63 その後
期末テストの結果発表の日、椎名に告白をしてからしばらく。
明確に彼女との関係性は恋人同士に変わったわけだが、日々の生活はそれほど変化しなかった。
学校が終われば一緒に彼女の部屋に向かい、一緒に勉強をしたりゲームをしたりテレビを見たり。
変わったことといえば、部屋以外での椎名の行動だろうか。
これまでも、公の場でくっついてくることはあったのだが、ある程度彼女も自重してくれていた。
まあ、どちらかというと俺が人の目を気にしていたことを彼女も分かってくれていたのだと思う。
しかし、晴れて恋人同士になり諸々の障壁がなくなると徐々にその自重は薄れていき、今では部屋にいるときと変わらないほどに外でのスキンシップが増加した。
胸を張って椎名が自分の恋人であると言えるようになった反面、彼女の行動に平然を保つのがどんどんと難しくなっていった。
「なあ、椎名。折り入って相談があるんだが」
「はい、なんでしょう♪」
ある日、椎名の家でまったりと過ごす中、俺はそう彼女に切り出した。
真剣な眼差しで語り掛ける俺とは対照的に、彼女は嬉しそうに俺の腕に抱き着きながら答える。
「まあ、その……なんだ。俺たちは付き合っている……と思うんだが」
「待ってください。なんでそこが曖昧なんですか、先輩」
「い、いや待て。俺と椎名は付き合っている。そうだとも、うん」
改めて言葉にすると気恥ずかしくなってしまい、表現が曖昧になってしまった。
すかさず椎名からツッコミが入るので急いで訂正しておくが、ジト目で見つめ続けられなんとも居心地が悪い。
「所詮私は、先輩にとってその程度の存在なんですね……」
「いや、だから違うって」
「きっと都合のいい女程度にしか思われてないんですね……」
「好きだぞ、椎名」
「ふん、そんな簡単には信じてあげませんから。……ぐへ」
「漏れてんぞ」
なんともちょろい自分の彼女にツッコミを入れてから、俺は再び佇まいを正す。
こんな風に椎名と過ごす時間は何よりも楽しいことだが、それ以外の時間のことはしっかりと話し合っておかないといけない。
「改めて相談……いや、お願いがあるんだ。椎名」
「はいっ。先輩のお願いであればなんでも叶えてあげますよ」
「そっ、そうか。な、なんでも……」
思わず邪な想像が頭の中に浮かびかけ、すぐのぶんぶんと頭を振って邪念を振り払う。
これまでは、生徒と家庭教師という一線があったため抑えていたが、それが変わった今のラインはまだ掴み切れていない。
俺一人が勝手に椎名を求めて、もし彼女を傷つけるようなことがあれば、おそらくその先俺は生きていけなくなる。
そのためにも、まずはここからスタートするべきだろう。
「よし。それなら、椎名。家以外でのスキンシップを少し控えてはくれないか」
「え、普通に嫌ですけど」
まるで、俺がおかしなことを言いだしたかのような表情で即刻拒否する椎名。
一体全体、なんでも叶えてくれるというのはなんなのだろうか。きょとんとした彼女と目を合わせたまま沈黙の時間が流れる。
「ちなみになんだが。椎名、なんでもって言ってたよな?」
「言ってないです」
「舐めんな」
平気な顔で堂々と嘘をつく椎名。俺が好きになったのは彼女は、小悪魔ながらも素直でかわいいやつだったはずなんだが。
「なんでも叶えてくれる。俺の記憶だと間違いなくそう言ってたんだが?」
「そもそも、なんでも叶えてくれるなんて、そんな都合のいいことあるわけないじゃないですか。ネコ型ロボットと勘違いでもしてるんですか?」
「舐めんな」
もともと、かなり都合のいい頭を持ち合わせているなとは思っていたが、これほどまでとは思わなかった。
「先輩は私とのスキンシップ、したくないんですか?」
「そりゃ恋人らしいことはしてみたいさ。でも、人の目があるところはさすがになんというか……」
「うふふ。そんなことで照れちゃうなんて、先輩はかわいいですね~」
「うるさい」
口に手をあてながら、にやにやと微笑む椎名。
実際恥ずかしさがないと言えば嘘になるので何も言い返せない。
「うぶな先輩をからかうのも楽しいですが、たしかに無理はしてほしくないですね」
「そ、そうか。それなら──」
「でもダメです。先輩の意思には関係なく、私といちゃいちゃしてもらいますから」
「おい」
俺が安堵しかけた途端、手のひらを返す椎名。
おかしい。なぜ一秒前と言っていることが違うんだ。
「言っておきますが、先輩といちゃつくのは先輩自身のためでもあるんですよ?」
「そこまで欲求不満じゃないぞ」
「そーゆー意味じゃないですぅ! 牽制ですよ、牽制!」
「牽制?」
「そーです! あえて人前でラブラブを見せつけることで、手出しをさせないようにするんです」
「はあ……」
自信満々に演説する椎名を見ながら、俺は覇気のない返事をする。
まあ、彼女が言わんとすること自体は理解できる。要は俺たちの関係を広く周知して、様々な面倒ごとを未然に防ごうという根端なのだろう。
そこまでは理解できたが、実際にその必要性が自分たちにあるとは思わなかった。
「心配しなくても、最近は男子からのアプローチもなくなってるんだろう?」
「先輩以外のモブになんてこれっぽっちも興味ありません」
「お、おう。ありがとな」
椎名から勝手にモブ認定されている男子たちに心の中で手を合わせておく。うちの生徒がすみません。
まあ、それは置いておくとしても、この通り彼女は他の男子とはめっきり距離を置いている。
今更俺との関係を見せびらかさなくても、特に心配は必要ないと思うのだが。
「ですが、先輩は一つ重要なことを見落としています」
「重要なこと?」
「そうです。先輩、こちらを向いてもらえますか?」
「? ああ」
椎名に言われるがまま彼女のほうへ顔を向けると、彼女はその正面に座り両手を掲げる。
そして、そのまま両手を添えるようにして俺の頬に触れてきた。
椎名の温かい手のひらに包まれて、至近距離で彼女と見つめあう。
彼女の真剣な眼差しを見て、思わず黙り込む。こんなにも真面目な顔の彼女は久しぶりに見た気がする。
何か俺から言葉を発することは無く、それを見た彼女は真剣な表情のままゆっくりと口角をあげていき……。
「ぐへへ、先輩の顔良すぎ……」
「おい」
真面目なことだと身構えてみればこれである。
俺が声を上げてもなお、だらしない顔で俺の顔を見続ける椎名。あの、よだれ垂れてます。
「まあでも、そういうことです」
「いや、どういうことだよ」
「いいですか? 先輩はかっこいいんです」
「そ、そりゃどうも」
「そして、それに自覚がないのも問題です。……まあ、そこが好きなんですけど」
「何が言いたい」
「異性からアプローチを受ける可能性があるのは、先輩も同じということです」
だらしない顔から一転、また真剣な表情に戻る椎名。
普段なら、そんな女子なんていないだろうと返すだろうが、彼女の眼差しを見ると軽口は出なかった。
俺が椎名のことを何よりも大切にしているように、彼女も同じ気持ちで俺のことを思ってくれている。
そう考えるのであれば、可能性が低いとはいえ彼女が心配になる気持ちも十分に理解できた。
「もちろん、先輩が浮気するような人だとは思っていません。でも、先輩は誰にだって優しいですし……時々心配になっちゃうんです」
誰にも渡したくない。そんな気持ちが、頬に触れている手から伝わってくるようだった。
その気持ちにこたえるように、俺も椎名の顔に片手を伸ばす。
同じように頬に触れると、彼女は少しだけくすぐったそうに身をよじった。
「椎名の気持ちは理解した。スキンシップも……まあ、なんだ。やりすぎない程度でな」
「えへへ……先輩、大好きですよ」
とろんとした瞳で愛を伝えてくれる椎名。あらためて、彼女が恋人であることの幸せを噛みしめる。
「先輩」
「なんだ?」
「キス、してもいいですか」
「もちろん。でも、まずはよだれを拭いてからな」
「ふぇっ!?」
こんなにも好きで愛しい存在が、こうして俺のそばにいてくれている。これ以上に幸せなことは他にないだろう。
そんなことを考えながら、俺は顔を真っ赤にした椎名に突き飛ばされるのだった。
大変お久しぶりです。風井明日香です。
いきなりの番外編の投稿でしたが、もちろん訳あっての更新となっております。
先だって、第01話のあとがきではご報告させていただいていましたが、改めてお知らせいたします。
この度、第10回ネット小説大賞「応援イラストプレゼント企画」に本作品が当選いたしました!
描いていただいたのはもちろん、小悪魔かわいい後輩「椎名梓」ちゃんです!
いやはや、すごいです。椎名ちゃんが実在しています。
かわいいです。とってもかわいいです。小悪魔かわいい、最高です。
企画の当選、そしてイラストの完成を祝して本話を書かせていただきました。イラストと合わせて、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
そして、なななんと……!
今回、イラスト・キャラデザを担当していただいたイラストレーターの茶々蔵様。
その茶々蔵様のpixivフォロワー2000人を記念したイラストにて、椎名梓ちゃんを新たに描き下ろしていただいております!!!
企画外にも関わらず、素晴らしすぎるかわいさの椎名ちゃんが描かれています!
イラストをクリックしたみてみんの説明欄、または下記評価欄にリンクを貼っておりますので、是非ご覧ください!!!
また、ネット小説大賞本選考の方では、一次二次を通過し最終選考まで残ることが出来ました!
結果として、残念ながら受賞とはなりませんでしたが、高校生の頃の純粋な創作への気持ちが評価され、イラスト企画にも当選し、素敵な出会いもありました。
すごく意義のある経験をさせていただきました。改めて、ありがとうございました!
現在連載中「蜜柑と炬燵、それと拾いネコ様」も随時更新中です。よければ、お暇な時間に。
それでは、また。