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08 図書館


「村上先輩。今日は図書館で勉強しませんか?」

「図書館?」


 椎名と過ごす二回目の休日。

 彼女が唐突にそんなことを聞いてきた。


「実は、この近くに図書館があるんです。静かで雰囲気もいいですし、気分転換にどうかなと思いまして」

「図書館か。たしかに、たまにはそういうのもありだな」

「ですよね♪ じゃあさっそく行きましょう。私着替えてきます~」

「ああ。机と皿は片付けておくから、ゆっくり着替えていいぞ」

「え? 覗かないんですか?」

「やっぱり今日はもう帰るか」

「冗談ですよ! 勝手に帰っちゃったら私泣きますよ!」

「年頃の高校生をたぶらかした罰だ。勝手に帰ったりなんてしないから、さっさと着替えてこい」

「む~」


 なにやら不服そうな椎名を適当にあしらって、お菓子が入っていたお皿や教材らを手早く片付ける。

 お皿とコップは流しでさらっと洗いタオルで拭いた後、それぞれ元の食器棚に戻していく。


 これは、毎日の勉強が終わった後の習慣だったりする。

 いつものことではあるのだが、あらためて考えると、すっかり椎名の家での生活に慣れてしまったことが少し気恥ずかしい。


 特に椎名と一緒に皿洗いなどをしていると、二人暮らしってこんな感じなのだろうかとか、本当にバカみたいなことを考えてしまう。


 そんな自分自身が恥ずかしくなって、ぶんぶんと頭を振りながらを煩悩を取り払っていると、椎名が着替えを済ませて戻ってきた。


「先輩。頭、どうかしました?」

「その聞き方には語弊を感じるんだが」

「ヘッドバンキングにでも目覚めたんですか?」

「あれは上下だろ。なんでもない、ちょっと考え事をしてただけだ」

「私の下着の色を考察してたり?」

「いい加減ぶっ飛ばすぞ」


 楽しそうに「キャー」なんて言いながら椎名が洗面台に逃げていった。

 しばらくすると、眼鏡からコンタクトに変えて出てきた。


「眼鏡で外出はしないのか?」

「中学校まではそうしてたんですけど、ちょっと事情がありまして。それに、今はこの家用の眼鏡しかありませんし」


 そう言いながら、さっきまで掛けていた眼鏡を見せてくる椎名。


「そうか。まあ事情があるなら何も言わないが、別にその眼鏡掛けてる椎名はかわいいと思うぞ?」

「~~っ! や、やっぱり先輩はたらしですね!」

「は? なんだよ急に」

「純粋な乙女心をなんにも分かってないです! ふんっ」

「あ、おい。待てって」


 椎名は不機嫌さを隠すこともなく、回れ右をして玄関から出ていってしまう。

 慌ててその後を追いかけて玄関を出ると、椎名はすでに階段の前辺りまで歩いてしまっていた。


 俺は駆け足で椎名の元まで行き、彼女が階段を下りる直前で腕を掴んだ。


「ど、どうかしたんですか?」

「椎名、お前に言わなきゃいけないことがあるんだ」

「さ、さっきの謝罪なら受け付けてませんよっ」

「そんなことじゃない。もっと大切で、椎名のために言わなきゃいけないんだ」

「へ? そ、それって……」


 不機嫌だった顔が、少し期待を抱いたような表情に変わる。

 俺は、真剣なトーンで彼女にそれを伝える。




「椎名。部屋の鍵、掛け忘れてるぞ」




「えっ」



 * * *



 しっかりと家の戸締まりを済ませてから、図書館へ向かって歩く。

 大切なことを指摘してしてあげた椎名と言えば、先ほどからずっとつーんと顔を背けてしまっている。

 ちなみに、その横顔の頬は赤く染まっていた。


「なあ、そろそろ機嫌直してくれないか?」

「つーん」

「自分の口で言うなよ」


 家を出てからずっとこんな調子だ。

 俺自身も何について謝ればいいかもわからず、一向にまともな会話すら出来てない。


「せめて、不機嫌な理由が何か教えてくれないか?」

「つーん。乙女心をもてあそぶような先輩に話すことなんてありまつーん」

「それ気に入ってるだろ」


 もてあそぶって、そんなことをした記憶など全くもってないのだが。

 だが、この椎名の様子を見るに、たしかに俺はどこかでやらかしてしまったのだろう。


 これまで、あまり女子と関わることをしなかった弊害なのかは分からない。

 しかし、人生十六年、恋人を作ろうともしなかった俺に乙女心を理解しろというほうが間違っている。

 椎名の日頃の行動にしても、もしかしたら俺の知識不足なだけで、本当は何か意味があるのかもしれない。


 結局、椎名との不毛なやりとりを続けながら、図書館に到着してしまう。

 入ってすぐに、視界のすべてを大量の本棚が埋め尽くした。

 正面には大きな階段があり、見上げた二階にも本棚が並んでいた。


 ぱっと見ただけでもかなりの大きさだ。家の近所に図書館がない俺は、ちょっとテンションが上がってくる。


 特段本が好きというわけでもないが、逆を言えば嫌いなわけでもない。

 勉強が目的とはいえ、少しくらい中を回るくらいなら許してもらえるだろう。


 ……まあ、それ以前に、さっきの発言のことすらまだ許してもらってないのだが。


「どこで勉強するんだ?」

「……こっちです」


 目を合わせないままぶっきりぼうに答えた椎名は、二階へ続く階段のほうへ向かっていく。

 そんな椎名にバレないように一つため息をついて、彼女の後を追う。


 二階に上がると、一階に比べると本棚の量は少なく、代わりに机と椅子が置かれていた。

 さっそく椎名が近くの机に座る。少し迷ったものの、結局いつものように彼女の横に腰を下ろす。


「………」


 一度勉強を再開すれば、この空気もなんとかなるかとも思っていたのだが、そう簡単にはいかないらしい。

 椎名はだんまりを決め込んだままで、じっと手元の問題集に目を落としている。


 とは言うものの、手は動いておらず行き詰まっている様子。

 だからと言って、この空気の中でいつものように質問するというのもさすがに出来ないだろう。


「「……………」」


 椎名を見習い俺も勉強をしようと参考書を机に広げるが、いらないことばかり考えてしまい全く頭に入ってこなかった。


 もう一度ため息をついて、椎名の横顔を見つめる。

 最初は無視していた椎名も、俺があまりにも見つめ続けるものだから、観念したように振り向いた。


「な、なんですか? 先輩」

「いや。どうしたら機嫌を直してもらえるだろうって考えてた」

「ふ、ふーん。簡単に機嫌が直ると思わないことですねっ。つーん」

「ああ。分かってる」


 いつも、あれだけくっついてくる椎名がこの調子なのだ。そうそうのことでは機嫌を直してもらえそうにない。

 彼女の横顔を見つめたまま、ひたすら考える。


 椎名が俺にしてほしいこととかは、何かないだろうか。

 記憶をさかのぼって思い出してみる。

 と、それほど記憶を巻き戻すこともなくそれを見つけられた。


 昨日、椎名と町へ外出したとき、彼女は手を繋ぎたいと言っていた。

 その真意はやっぱり分からないが、どちらにしろ彼女がそれを望んでいたのは確かだ。


 手を繋ぐ。

 異性とそんなことをしたのは小学校の低学年が最後だっただろうか。

 この歳になると当然抵抗のある行為だ。だが、椎名が望んでいる以上やってみる価値はあるだろう。



 ギュッ。


「ふぇ?」



 机の上に置いてあった彼女の左手に自分の手を重ねる。

 驚きで変な声を上げる椎名を横目に、勢いに任せて指を絡ませる。


 あらためて椎名の顔を見ると、彼女は頬を染めて戸惑った表情で俺の手と顔を交互に見ていた。

 少し口をぱくぱくさせていた椎名だったが、しばらくしてから「んっん」と咳払いをして、


「な、なんですか? いきなり。せ、セクハラですよっ」

「勘弁してくれ。少しは椎名が喜んでくれると思ってやったんだったが、嫌だったのなら悪い」


 そう言いながら、内心結構傷つきながらも手を離し──



 ギュッ。


「え?」



 さっきとは逆で、今度は俺の手が椎名の手に包まれた。

 椎名は離れようとした俺の手を、もう片方の手で押さえるように握ってきた。


「べ、別に嫌だなんて言ってませんっ」


 そう言って椎名は顔を反らした。

 思わず笑ってしまいそうになるのをこらえて「素直じゃないな」とぼそっと呟く。


「何か言いましたっ?」

「いや、なんでもない」


 その後、椎名はけろっと機嫌を直していつも通りに戻った。

 ──結局、図書館を出るまで繋いだ手を離してくれることはなかった。

ありまつーん。

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