第十一話 「新興宗教」〜2〜
11月24日 成田空港
クリスマスを一ヵ月後に控えた空港には、既に聖夜を意識した装飾が施されている。
航空券売り場の近くには巨大なツリーが設置され、来月から電装のスイッチが入る事になっている。
空港内に住を構える店の窓にはトナカイを引き連れたサンタのイラストが書かれ
中にはスプレーで描かれたクリスマスの絵などもあった。
エアポートから空港内部を抜け、久しぶりに日本の空気を肌で感じた感想はやはり「寒い」だった。
無理も無い。昨年が暖冬だったせいで今年の冬は寒くなると言われているのだ。
気象庁からの発表でも「今年は例年に比べかなり寒くなるでしょう」と伝えている。
男は自らが吐く息の白さに感慨深いものを感じた。
「久しぶりの日本だ。5年ぶりか、速いもんだな」
誰に言うでもなく、男は伸びをしながら呟いた。この寒さでは今年は年内に雪が降るだろう。やはりコートは必需品だ。
カーキー色のコートを羽織り直した男は荷物を持ってタクシー乗り場へと急いだ。
タクシー乗り場に向かう途中、男は新聞を買った。日付は今日、時間的にまだ午前中のため朝刊だ。
すぐにタクシーに乗ろうかと、一瞬考えた結果、男は近くのベンチに腰を下ろした。
やる事はあるが別に急ぐ必要は無い。せっかく5年ぶりに降り立った日本の地だ。少しくらい時間を掛けてもバチは当たらない。
それに事は全て順調に進んでいる。今は丸腰、つまり何の武器も持っていないが
既に武器の調達は済ませており、これから向かう先で手に入る事になっている。
銃、弾薬、その他武器は何でも手に入る。ショットガンだろうとミサイルだろうとマシンガンだろうと手にする事は可能だ。
しかし男は刀に拘っていた。「俺が手にするのは刀と決めている」そんな言葉を何度も口にしてきた。
しかし凶器と共にフライトする事は出来ない。金属探知機で発見され、そのまま逮捕となってしまう。
そのため男は来日する前に既に愛刀とその他の武器を「密輸」と言う形で日本へ送っていた。
「密輸」・・・文字通りそれは違法行為であり許される事ではない。
しかし中国の裏社会で一時は頂点を極め、チャイニーズマフィアを手中に収めていた彼にとって、密輸など朝飯前なのだ。
これから始まる一大戦争に比べたら、密輸など動作も無い事だった。
男は新聞を開き、視線を下へと移した。瑞々しい黒髪は目の下辺りでまとまっており、質はストレート。
常に穿いているレザーのズボンは年期が入っており、彼のお気に入りだ。
左耳にはドラゴンの爪を象ったプラチナのピアスをしており、胸には同じくプラチナで出来たロザリオのネックレスが光っている。
目鼻立ちのハッキリした顔付きは若干童顔で、実年齢よりも若く見られることが多い。
「天誅、死神・・・大活躍だな」
男は新聞の一面に記載されている記事を読んだ。ここ日本では「天誅事件」と称されている。
記事にはまたもや天誅、死神の事件が発生した事を伝えており、「闇の救世主か!?」と銘打たれていた。
その隣には「天誅会」と書かれた宗教団体の記事が載っていた。教祖と思われる男が威風堂々と演説している写真だ。
「天誅、死神に天誅会か・・・意外と早い再会になりそうだ」
そう言うと男はタクシー乗り場へ向かった・・・・。
紅麗が目を覚ました時には既に歪は出掛けていた。
どうやら例の麻薬組織についていろいろと調べまわっているらしい。最後に歪と会ったのが2日前になる。
深夜、アジトには戻って来ているようだったが、朝になるとすぐに出掛けてしまう。
こういうパターンは以前にも何度かあった。酷い時は1週間顔を合わさないときもあったくらいだ。
そのためこういう自体には既に慣れっこだった。もし何かあった場合いは連絡すればすぐに会える。
だから今回の事件・・・・と紅麗が勝手に決めている「天誅会」の事も、連絡さえすれば歪の手を借りる事は可能だった。
だが紅麗はあえて歪には連絡しなかった。今回の一件は紅麗が個人的に興味を持っている件であり仕事ではない。
まして首を突っ込んだ理由が「学生時代の友人たちを救うため」とあっては、人の力を借りる事は躊躇われた。
それに紅麗には「自分でもやれるんだ」と言う事を歪に見て欲しいと言う気持ちも強かった。
自分はいつもアシスタントパートナーであり、事実上の実行犯ではない。
建物に侵入する際の分析と回路の割り出し、その他頭脳的な仕事を受け持つのが紅麗の役目である。
そのためいつも歪と言う絶対的な人間の背後にいる。それではいつまで経ってもこの裏社会では生きて行けない。
この世界で生きてゆくため・・・そして何より歪に認められたいと言う気持ちは大きかった。
女として見て欲しい、本当はそう思っている。だがそれを歪に求めるのは間違っている。
この世界は表のリアル世界とは違うのだ。いつでも犯罪が起こり、いつでも争いが起こる世界。
そんな世界で好きだの嫌いだの言っていたのでは、とても生き残れない。
それに歪はそういう人間ではなのだ。恋愛感情は彼に取っては生温い感情であり、必要の無い感情。
歪は依頼さえあれば、依頼主の恋人や家族でさえ笑って惨殺する男。
そこに愛があろうと無かろうと、己の貫く己だけの正義に従う人間なのだ。調和や協調、協力と言った言葉は歪には無い。
そんな事は紅麗も分かっている。分かっているが故に認めて欲しいと言う気持ちを抱くのだろう。
そこで紅麗が下した決断。それが「潜入捜査」だった。
昨日、友人の巴から聞いた情報を元に、最近天誅会に入団した人々の詳細を調べてみた。
その結果、巴が言ったとおり、高校時代の友人である木下 真奈美と大塚 琴音が
二人揃って同じ日に入会している事実が明らかになった。
更に独自の調査を進めたところ、天誅会から退会した人の中に、体調不良や何かの中毒症状を訴える人々が続出している事を突き止めた。
皆一様に「退会してからおかしくなった」と話しており、「死神のたたり」や「死の宣告」などと
本気で神の存在を信じ、それに背いた自分たちへの報いだと話す人々がいると言う。
紅麗は彼らたちの症状は入会当時に何らかの形であったはずだと判断した。
おそらく退会した事がきっかけとなり、それが一気に悪化したのではないか?紅麗はそう考えていたのだ。
となると入会したかつての同僚たち、真奈美と琴音もそれに犯されている、あるいは危機に直面している可能性が極め強い。
それにもし紅麗が推測した事実が本当なら、このまま天誅会を放っておくわけには行かない。
自分が潜入する事で何らかの事実を突き止めれば、それを公にする事が出来る。
「天誅、死神」つまりは歪を神だと崇拝する宗教。本当の天誅、死神を知っている紅麗にとって
天誅会など、もはやニセモノにしか思えない宗教だった。
今日はその天誅会の新規介入メンバーに対する歓迎会が行なわれる。
紅麗はそれに参加する事になっている。当然費用も掛かったが今回は独自の捜査なので自腹だ。
かつての友を取り戻す事。そして天誅会の素性を暴く事。それが目的だ。
紅麗は余所行きのスーツに身を包むと、歓迎会の会場へと向かった・・・。
3へ続く・・・。
END