07 外出
「まずはお昼ご飯でも食べに行きましょうか?」
「まずは説明をしろ」
椎名家を出てから数分。腕時計を確認すると、針は十二時半を指していた。
たしかに、昼食を取るにはいい時間かもしれない。ちょうど、お腹も空腹を訴えていたところだ。
だが、俺は今、それよりも重要なことがある。
「説明ですか? ああ、私が今日スカートじゃない理由とかですか?」
「唐突に外出した理由だ」
「二つくらい理由はあるんですけど。一つは、今日風が強いらしくて。先輩以外の人にパンツ見られたくないですし」
「聞いてねえよ」
ツッコミどころの多すぎる椎名にため息混じりにそう返す。
あいつは、いつから人の話を聞かない悪い子に育ってしまったのだろうか。
まあ、まず育てた覚えがないけれども。
「外出した理由と聞かれましても、そういう気分なんですとしか返せないですよ?」
「午後に何か予定があったんじゃないのか?」
「? これがその予定ですよ?」
「…………」
けろっとした顔で告げる椎名。
俺に何も言わずに予定を立てていたというのだろうか。なんとも勝手な話だ。
とはいえ、昼食をどうするのかは気がかりだった。最初からそのつもりで俺を今日誘ったのか。
策士と言えばいいのか、勝手だと言えばいいのか……。
「……とりあえず、昼飯を食べてから考えるか」
「そうしましょーそうしましょー♪」
俺の言葉に、嬉しそうな顔で返事をした椎名は、スキップ交じりにノリノリで前を歩く。
と、少し進んだところで椎名が歩みを緩めて俺の横に並ぶ。
不思議に思って椎名を見ていると、少し自信のない声で聞いてくる。
「村上先輩。手、繋いじゃダメですか?」
上目遣いで聞いてくる椎名。一瞬、驚きと戸惑いで足が止まりかけるが、さっと顔を反らして足を動かす。
「椎名、ずっと聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「なんでしょう?」
「椎名は、恋人でもなんでもない奴と、普通にこんなことをするのか?」
かなり突っ込んだ俺の問いに、バツの悪そうな顔でうつむく椎名。
しかし、すぐに顔をあげてこちらに振り向く。
その顔はいつもの明るく笑った椎名だった。
「前にも言いましたが、こんなこと先輩にしかしませんよ?」
「……なんで、俺なんだ?」
前にも聞いたような質問をもう一度椎名に問う。
もちろん、真実を知りたいという気持ちで質問をした。
たが、心のどこかで偽りを聞きたいと思う気持ちがあった。
なぜ自分がそんなことを思ったのかは、椎名が次に発した言葉で理解した。
「これも前に言いました。それは秘密、です♡」
「………」
俺は、そんな見え見えなあざとさの椎名の言葉に、どこか安心したのだ。
たしかに椎名は、前も同じことを言っていた。
どうして俺を家庭教師に選んだのか、そう聞いたときも「秘密」なんだと彼女は言った。
俺は、彼女の本当の理由を聞くのが怖いのかもしれない。
椎名は俺をどう思っているのか、それを知りたいと思う気持ちに目を背けてしまっている。
だからこそ、彼女の言葉に安心したのだろう。
「後々、先輩には必ず理由をお話します。まだ、私の心の準備が出来てないんです……えへへ」
「心の準備か……。そうだな、それなら仕方ないな」
「はい、仕方ないんです♪」
普段なら、心の準備ってなんだよ、なんて聞き返していたかもしれない。
しかし今は、椎名の気持ちに賛成だ。たぶん、俺自身のほうこそ心の準備が必要なのだ。
「変なこと聞いて悪かった。早く昼食にしよう」
「はい!」
元気に返事した椎名を見て、自然と笑顔がこぼれる。
やっぱり椎名はこうじゃないとな。そんな、他愛も、とりとめもないようなことを考える。
「あれ、先輩? 結局手を繋ぐのは……」
「断る。家の中ならまだしも、外だと周りの目がある。そんなことで俺は死にたくない」
「へ? 死んじゃう?」
首をかしげる椎名。
彼女自身は自覚がないかもしれないが、そんなところを学校の奴に見られたらひとたまりもない。
俺が被害を被るだけならまだいいが、どうしても彼女のほうにも火種は行ってしまうだろう。
さすがにそれは避けたい、原因の半分は俺なのだから。
「いいから行くぞ。俺は腹が減った」
「ふふ、先輩ったら食いしん坊さんですね」
「椎名よりはマシだ」
「え~? 私そんなに食いしん坊ですか~?」
「あるものに対して物凄くな」
「?」
また首をかしげる椎名を笑って、歩きだす。
そのまま徒歩で町中に出ると、様々な店が視界に入ってくる。
椎名の家の周りを歩いたことはあまりなかったから知らなかったが、この辺りでは一番の商店街らしい。
うちの周りにはないような店がずらりと並び、聞いたことのない看板もたくさんあった。
「先輩は何か食べたいものとかありますか?」
「特には、だな。椎名の好きなもので大丈夫だ」
「ほんとですかっ? え~、どうしましょう~」
嬉しそうにそう答えた椎名は、足取り軽く歩きながら、商店街の看板に目移りをさせ始めた。
「私的にはパスタとかもいいですけど、先輩がいるんですしラーメンとかもいいですよね。あ、焼肉っていうのもありですね」
「昼から焼肉って、女子高生としてどうなんだよ」
「ありじゃないですか? 若いうちの食べれる時に食べておかないとですよ」
「普通に正論なのが、なんか癪に障るな」
「先輩ひどいですー。ほんとに焼肉行きますよ?」
「やめてくれ。椎名の好きなものとは言ったが、さすがにそれは午後の胃に響く」
「あー、それもそうですね。じゃあ、パスタですね!」
弾んだ声の椎名に付いていき、彼女の行きつけらしい店に入る。
落ち着いた雰囲気の店内は、女性客が少し多目で、そのなかにちらほらカップルがいるといった様子だった。
空いていた窓際のテーブルの二席に腰掛け、メニューを手に取る。
俺は、椎名に見えるようにテーブルの上にメニューを置いて、逆向きにメニューを覗く。
「結構メニュー多いんだな、ここ」
「………」
「椎名?」
「え? あ、ああ、そうですね。女の子の多い日はやっぱり大変ですね」
「聞いてねえよ」
「あはは、冗談ですよ。メニューのことですよね?」
「当たり前だろ。ったく、心臓に悪い冗談はやめてくれ」
「えへへ、ごめんなさいっ」
苦笑いを浮かべながら頭をかく椎名。
ため息をつきながら、あらためてメニューに目を下ろす。
食べたことがあるもの、少しは耳にしたことがあるものたちは半分くらいなもので、他は聞いたこともないメニューが並んでいた。
しばらく呪文のようなメニューを解読しようと心みるが、結局あきらめてカルボナーラを頼むことに。
彼女のほうは、好物らしい和風スパゲティを頼むらしい。
頑張って未知のパスタを解読しようとした時間を返してほしい。
注文を済ませてから、しばらく椎名と雑談していると、料理が運ばれてくるまではあっという間だった。
二人一緒に、いただきますと口にしてから、スプーンとフォークを手に持つ。
本格的なパスタなんて久しぶりで、少しフォークの扱いに戸惑いつつ食べ進める。
正直、味はすごく良かった。
これまで食べてきたのが親の家庭料理だけだったせいなのかは分からないが、パスタの見方が変わるくらいには美味しかった。
椎名も美味しそうに食べていて、俺の驚いたような顔を見ると、尚のこと幸せそうに笑った。
昼食を充分に満喫した後は、椎名と一緒に商店街を回った。
特にこれと言って見たいものや買いたいものがあったわけでもなかったし、実際に何も購入しなかった。
でも、椎名と一緒に目的もなくただぶらぶらと商店街を回るのは、思いの他楽しかった。
たまには、休憩がてらこんな日があってもいいかもしれない。
焼肉はもっぱら牛タンが好きです。おいしい。