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59 テスト


 その日はいやにぱっちりと目が覚めた。スマホの画面の数字は、6時ちょうどになっていた。

 目覚ましよりも早い起床だったが、なんとなく二度寝する気にもなれず、ベッドからおりて朝の支度を終わらせる。

 カレンダーの今日の日付には赤ペンで〇が付けられており、その下には大きく「テスト」と書いてある。


 そう、ちょうど今日からテスト、一学期期末考査が始まる。今日と明日、そして明後日と三日間にわたりテストを行う。

 元々、テストが近づいてくると人並みにはソワソワしてしまうのだが、今回は特別心が落ち着かない。


 その理由は言わずもがな、椎名との約束のことだ。


 彼女の目標は今回のテストにおける総合得点での学年一位。言葉にすれば一言だが、もちろん簡単なことではない。

 特別偏差値が高い学校ではないが、中の上から上の下と言えるくらいには真面目な生徒が多く通っている学校だ。

 その中で頂点を取るとなれば、当然それ相応の時間と労力をかけなければその目標には届かない。


 それを目指す椎名は、達成したら自分の気持ちを伝えると約束した。

 俺への、そして彼女自身のけじめとしてその目標をかかげた。


 俺に出来ること──いや、やらなければいけないことは、いつも通り彼女の勉強を見てやること。

 俺のための目標に対して、俺が手を貸してしまうというのも変な話だ。しかし、彼女が勉強という面で努力するのであれば、家庭教師の立場としてそれを支える義務がある。


 その義務を全うして二週間ほど、色々とありつつも最善は尽くしてきた。

 あとは本番の椎名の頑張り次第。それと多少の運だけ。


 俺が一人でソワソワしていても仕方ないのだが、こればかりは気にしてしまう。

 登校するまでにざわつく心をしずめてから、俺は玄関の扉を開けた。



 そんなに慌てていたわけでもないのだが、いつもより早く学校に到着する。生徒の数もまばらで、スムーズに玄関まで入ることが出来た。

 そのまま教室へ向かおうとすると、廊下の先に見慣れた背中を発見した。


「おはよう、椎名」

「あ、おはようございます先輩。今日は早いんですね?」

「まあな。どうだ、調子は」

「はい。おかげさまで、体調も勉強もばっちりです」


 いつもの、可愛くて眩しい笑顔ではにかむ椎名に、ほっと安心する。

 「ならよかった」と彼女の頭をぽんぽんと叩いてやると、少し照れつつも「えへへ」と笑顔を返してくれる。


「では、私はこっちなので」

「ああ。本番は何も出来ないが、応援はしてる。頑張れよ」

「その言葉だけで充分です。ありがとうございます♪」


 あざとくウインクを決めて、椎名は階段を登っていった。

 それを見送って、俺も教室へ向かう。朝のHRまでの時間で俺も最後の確認をする。

 情けないことに、頭には椎名の顔がチラついて集中出来ないが、彼女に伝えていないだけで、俺にも目標がある。


 自信を持って椎名の先輩でいられるよう、家庭教師でいられるよう。彼女の隣に居られるように。

 俺はもう一度気合いを入れ直して、再びノートに向き合った。



 テスト三日間の時間は、本当にあっという間に流れていった。

 期間中も、テスト前と変わらずに放課後は椎名の家で勉強をおこなった。


 テスト期間はいつもより帰宅時間が早いので、効率的に時間が使え、より濃い内容の対策ができた。

 放課後に会う椎名の顔もやりきったといった印象を受けた。彼女なりに全力を出し切ることが出来たのだろう。



 テスト最終日。もう明日からは通常授業に戻るが、俺はいつも通り椎名の家にいた。


「あらためて、テストお疲れ様」

「先輩もお疲れ様です」


 二人でそう交わしあってから、俺はいつものように彼女の頭を撫でて頑張った彼女を労う。

 決して、俺がただ彼女の頭を撫でたい訳では無い。

 たしかに髪はさらさらだし撫でられて少し恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうに頬を緩める彼女は息がつまるほど可愛いが、決してそんな不埒な理由ではない。


 いつもはされるがままの椎名だが、今日は少し様子が違った。

 俺に撫でられることを拒むことはなかったが、あらぬことか彼女も俺の頭に手を伸ばしてきた。


「お礼はまた今度、いくらでもするつもりです。だから、今日は先輩も褒めてあげます」


 少し背伸びしながら、俺の髪を揺らす彼女。


「よしよし、頑張ったね~」


 遠慮なく撫でてくる椎名に、思った以上に困惑してしまう。

 もちろん、嫌な気分になることはないのだが、照れくささや恥ずかしさが溢れてきて、椎名の顔が見れなくなる。


「ふふ、なんでこっち見てくれないんですか?」

「……椎名の顔を見たくないから」

「普通に悪口! もう、正直に照れくさいって言ってくれればいいのにっ」

「言えるか、バカ」

「これで、少しは私の気持ちが分かってくれましたか?」

「……軽々しく撫でて悪かったよ」

「謝れてえらいですね~」


 まるで、小さな子供をあやすような態度をとってくる椎名。恥ずかしさも相まって何も言い返せず口を噤む。

 それからしばらくの間、好き勝手に髪をいじられた後、満足した椎名はごろんとソファに倒れ込む。


「どうだ。自信の程は」

「どうなんでしょう……。私としてはやりきったつもりですけど」

「順位に関しては、他の人の問題があるからな」


 単純に百点満点を目指す、なんて目標であれば個人の努力次第ではそれはどうとでもなることだ。

 しかし、順位を目標にする、それよか学年一位を目指すとなればただ高得点を狙えばいい訳では無い。

 もちろん、出来ることはそれしかないのだが、要は他の人の点数がどうなるのか、という運要素が大きく絡んでくるということだ。


「まあ、椎名がやりきったと感じているなら後はなるようになるさ」

「……はい」


 少しだけ間を置いて彼女は返事をする。その目は開かれ天井に向けられていたが、自分の心を見つめているようにも見えた。

 俺はソファからこぼれ落ちていた彼女の左手をそっと握る。


「大丈夫だ、椎名」

「えっ……?」

「もちろん、目標の結果が出ることは信じてる。だが、もし思ったように行かなかったとしても、俺はここにいる」

「先輩……」

「どこにも行きやしない。だから、そんな顔をするな」


 もう片方の手で彼女の手を包み込んで、そう語りかける。

 一旦逸らしていた視線を彼女の顔に戻すと、優しく嬉しそうに笑う椎名がそこにはいた。




 テストが終わってから一週間、続々とテストが返却されていった。

 先にすべてのテストが返却された後に、各個人に総合結果の通知表が配られる、というのがこの学校の方式だ。


 もちろん、一日ですべてのテストが返される訳ではなく、数日に分けて返される。

 一昨日、昨日と返されて、おそらく椎名の学年も今日ですべてのテストが返ってくる予定だろう。


 ちなみに、一昨日と昨日に返ってきたテストの結果はかなり良かった。

 どの教科も確実に前回よりも点数は上がっており、満点を取っている教科もあった。


 ここまで来てしまえば、おそらく今日返ってくる分のテストも悪い結果ではないことは確実だろう。

 あとはその結果が、他の人の点数と比べてどうなるか、というだけ。



 六限目が終わり、自分の総合評価の紙を確認して、俺はすぐに教室を出た。

 廊下を進み彼女の待つ生徒玄関につく。しかし、彼女はそこに居なかった。


 いつもは誰よりも早くここで俺を出待ちしているのだが、今日に限って彼女はそこにいなかった。

 何か用事があって遅れているかもしれない。もしかしたら、今日は日直だっただろうか。


 腕時計を一瞥しつつ、俺は自分が歩いてきた廊下を見る。

 テストの終わった開放感で浮かれた生徒が、学年関係なく歩いてくる。


 俺一人だけがその流れに乗ることなく、玄関に立っていた。

 時間が経ち、廊下を歩いてくる生徒の数がまばらになってもなお、彼女は現れなかった。

 スマホの通知を確認しても連絡はない。少しだけ──いや、かなり胸が騒がしくなった。


「あ、あの……」


 もう一度だけ腕時計を確認した時、急に見知らぬ二人の女子生徒から声をかけられた。リボンの色は一年生だった。


「村上先輩……ですよね?」

「あ、ああ。俺に何か用事か?」

「いえ、その……実は……」


 その女子生徒は二人で顔を見合わせて、おずおずと話す。

 あまり頭の中で考えたくなかった、その未来が少しだけ頭をよぎってしまった。


「椎名ちゃんが、一人で教室に……」


 そこまで、聞いたところで俺の体を動き出していた。

 去り際に、二人の女子生徒にお礼だけは伝えて、俺は廊下を走る。

 階段を駆け上がり、彼女のいる教室を目指す。


 一年生の階には、すでにほとんど残っている生徒は居らず、いやに静かだった。

 階段を上り疲労した足を休めるように廊下を歩く。もしかしたら、なるべく大きな音を立てないようにしていただけなのかもしれない。


 彼女のいる教室に向かう途中、校庭からの放課後の喧騒に紛れて耳に入ってくる音があった。

 聞き覚えのある、それでいて聞いたことのない、たしかな彼女の声だった。



 教室の扉を開ける。

 茜色の夕日が照らす教室の真ん中。



 そこには、一人頬を濡らして泣く彼女の姿があった。


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