第二十一話 「それぞれの思い」〜3〜
例え光を失ってもその日の天気は窓の方に顔を向ければ分かる。
窓のカーテンは毎朝の検診のときにナースが開けてくれるため、その向こう側にある天気はすぐに分かる。
窓へ顔を向けたたとき、暗闇の中に赤い色が差し込んできた日は天気が良い日だ。
快晴とまでは行かずとも、空は晴れている。それが証拠に窓から暖かい太陽の光が感じられる。
逆に視界が赤くならないときは曇り、あるいは雨だ。しかし雨の場合は音で分かるので、雨音が聞こえない日は曇りだと判断できる。
光を失って以来、涼風杏里はそれ以外の部分が発達するようになった。特に急激に発達したのが聴覚だ。
目が見えない分、音によって状況を判断するようになった杏里は、相手がどれだけ静かに部屋に入ろうともすぐに察知できる。
例え忍び足で入って来ようと、わずかな衣服の摩擦音などで分かってしまうのだ。
それに発達した部分は他にもある。それは人間の体温を感じる事が出来る部分だ。
基本的に病室は冷たい。壁の床も温度は感じられず、酷く無機質だ。
しかしそんな場所に温度を持った人間がやってくると、その部分だけ暖かく感じるのだ。
例え気配を消そうと、人間は己の体温を消す事は出来ない。その体温の大きさによってある程度の身長が分かる。
体温が縦に長く感じる場合は長身。逆に短い場合は身長の低い人間。
横に広く感じる場合は太っている人間。更にその体温の質によって相手の装いまで何となく分かる。
服装が明るい場合は体温を強く感じる。逆に黒やダーク系の場合は内側に体温が篭る。
その数が一つなら一人、二つなら二人と、人数まで分かってしまうのだ。
先ほどから感じる気配と体温には覚えがあった。その人物が病室に現れたのは1分前。
それから何も言わずに部屋の片隅に立っている。杏里はそちらに顔を向けているのだが、やはり口を開かない。
彼らしい・・・初めて彼が訪れてきたときもそうだった。(見つけられるのを待っているのかしら)
なんだか可笑しくなって杏里は笑った。
「こんにちは、死神さん」
杏里から口を開いた。
「何度試しても無駄のようだな。やはり分かってしまう」
「フフフ・・・無駄ですよ、すぐに分かりました」
やはり声の主はあの時「天誅、死神」と名乗った男だった。
「彼女、助かって良かったです。予期せぬ方が登場したようですけど」
「凄いな、何も言っていないのに分かるのか」
「はい。お仲間さんも増えたようですね」
「仲間かどうかは分からんがね」
歪は表情崩して言った。
「天誅会、やはり心螺旋と繋がっていたんですね」
「ああ、教祖のザスターは心螺旋の犬だった。見えるのなら何が起こったか、分かるか?」
「ある程度は・・・魔薬、恐ろしい薬物ですね」
「今日、俺がここに来たのはその魔薬の事だ。この言葉に覚えはないか?」
「何度か聞いたことがあります。私がまだ心螺旋の窓口だった頃、幹部の人たちが第一段階「魔薬」と言っていましたから」
「第一段階?」
「ええ。それが何を意味するのかは分かりませんけど」
第一段階とは一体どう言う意味だろう・・・。何かの実験をしているのか、だとするとザスターが使っていた魔薬とはまだ未完成の物なのか?
しかしザスターは魔薬は対心螺旋用に開発したものだと言っていたではないか。
それを心螺旋が知っていたとなると、第一段階の魔薬とはザスターが開発したものでありながら
その存在を心螺旋は知っていたと言うことか。そう考えるとザスターが心螺旋の犬と言う役割も頷ける。
心螺旋はザスターを使いまわし、利用したのか・・・。
「私の方から質問しても良いですか?」
歪が考え事をしていると、突然杏里が言った。
「なんだ?」
「貴方はどうして心螺旋を追うんですか?天誅、死神はこの世の悪事を絶つ方だと伺っています。
世間では貴方を悪のヒーローと称する人も多くいるらしいですね。そんな方が何故心螺旋を?」
「この世の悪事を絶つ、悪のヒーローと言うのは世間が勝手に付けた俺のイメージに過ぎん。
俺はあくまで依頼を果たしているだけだがな」
「そうなんですか、お仕事なんですね」
人殺しを平気でお仕事と言ってしまう杏里は天然系と言えるだろう。
「心螺旋とはちょっとした因縁があってね。連中とはいずれ戦う運命だ」
「悲しいですね。血で地を洗うなんて」
「避けられん事だ」
歪がそういった後、杏里は歪の未来を覗こうと試した。しかし何も見えなかった。
ただそれとは別の映像が見えた・・・。
「一つ、俺からも予言したい事がある」
「予言・・・ですか?」
「ああ、俺の予言だ。確実に当たる」
「興味深いですね、是非教えてください」
杏里がそう言うと歪は一呼吸を置いた。
「そう遠くない未来、お前は俺たちと行動を共にする事になるだろう。その時を楽しみにしている」
その声が途切れた直後、死神と名乗る男の気配は完全に絶たれた。
「奇遇ですね、実は私にも同じ映像が見えました」
杏里は誰も居なくなった部屋で一人呟いた。
4へ続く・・・。
END