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62 パッキーの日


 世の中には○○の日といった特別な扱いをされている日が、数多く存在する。

 有名なものだけを選べばその数は限られるが、調べようによっては365日すべてに誰かが意味を持たせた記念日があってもおかしくは無い。


 その中でよく知られている一つにパッキーの日と呼ばれる日がある。

 パッキーとは、棒状のチョコレートのお菓子。

 深い意味までは調べたことがないが、一般的な解釈だと数字の羅列がパッキーが並んでいる様子に見えるということだと考えられる。


 前提として、このような○○の日というものが言い出したのが誰がとは関係なく、企業が宣伝のために言い出したなんてのは、よく聞く話だ。

 俺としては、当人たちが楽しめるのであれば、たまには策略に流されてみるのもアリだとは思っている。



「先輩。今日何の日か知ってますか?」



 ある日のおやつ時。いつものように後輩である椎名の家で勉強を見てやっていると、突然そんなことを聞かれた。

 ついこの前も同じようなことを聞かれたような気がするが、前回と同じく今日が何の日かはリサーチ済みだ。

 まあ、万人が知っている有名なものであることは明白だが……。


「まあ、答えてやってもいいが、片手にパッキー持ちながら聞くことじゃないよな。それ」

「あ、バレました?」


 片手に特徴的な赤い箱を持った彼女は、にひひと楽しそうに笑う。

 そう、今日は11月11日、パッキーの日。そんな、少しだけ特別な日だ。

 というか、なんなら帰り道に珍しくコンビニに寄る彼女に付き添った時、隠す気もなく目の前で購入していた。


「知っているなら話は早いですよね。それではさっそく」

「パッキーゲームなら却下な」


 勢い良く立ち上がろうとした椎名がガクッと膝から崩れ落ちる。関節痛だろうか、心配だ。


「一年に一回しかないこのチャンスを、先輩は見逃すんですか!」

「何のチャンスだ何の。普通に食べろ。食べ物で遊ぶな」

「うぅ、普通に正論なのがムカつく……」


 俺がそう咎めると、その言葉でいきなり不機嫌になり椎名は口をつぐむ。


「な、なんだよ」

「先輩にとって私は、その程度の存在だったんですね」

「いや、そんなことは言ってないだろ」

「前は特別で大切な存在って言ってくれたのに、あれは嘘だったんですね。幻滅です」


 ふんっとそっぽを向いてしまう椎名。

 たしかに、そんなことを少し前に椎名に伝えた。

 そして、それを引き合いに出されると、俺も少し弱いかもしれない。

 椎名は、家庭教師としての俺の大切な生徒兼後輩だ。そして、今では恋人同士。

 言葉のあやとはいえ、少し気遣いがなかったかもしれない。


「悪かった、ちょっとそっけなかった。あの時言ったことは嘘じゃない。信じてくれ」

「ふーん、そうですか。それならそれ相応の誠意と態度で示してください」

「……具体的には?」

「分からないですか? こういうことです」


 そう言った椎名は、おもむろにパッキーを口にくわえる。

 そして、目を瞑ってこちらに突き出してくる。


「お、おい。それはズルいだろ」

「できないんれふか? やっはりあれは嘘なんれふね……」

「あーぁ、もう。分かった、やればいいんだろやればっ。少しだけだからな」

「はい♪」


 パッキーをくわえたまま、嬉しそうに笑う椎名。

 俺は一つ大きく深呼吸をしてから、ゆっくりと顔を近づける。

 椎名の顔が、目前に迫る。綺麗な眉毛とふっくらとした唇に意識が奪われる。

 その邪心をぶんぶんと断ち切り、思い切ってパッキーをくわえる。


「っ……」


 その瞬間、ぴくっと少しだけ椎名が反応する。味は全く分からなかった。

 俺がそれに気を取られている間に椎名の方から一口二口とパッキーの端が無くなっていく。

 真っ白な頭になりながらも俺も一口進み、それに答えるように椎名も一口。


 椎名の顔が近づく度に、俺の頭は思考が回らなくなる。

 ついには視界からパッキーが見えなくなり、鼻先が触れるような距離。

 思わず目を閉じる。呼吸は止まっていたかもしれない。


「「………」」


 お互いの口が止まる。おそらく片方があと一口進めば、もうパッキーはなくなってしまう。

 限界状態の俺に残された感覚は唇の微かな振動だけ。

 一瞬パッキーの振動が大きくなり、何度も感じた椎名の顔が近づいてくる感覚。


 そして、俺の唇に伝わってきた感触は──



「パキッ」



 そんな、間抜けな効果音だった。

 反射的に目を開く。ぼやつく視界に写ってきたのは、先の折れたパッキーをくわえ、顔を真っ赤にした椎名の姿だった。


「き、今日はこのくらいで許してあげますっ」


 先に折れたのは椎名の心だったらしい。

 いつもはこれでもかと言うくらい押しが強いのに、肝心なところで恥ずかしさが勝ってしまうのも、椎名のかわいいところだ。

 正直俺は、たまにはこういうシチュエーションで、あわよくば彼女と……くらいまでは期待していたのだが、俺の恋人は悪い言い方をすればヘタレなのかもしれない。


「あ、ということは俺の勝ちというわけか」

「ひ、引き分けですから! 中断しただけですからっ」

「それなら今すぐに再開したいんだが」

「うぅ……」


 珍しく俺から椎名に詰め寄ると、彼女は何も言い返せなくなってしまう。

 向こうから振ってきた勝負は、俺の勝ち。これほどまでに気持ちいいものとは思わなかった。


「よし、それじゃ椎名には罰ゲームとして課題追加だな」

「横暴ー! 鬼教師ー!」

「はっはっは。なんとでも言え、なんとでも」

「鬼畜、変態、キス魔ー!」

「待って?」


 椎名が好き放題言い始めたのでさすがに止めるが、久しぶりに彼女に勝ったのだ。

 たまにはこんな気持ちに浸るのも悪くない。


 なんやかんやと文句を言いながら、増量した課題を終わらせた椎名を褒めてやり、それとなく機嫌を直しておく。

 すっかり窓の外は真っ暗になっており、そろそろ家に帰らなければ、奏に心配をかけてしまう。


「それじゃ、また明日な」

「はい。また明日です、先輩」


 玄関で彼女に見送られながら、俺は扉を開き…………少しだけ考えてそのまま扉を閉めた。


「忘れ物ですか?」

「まあ……そんなところ」


 不思議そうな顔をする椎名のほうへ振り返り、彼女のすぐ正面に立つ。

 玄関の段差でいつもより目線の高さが近くなったその顔に自分の顔を近づけ、そして、そのまま彼女の唇を奪った。


「んっ……!?」


 椎名はひどく驚いた様子で体を硬直させるが、しばらくすると身を任せてくれる。

 一度息をするために唇を離すが、目の前の彼女がとろんとした瞳をするため、俺は再び唇を重ねる。


 この幸せな時間をずっと続けばいいとは願うものの、これ以上は俺も色々と我慢が出来なくなりそうなので、ゆっくりと顔を離す。


「その、なんだ。パッキーゲームじゃなくても、こうしてキスくらい出来るだろ」

「そ、それはそうですけど……」

「いや、正直あそこまでして俺が我慢できなかっただけだ。ごめんな」

「いえ、私もその……したかったですから」


 付き合い始めてこれだけ時間が経っても、いまだにこういった雰囲気になるのは、まだ二人とも下手なままだ。

 その後は、恥ずかしさのあまりすぐに帰宅して、家の布団の中で自分の行動を思い出しただひたすらに羞恥心に苛まれるのだった。



Twitterに投稿した物の加筆修正版です。いつものごとく内容が遅刻しております……。

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