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31 中学生


 家庭教師、というものがある。


 家庭において勉強を教える私教師。

 詳しく説明すると長くなるので、それはまたの機会にするとして。


 そんな家庭教師を、俺はこの春から始めることになった。

 俺を雇ったのは、一つ年下の後輩の女の子。


「村上先輩、ここの問題なんですけど~」


 彼女の名前は椎名梓(しいなあずさ)。この春この高校に入学してきたばかりの一年生。

 小柄で、艷めく黒髪は肩ほどまでのミディアム。

 綺麗な肌と、大きな瞳。そして、お家スタイルのピンクの眼鏡。


「先輩? ちょっと、聞いてます?」


 いつも、何かとちょっかいをかけてくるし、たまに素直じゃない。

 でも、なんやかんやといいながら今まで家庭教師を続けてきたのは、そんな彼女が可愛かったからだろう。


「お~い、せんぱ~い? 私の魅力で気絶しちゃいました?」


 いつもはからかってくるのに攻められると意外と弱かったり、素直に甘えてくることもあったり。

 何かと世話のやける後輩だが、今では大切なかわいい生徒だ。


「もしかして、座ったまま寝てるんですか?」


 椎名と過ごす時間はすごく有意義だ。

 もちろん、何かと勉強が捗ることもそうだが、彼女との時間が楽しいのも事実。

 椎名が俺を家庭教師として必要とするように、俺もどこかで彼女を心の拠り所のようにしていたのかもしれない。


「やはり、シンデレラを目を覚ますにはお姫様のキスが必要ですよね……よし、仕方ないですね」

「仕方なくない。何する気だ」

「あ、シンデレラが起きました」

「それにお姫様のキスってなんだよ。有名な童話を勝手に百合にするな」

「女体化した先輩なら大歓迎ですよ♡」

「断固お断りだ」


 こんなバカなやりとりをしている彼女こそ、俺のたった一人の生徒だ。

 日々の勉強のおかげで、少なからず頭は良くなっているはずなのだが、このアホな発想が治ることはなさそうだ。


「そんな百合デレラはどうでもいいんですよ。この問題です、先輩」

「あのな……」

「ここです、ここ」

「ああ、この系統の問題はな……」


 そして、いつものゆるい授業が始まっていく。

 相変わらず椎名はくっついてきて、俺はそれを振りほどくことはせず家庭教師を続ける。


 なんやかんやで、この生活を初めてから二ヶ月ほど過ぎた。

 こう思い返すたびに時間の流れは早く感じるもの。本当にあっという間だった。


 充実していると時間を早く感じるし、特に何も考えずに過ごしても時間は早く進む。

 俺の場合、後者に当たるのが中学校の生活だった。


 特別な魅力なんて特にない、交友関係も普通な男子中学生。

 強いていえば、少しだけ勉強が出来たくらいなもの。それも中の上ほどな立ち位置だったが。


 部活はインドアらしくパソコン部なんてものに入っていて、いつもパソコンが置いてある教室の窓からテニスをする紗月を眺めていた。

 そんなマイナーな部活に入っていたことが原因か、後輩や先輩などとの付き合いも少なかった。


 部活がない日は図書室でのんびり本を読んだり、勉強したりしていた。

 高校に入ってからはあまり読書をしなくなってしまい図書室に行くこともなかったが、中学生の頃は図書室と仲の良い学生だった。


「先輩、今日はなんだか上の空じゃないですか?」

「ああ、悪い。少しだけ中学生の頃の思い出に浸ってた」

「ホントですか!?」


 いきなり身を乗り出して声を出す椎名。

 顔が近いです、椎名さん。


「え、いや。もちろん本当だが、どうした?」

「い、いえ……。その、中学生の先輩がちょっと気になると言いますか」

「期待してるとこ悪いが、特に目立つことも無い平凡な男子中学生だったぞ」

「そんなことないですよ!」


 またもや声を大にして、俺の言葉を遮る椎名。

 心なしか、いつもより真剣な眼差しをしている気がして思わず黙ってしまう。

 少ししてから、失言をしてしまったかのようにバツの悪い顔になる椎名。


「えっと、その。先輩は中学生の頃から素敵……なはずなので、あんまり自分を低く評価しないでください」

「あ、ああ。分かった、なんか悪かったな」

「いえ……私も少し取り乱しました」


 そして、なんとなく気まずい空気になってしまう。

 前から薄々と感じていたが、椎名は俺が自己評価を低く持つことがあまり好きでは無いようだ。


 たしかに、あまりネガティブすぎるのは良くないとは思う。

 温泉へ行った時に椎名から言ってもらった「尊敬してる」という言葉。

 少しは自分に自信を持って椎名に接したほうが良いのかもしれない。


「……先輩」


 椎名が、いつもよりも小さく、覇気のない声で俺を呼ぶ。


「どうした?」


 なるべくいつも通りを意識して言葉を返す。

 しかし、なかなか椎名から次の言葉が出ない。


 その代わりに、彼女の小さな手が俺の服の裾を遠慮がちに掴んだ。

 それだけで、不思議と彼女の望むことが分かった気がした。


 少しだけ躊躇する気持ちもあったが、思い切って彼女の肩へ腕を伸ばす。

 そして、華奢な椎名の体をやさしく抱き寄せる。


「せ、先輩?」


 俺の行動に、戸惑ったような声をこぼす椎名。

 そんな彼女にかける気のいい言葉なんて思いつかず、俺はただ彼女を抱き寄せる。


「……先輩、最近私の扱いに慣れてきてますよね」

「そんなことないだろ」

「嘘です。だって、こんなことされたら私……」

「……されたら、なんだよ」

「なんでもないですっ。ほんとに先輩はすけこましさんですね」

「あのなぁ……」


 椎名はそんなことを言いつつも、俺の肩に寄りかかり目を閉じている。

 彼女の扱いに慣れてきたのかは分からないが、少なくとも最初に比べれば彼女のことを多く理解したつもりだ。


 彼女が何を望んでいるのか、彼女がどうすれば喜んだり怒ったりするのか。

 まだ分からないことだらけだが、そんな椎名のことを見るのは退屈しない。


「ほら、休憩はこのくらいにして続きやるぞ」

「先輩が先にサボってたんじゃないですか」

「言い方に語弊がある。懐かしの記憶に浸ってたんだよ」

「それなら少しくらい……」


 そこまで言葉に出し、椎名はまた口を閉ざす。

 そして、甘える子供のように俺の腕を抱きしめてくる。


 やはり、今日の椎名は少しだけおかしい。何か思い詰めてるようで、心配になる。

 気を紛らわすため、そんな大それたことでもないが、椎名に知りたがっていた中学生の頃の話をする。


「中学生の頃の俺は、よく図書室に入り浸る生徒だったんだ。俺はパソコン部ってのに入ってたんだが、活動日は少なくて放課後は暇しててな」

「そ、そう……ですか。えと、図書室では読書してたんですか?」

「ああ。読書もそうだが、勉強することのほうが多かったかもな。恥ずかしながら、その頃からこれといった趣味がなかったんだ」

「そうだったんですね……」


 何か考えるように含みのある返事をする椎名。

 もしかしなくても、中学生の頃の俺を想像しているのだろうか……。少しだけ気恥ずかしい。


「そうそう。ほぼ毎日図書室に行くから、図書委員とかよく図書室に来る人とかも結構覚えちゃったりな」

「ほ、本当ですか?」

「それはもう常連だったからな。俺みたいに毎日のように来るやつは三人くらい覚えてるよ」

「どんな人だった、とか覚えてますか……?」

「さすがに、はっきりとは覚えてないが。図書室の隅で真面目そうに勉強する女子が一人、いつも小説棚にいる男子が一人、あとは俺と同じ机で読書する髪の長い女子が一人。これくらいだな」


 あらためて思い出すと、すごく懐かしく感じる。

 それ以外にも、ちらほらと人は来るのだが、常連と言えるのはあの三人くらいだった。


「特に髪の長い女子は記憶に残ってるな。いつも同じ席で文庫本を読んでて、ときどき小さく笑うところが印象的だった」

「せ、先輩、もしかしてストーカーさん……?」

「おい。なんだその目は」

「先輩は、その女子が気になってずっと見てたんですよね?」

「間違ってはないが、下心で見てた訳じゃない。顔も覚えてないしな」


 常連でよく顔を合わせてはいるのだが、しっかり記憶に残ってはいない。

 特にその同じ机の女子は、前髪が長く顔が分からなかった。

 覚えているのは、小柄で眼鏡をかけていて、ちらっと見える小さく笑う口元が可愛かったことくらいだ。


「なんだか、その女の子がうらやましいです。今の私ももっと見てほしいです………」

「何言ってるんだ、ほぼ毎日見てるだろ。最近じゃ母さんの顔より多く見てる気がするぞ」

「そうですけど……そうじゃないんです」


 俺は、寂しそうに言う椎名の頭をやさしく撫でる。


「椎名は、中学生の俺がそんなに気になるのか?」

「……はい」

「分かった。なら、会いに行くか」

「へっ?」

「中学生の俺を、見に行こう」


 俺はそう言って、椎名の手を引いて立ち上がった。

第二章、スタートです!

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