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38 遭遇


 とある日の帰り道。

 学校から椎名と一緒に並んで歩き、いつものように小悪魔な彼女にからかわれながら彼女の家へ向かう。

 これから、いつも通りに彼女の家で家庭教師の仕事が始まるだろう。


 そう思っていた矢先、急に椎名が先に走っていってしまう。今回は何を企んでるだ、なんて考えながらそのまま歩きながら見ていると、急に辺りが暗くなった気がした。

 しかし、先に行ってしまった椎名がいる場所だけが白く光っているような感覚がした。


 困惑してその場で固まってしまっていると、椎名のそばに誰かが寄ってきた。

 そいつは、俺と同じくらいの歳の見慣れない男だった。

 不思議に思いその様子を見ていると、椎名のほうからその男に話しかけた。


 気さくな様子で、その男を下の名前で呼び、それに答えるように相手も話す。

 あの男が椎名にとって、ただの知り合いでないことは一目瞭然だった。


 そして、椎名はあろうことか、置いていった俺に見向きもせずにその男と一緒にさらに先へと歩いていってしまう。

  俺は思わず手を伸ばし「待ってくれ」そう言おうとして、なぜか声が出なかった。


 ショックゆえなのか、そもそも何に対してそんなにショックを受けたのか。

 どれだけ手を伸ばしても、声すらも彼女の元へとは届かない。

 暗闇の中に一人俺だけが取り残され、やがて椎名のまわりに輝いていた光さえも遠くへ消えてしまいそうになり。

 

 俺は、痛いほどにもう一度だけ手を伸ばし、声にならない言葉を叫んだ。


「椎名ぁっ!」


 その声が響き渡り、自分の耳へと帰ってくる。そのすぐ後にピピピと聞き覚えのある電子音が鳴り響いていることにも気づく。

 暗かったはずの俺の周りは明るみを帯びており、俺が手を伸ばした先に椎名とあの男の姿はなく、タンスの扉にかけられた特に予定が書いてある訳でもない寂しいカレンダーだけがそこにあった。


 立っていたはずの足は伸ばした手のすぐ真下にあり、その足で座っていた場所は寝心地のよい低反発仕様のベッドだった。

 健気に電子音を発してなり続けるその筐体を手に取り、鳴り響くそれを止める。


 体は少し気だるく、服と息がかなり乱れていた。

 しばらく体を動かさず呼吸が整うのを待ち、一つ深呼吸をする。

 そして、改めて周りを見て、次はため息をこぼす。


「夢、か」


 覚醒しきった頭はいつも以上に冷静になっていて、さきほどまでの情景も鮮明に思い出し、脳内で再生することが出来た。

 夏本番というわけでもないのに、パジャマの中にだいぶ汗をかいてしまっていたらしい。少し気持ち悪い。


 肌にひっついて気持ち悪いそれを脱ぎながら、ベッドから降りる。

 いつも通り、先に着替えを済ませるべくロッカーから制服やインナーを取り出し、順番に着ていく。


 最後の仕上げにネクタイを手に持ち、鏡の前に立つ。

 そして、自然と視界に入る自分の顔。いつもは寝起きの冴えない男子高校生が写っているのだが、今日は違った。


「ひどい顔だな」


 基本はいつもと変わらないのだが、目のハイライトは薄く、やつれてしまっているような、見にくい顔をしていた。

 部屋を出て洗面所で顔でも洗えば多少は良くなるかと思ったのだが、結果としてはほぼ何も変わらなかった。

 眠そうにしていた瞼が心無しか開いた程度。いつもの冴えない顔は、まだやつれた状態のままだった。


 少しだけ表情を変えてみたりしてもこれといった効果はなく、なるべく自分の顔を見ないようにしながら寝癖を溶かし、洗面所を出る。

 食卓につき、いつも通りの軽めの朝食を取りながら、夢のことについて思い出す。


「なんだったんだ、あの夢は」


 夢というのは、寝る直前やその日に記憶に残ったことに関して見ると、どこかで聞いた覚えがある。

 一昨日は紗月の家にお邪魔したりなんてことをしていたが、昨日はいつも通り椎名の家での家庭教師だった。


 それを踏まえれば椎名に関する夢を見る分には特に疑問に思う箇所もない。だが、問題はその内容だ。

 記憶に一切ない見知らぬ男が出てきて、そいつが椎名と仲良くしている。

 一体なんのつながりから、こんな夢を見るはめになってしまったのか。


 考えれば考えるほど分からなくなり、諦めて食パンをかじりココアと一緒に胃へと流し込む。


 というか、なんでただの夢一つにこんなにも動揺しているんだ、俺は。

 たかが、椎名のいる珍しい夢だったというだけなのに。


 あらためて考えると、自分が情けなく感じてすぐに思考を放棄した。

 そのあと、急ぎめに朝食を食べ、変なことに思考が向いてしまわないようにと、少し早めに家を出た。



 * * *



 その日の放課後。

 椎名と一緒に帰り道を歩き、スーパーの特売日の関係で道沿いのスーパーで買い物を済まして、再び歩き出す。

 特売日ということで、いつも以上に椎名の買い物袋はぱんぱんになっていた。

 ちなみに、その買い物袋はレジ袋ではなく、椎名のマイバッグだ。相変わらずの主婦力である。


 俺は特に何も口にせず、椎名の手に被さるようにその袋に手をかける。

 不思議に思いこちらを振り向く椎名に視線で訴えると、にこやかに「ありがとうございます」と袋を渡してくれた。


 あまりいつもと変わらないことではあるが、一応家で予習してきたことが実行できた。

 何かといえば、少し前に発見した少女向け雑誌である。


 それの見出しに出ていた『男の子からされてキュンときちゃう行動ベスト10!』のランキング。

 あれから、あの雑誌がゴミ出しで処分される前にこっそりと奪い、部屋に持ち帰って読んでいたのだ。

 なんというか、男子高校生としてなさけない感じがするような気もするが、これも必要なことだと自分に言い聞かせて読み続けた。


 何に対して必要なのかと言えば、椎名への反撃である。

 いつも小悪魔な彼女にからかわれてばかりでは、男と先輩としての名が廃るというもの。

 そこで、この雑誌の力を借りて、椎名を少しでも動揺させようと行動に出たわけである。


 ちなみに、今日家で予習してきたと言っていたのは、9位に載っていた『さり気なく荷物を持ってくれる♡』である。

 言ってしまえば、買い物の時に荷物を持ってあげるというのは、日常からやっていることなので新鮮味はあまりない。


 ということで、急遽ランキング8位を実行することに。

 その内容は『気さくな笑顔で頭をぽんぽんしてくれる♡』。いきなり難易度が上がっている気もするのだが、背に腹はかえられない。

 思い切って、わざと視線を合わせないようにしながら、彼女の頭に手を乗せる。


「ひゃっ。せ、先輩? き、急にどうしたんですか?」

「いや、なんだろうな。……その、椎名って頑張ってるよなと思ってな」

「そ、そうですか?」


 とっさにそんな言葉を返したが、それは他でもない本心だ。

 俺はそのまま頭ぽんぽんを実行したまま、言葉を続ける。


「ああ。俺なんかより何倍も頑張ってる。高校生で一人暮らしをして、勉強も毎日こうしてやってる。椎名は充分すぎるくらい頑張ってるよ」

「そ、そんなこと……」


 頭ぽんぽんの効果が出ているのかは定かではないが、 椎名は俯いてぼそぼそと謙遜する。

 このことに関してはもっと椎名は胸を張ってもいい。高校生で一人暮らしというだけでも、何か相当な覚悟でもない限り難しいだろう。


 そういえば、椎名が親元を離れて一人暮らししている理由を、まだ聞いたことがなかった。

 もちろん、家庭の事情である可能性もあるので、そうそう簡単に聞いていけないことというのは分かっている。


「そういう先輩は、少しだけ……元気がないように見えます」

「そ、そうか?」


 椎名のその言葉に、思わず彼女に頭に乗せた手が固まる。

 一日学校にいれば、多少誤魔化せる程度には顔色も直るかと思ったのだが、ダメだったようだ。

 口が滑っても今朝見た椎名の夢が原因だとは言えない。


「なんでもないさ。少し疲れてるかもとか、そのくらいだ」

「それでしたら、今日の家庭教師はなしでも……」

「大丈夫だ、椎名が心配することじゃない。ほら、行くぞ」


 心配性な椎名を促して、彼女の家へと足を進める。そんな俺たちの足を止める声が、背後からかかる。

 聞き覚えのないその声に、椎名と同時に振り返る。

 そこに立っていたのは、



「梓ちゃん、久しぶり」

「浩平くん!」



 爽やかな笑顔を浮かべる、どこかあの夢を思い出させる男の姿があった。


ここに来て、新キャラさん!

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