった歪が巨大な施設から逃げ出すのは力が要る。
しかし当時の歪はまだ小学生と同じ年代の男の子。当然の事ながらそんな力は無かった」
紅麗は聞き入るように耳を傾けている。
「そこで歪はある事を思い付いた。手っ取り早く力を手にする方法がある・・・それが」
シンは言おうか言うまいか迷った。しかし真剣に聞く紅麗を裏切るわけには行かない。
「シャイニングスターの投与だったんだ」
「なっ・・そ、そんなこと・・・・・」
「シャイニングスターを自らの身体に投与すれば信じられないほどの力が付く。文字通り狂戦士と化すからね。
それだけの力を手にする事が出来れば脱走する事も可能だと判断した歪はシャニングスターを自分の身体に打ち込んだ」
「バカよ!!信じられない・・・・」
「シャニングスターはその効果が効いている時間は無敵の狂戦士になるが、効果が切れると凄まじい副作用に襲われてしまう。
幻覚作用だけでなく、脅迫概念や精神分裂なども訪れる。それでも歪は打ったのさ、生きるためにね」
「それで・・・どうなったの?」
「あたり一面血の海。逃走は見事に成功。シャイニングスターを投与した歪に虐殺された人間は200人に及んだ」
「に・・・200人!!」
「どれも酷い有様だったらしい。原型を留めないほどに」
「・・・・・」
「脱走には成功したが、やはり禁断症状が出た。ドラッグの副作用さ。凄まじい症状に襲われたようだが
歪は肉体がまだ幼く、若かったため奇跡的に一命は取り留めた。だがその後10年間、歪は副作用に襲われ生死の境を彷徨ったらしい」
シンは紅麗を見た。さすがにショックだったのだろう。紅麗は泣いていた。
「その後ベトナムで歪を見た者は居ない。いつの間にか居なくなったらしい。そしてヤツは人知れず日本へ戻ってきた。
それが今から9年前だよ。日本に戻った歪は様々な事を学び、自分の家族を死に追いやったシャイニングスターの事を調べ始めた。
その結果、ある事実が浮かび上がった」
「事実?」
「うん。歪は掴んだんだ。シャイニングスターを作った組織をね、その組織こそが・・・」
「心螺旋・・・・」
「そう言う事」
全ての謎が明らかになった。何故歪がこの組織を追いかけているのか、その謎が解けた。
歪は憎んでいるのだ。自分と家族を死に追いやったシャイニングスターを、そして心螺旋を。
「大丈夫かい?」
シンは紅麗の肩をそっと撫でた。紅麗の目から流れる涙は一時的な感情の涙ではない。
心底悲しんでいる大粒の涙だった。
「うん・・・辛かったんだよね、きっと・・・たった一人でさ・・・誰も味方が居なくて」
「・・・・アイツは当時の事を地獄だったと言っていたよ」
「私だったらきっと耐えられない・・・・自殺しているよ」
「あの難儀な性格はそういう過去を背負っているからなんだろう」
「何かあるんだろうなとは思っていたの・・・。だけどここまで苛烈とは思わなかった」
無理も無い。紅麗にとってはまったく知らされていなかった事実なのだから。
「歪は話してくれなかった。長い付き合いなのに全然彼のこと知らない・・・」
どうやらそっちの方が辛いらしい。言葉が詰まってしまっている。
「あいつと付き合いが長いなら分かるだろ。歪は自分の事を話すような男じゃない」
「だけど、だけどさ・・・」
「まあ、気持ちは分かるがね。だけど何かを背負っている男ってのは自然とそうなってしまうもんだよ。俺だってそうなんだけどね。
ミステリアスな感じ?がはははは!!」
「あんたは自分から喋ったじゃない」
途端に紅麗の表情が変わった。涙は枯れ、白い目でシンを見ている。
「自分からあれよこれよとまあ良く喋ってたわよ〜!」
「あら??そうだったかしら?」
「それで何がミステリアスよ・・・白々しい・・・」
「うはっ!!俺ってお茶目」
「アハハハハ!!」
そうは言った紅麗だったが、それがシンの気遣いである事は気付いている。
「俺も是非聞きたいことがあるんだ」
「なに?」
「どうして君のように可愛くて素直な子が歪と一緒に居るんだろうって思ってね。
こう言っちゃなんだが、俺たちのいる裏社会に、紅麗ちゃんのような可憐な女の子は似合わないと思うんだが」
「それってつまり私と歪の出会いは?って事よね?」
「まあ、平たく言えばそんな感じかな」
紅麗は一瞬戸惑った。そして自分に問い掛ける。本当に話して良いの?と本当に自分を見せて良いのだろうかと。
これまで歪との出会いは誰にも話さなかった。自分の過去を思い出して辛い気持ちになるだけだから。
でも今目の前に居るシンは自分から過去を話し、そして自分を気遣ってくれる相手である。
「あっ、でもその、別に無理に話してくれとは言わないよ。女の子だしな」
シンは話の方向を変えようとした。
「ううん、良いよ。誰にも話した事無いんだけど、もう話せることだから」
そして紅麗は静かに語り始めた。
黒神 歪との出会いを・・・・。
5へ続く・・・。
END