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42 友達


 俺には三つ下、中学生の妹がいる。

 彼女の名前は村上奏。その名前に恥じない、可愛くてできた妹だ。


 親バカならぬ兄バカなのかもしれないが、奏はとても賢い自慢の妹だと思っている。

 成績優秀、母さん仕込みで家事もそつなくこなす、まさに妹の理想像と言っても過言ではない。


 そんな奏の唯一の弱点は他人とのコミュニケーション。彼女はいわゆる人見知りなのだ。


 昔からずっと、奏は大人しすぎるくらいの子供だった。

 これに関しては、しっかりと村上家の血が流れているのだなと感じる。

 親の幼少期までは知らないが、少なくとも俺は、奏と同じく小さい頃は大人しい性格だった。


 だから、奏に対して無理に友達を作らせようとすることはしなかった。

 あまり無理強いして良い方向に進むものとも限らない。

 ゆっくりと見守っていれば、いずれ彼女にも胸を張って友人と言える、そんな存在が出来るだろう。俺でいう、紗月のような。


 そう考えて見守りつづけて、気づけば奏は中学二年生。

 その間の彼女といえば、他人と関わろうとするどころか、俺にどんどん甘えるようになっていった。


 普通妹なんてものは、大きくなればなるほど思春期に入っていき、兄に対してのあたりが強くなるものだと聞く。しかし、奏の場合は完全に逆であった。

 歳を重ねれば重ねるほど奏は甘えん坊になっていき、その速度は留まるところを知らない。


「兄さん、抱っこしてください」


 俺が夕食後にソファでテレビを見ているだけでこの通りである。

 ソファに座る俺の膝の上にまたがって、上目遣いで両手を伸ばしてくるものだから、結局俺はそれを受け入れてしまう。


「ふふ~ん♪」


 そのまま俺の背中に腕を回して、俺の胸に顔をうずめる奏。

 これでも足りないとばかりに、ぐりぐりと額を押し付けて体を揺らす奏。


 俺が「はいはい」と言いながら、ギュッと奏を抱きしめて、そのキューティクルばっちりのサラサラヘアーを優しく撫でてやれば、満足そうに頬を緩ませる。

 妹とはいえ、見た目だけ見れば俺と同じ血とは思えない美少女だ。もちろんこれは兄バカではない。


 奏は隠し事もせず、何から何まで俺に話してくる。時々それで困惑してしまうこともあるのだが、安心できるというメリットもある。

 というのも、いくら無口で人見知りと言っても、これだけ可愛いのだ。中学校で異性から告白されることも、何度かあったらしい。


 妹が告白される話を聞くのはなんだか複雑な気持ちだが、結局どれも丁重にお断りしたそう。

 理由は、なんとなく察しがつくが「兄さんさえいれば何もいらない」とのこと。

 当然嬉しくもあるが、告白した中学校の男子には申し訳ない気持ちでいっぱいである。



 そんな奏が、ある日家に帰ってくると、そわそわして落ち着かない様子で、俺に近寄ってきた。

 いつもと違う奏に俺が事情を聞いてみると、その口から返ってきた答えは驚きの報告だった。


「に、兄さん。奏、学校で友達が出来ました」

「……はい?」


 しっかり聞き取ったはずの奏の言葉はうまく脳内で処理されず、思わず聞き返してしまう。


「同じクラスの桃花(ももか)さんと言うのですが、同じ図書委員の人で話しかけてくれたんです」

「そ、そうか……!」


 今日の学校の出来事に思いをはせているのか、えへへと頬を緩ませてそう話してくれる奏に、俺はなんとも言えない胸の高鳴りを感じた。

 あの人見知りの奏にもようやく、彼女自身から友達と自信を持って言える存在が出来たのだ。

 こんなにも嬉しいことはなかなかない。今日のご飯は豪華にしてもらうように母さんにお願いしておこう。


「おめでとう、奏。その桃花ちゃんのこと、大切にするんだぞ」

「はいっ。兄さんの次に大切な人にします」

「お、おう……」


 満面の笑みでそんなことを言うものだから、俺は笑顔を引きつらせて返事する。

 これを機に、人見知りは少し良くなってくれるかもしれないが、甘えん坊なところは一向に治らなさそうだ。



 それから毎日、家で奏が俺に甘えてくる時には必ずその友達、桃花ちゃんの話をしてくるようになった。

 今日はこんな話をした、こんなことをしたのだと楽しそうに話す奏。そんな奏の話を聞くのは、毎日の俺の楽しみにもなっていた。


 そんな日々が続いて、しばらく経ったのちのとある日曜日。

 俺が家庭教師のために椎名の家へ行く準備をしていると、オシャレをした服装の奏がリビングに下りてきた。


「めずらしいな、奏。今日は出かけるのか」

「はい。桃花さんと遊ぶ約束をしているんです」

「おぉ……!」


 妹が休日に友達と遊びに行く。なんて心が温まる響きなんだろうか。思わず、感動で声を漏らしてしまう。

 決してオーバーリアクションではない。妹の成長を見て喜ばない兄など、そんなものは兄とは呼べない。


「どこに遊びに行くんだ?」

「えっとですね。お昼までは図書館でお勉強をして、ご飯を食べたあとは一緒にお買い物をするんですっ」


 心なしか、いつもより弾んだ声で今日の予定を教えてくれる奏。

 彼女が言う図書館というのは、少し前に椎名と行ったところとは別の、近所にある少し小さめの図書館だ。

 小さめとは言っても、本の量も勉強スペースも充分にあるので、休日は意外と人も集まるスポットだ。


「ということは、図書館で待ち合わせなのか?」

「いえ、実は桃花さんが家まで迎えに来てくれるんです」

「そうか、なら安心だな。車には気をつけるんだぞ」

「はいっ」


 奏からそういう予定を聞けることにも嬉しさを感じていると、不意に玄関のチャイムがなる。


 その瞬間奏がぴくんと反応して玄関に走っていった。

 その一連の動きが、音に耳を立ててしっぽを振りながら走っていく犬のように見えて、一人で和む。


 リビングの扉からチラッと顔だけを出して玄関を見守っていると、しっぽを振る奏の背中の向こうに桃花ちゃんと思われる女の子がいた。

 奏と同じくらいの背丈で、服装や話し方から真面目そうな印象をうけた。


 奏が、桃花ちゃんに「少し待っててください」と声をかけ、こちらのリビングに戻ってくる。

 しかし、中に入ることはなくリビングの扉に立っていた俺の腕を掴み、俺は玄関のほうへ引っ張られていく。


「その人は……奏ちゃんのお兄さん?」


 当然、桃花ちゃんは困惑した様子で俺のことを見てきたあと、おずおずと質問してくる。

 奏は、自慢げにその成長中の胸をはり、堂々と告げる。


「はい、奏の大好きな兄さんです」

「ごほっごほっ」


 まさか、こんなにいきなり、そして大好きな兄さんなどと紹介されるとは思わず、咳き込んでしまう。

 桃花ちゃんも引きつった笑顔を浮かべているので、気を取り直して挨拶する。


「あらためて、はじめまして。えっと、桃花ちゃんでいいかな?」

「は、はい。はじめまして。お兄さん」

「奏と仲良くしてくれて、ありがとうな。良ければこれからも仲良くしてやってくれ」

「もちろんです!」


 行儀よくぺこりとお辞儀をして挨拶をしてくれた桃花ちゃんは、自信を持った声でそう言ってくれた。

 日頃から奏と仲良くしてくれている彼女がどんなタイプの子なんだろうかと気になっていたが、しっかりした育ちの良い子のようだ。


 俺が安心して胸を撫で下ろしていると、奏は靴を履いて準備ができた様子。

 俺は、いつもとは違うセットをした髪を崩さないように、やさしく頭を撫でる。


「楽しんでくるんだぞ、奏」

「えへへ。はいっ♪」


 いつもより大きくはにかんでそわそわしているのを見て、早く出かけたいのだなと思い手を離す。

 しかし、当の本人のほうはなんだか不満そうな顔に変わってしまう。


「兄さん。いつもの、してくれないんですか……?」

「いつもの?」

「行ってきますの、ぎゅー……」

「あ、あー……」


 まるで新婚夫婦の間で出てきそうな単語が、恐る恐ると甘える声で奏の口から出てくる。

 行ってきますのぎゅーは、村上家では普通に飛び交う身近な単語である。


 元々のこの儀式は、両親二人が日常的に行っている行為だ。

 その歳になってと思うこともあるのだが、母さんは毎朝必ず父さんにこれをしてから仕事に送り出している。


 もちろん俺や奏もその対象で、毎日母さんは家族みんなとの行ってきますのぎゅーを欠かさない。

 しかし、母さんのぎゅーだけでは満足してくれないのは、さすが甘えん坊な奏と言ったところかもしれない。

 母さんとはもちろん、毎朝学校に行く時には、奏とも行ってきますのぎゅーを忘れずにする。


 もちろん、奏の中で今日のおでかけは例外ではなく、行ってきますのぎゅーを要求してきたのだ。

 すぐ近くで桃花ちゃんが見ているのでちょっと恥ずかしいのだが、こう上目遣いでお願いされては断れないのが兄のさがというもの。


「仕方ないな、ほら」

「はいっ♪」


 玄関で靴を履いて少し視線が低い奏のために、姿勢を低くして両手を広げる。

 奏は、俺にだけ見せてくれるいつもの満面の笑みで抱きついて、ぎゅっとしてくる。

 その間桃花ちゃんは、目をぱちぱちして俺らの様子を見ていて、俺は苦笑いを返すしかなかった。


「じゃあ兄さん、行ってきます」

「ああ、気をつけてな」


 そうして、二人は仲良く手を繋いで休日の町へと出かけていった。


もうロリコンでいいや。

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[一言] もうなんか特殊なフェロモンでも出してるんじゃないかと 年下専用のw
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