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30 結果


 露天風呂から上がったあと軽くのぼせかけた俺は、椎名にうちわで扇がれながら横になっていた。


「先輩、大丈夫ですか?」

「ああ……。なんか悪いな、椎名」

「い、いえ。私のせいもありますし……」


 ほんのり頬を染めながら視線を逸らす椎名。

 露天風呂でのテンションがおかしかったのは椎名も自覚したらしく、風呂から出たあとはどことなくよそよそしい。

 あのテンションのまま夜になっていたらと思うと、さすがに身の危険を感じる。


 そのまましばらく横になっていると、大浴場に行っていた紗月と奏が帰ってきた。


「ただいま~。ってあれ? 陸ったらどうしたの?」

「兄さん、大丈夫ですか?!」


 布団で横になる俺に、驚いた様子で駆け寄ってくる奏。

 紗月も、タオルで髪を拭きながら近づいてくる。


「どうしたのよ、陸。顔色悪いわよ?」

「ま、まあ。ちょっと風呂でな……」

「もしかして、お風呂でのぼせたの? もう、何やってるのよ。高校生にもなって」

「そ、そうだよな。はは……」


 大袈裟にため息をつきながらそう諭してくる紗月。

 何か言い返してやろうかと思ったのだが、椎名と入ったせいでのぼせたとは口が裂けても言えない。

 なんだか負けた気がするが、ここは普通に風呂でのぼせたことにしておこう。


「兄さん、体の具合はどうですか?」

「ああ、今はそれほど酷くはない。少し休めば大丈夫だ」

「そうですか、飲み物とか買ってきましょうか?」

「それなら問題ない。心配してくれてありがとな」

「いえ、妹として当然ですから」


 微かに震える腕でやさしい妹の頭を撫でてやる。

 楽しい旅行でみんなに心配をかけるのも申し訳ない。あと少し休んだら起きよう。

 そう考えながら、心配性の奏に手を握られたまま俺は、まどろみの中に落ちていった。



 * * *



 ふと、目が覚める。

 右手に温かい感触。そちらに視線を向けると、俺の手を握ったままの奏がいた。


「あ、陸起きたの?」


 頭の上から声が掛かる。視線を右手から戻すと、逆さ向きの幼馴染の顔が目の前にあった。


「何してるんだ、紗月」

「陸知らないの? 膝枕って言うのよ」

「そういうことじゃない。というか、今何時だ?」

「はい」


 紗月が自分の携帯を俺の目前に突き出す。表示された時間を見ると十一時。

 不覚にも、思ったより寝てしまっていたようだ。


「陸があまりにも起きなくて、かなちゃん寝ちゃったわよ」


 あらためて右手を握る奏を見ると、目を閉じて静かに眠っていた。

 ずっと俺の手を握っててくれたのか。

 嬉しい気持ちで心が温かくなるのを感じながら、もう一度頭を撫でてやる。


 俺はさっさと紗月の膝から起き上がり、横で眠ってしまった奏を起こさないようにそっと彼女の布団へ移動させる。


「ところで、椎名はどうした? 見当たらないが」

「椎名ちゃんなら、私との勝負に負けて今はお手洗いよ」

「勝負? 何の勝負だよ」

「じゃんけんよ」

「何を賭けて?」

「陸に膝枕する権利よ」

「………」


 本当にこの二人は、いつまで経っても懲りないな。

 俺の膝枕がなんだ。そんなものどっちでもいい。というか、むしろこっちから願い下げだ。

 ……まあ、悪くない感触ではあったが。


「あ、先輩。起きたんですね」


 少しして、勝負に負けたらしい椎名が部屋に戻ってくる。


「変なことされませんでした? 今井先輩から」

「まあ、膝枕以外は何も?」

「そうですか。それならよかったです」

「ちょっと。椎名ちゃんたら、私を疑ってたの?」

「当たり前です。今井先輩は油断出来ませんから」

「心外ね。私だって陸のこと心配してたんだから」


 再び言い争いを始める椎名と紗月。何故こんなにも血の気が多いんだか。

 すぐ横で奏も寝ているし、ここで二人に騒がれるのも困る。


「二人とも、とりあえず落ち着け。奏が起きるだろ」

「先輩は静かにしててください」

「そうよ、これは陸のせいでもあるんだから」

「理不尽だ……」


 邪魔するなと言わんばかりに俺をあしらい、またもや睨み合う二人。


「そもそも、陸に膝枕すべきなのは幼馴染であるだと思うの」

「私は前に先輩に膝枕してもらったので、そのお返しとしてやる権利があります」

「ふ、ふーん? でも、さっき陸は私の膝で気持ちよく寝てたわ。要は寝心地の良さじゃないのかしら?」

「今井先輩はテニス部で鍛えていますし、筋肉のせいで寝心地悪いんじゃないですか?」

「なっ。で、でもそっか~。椎名ちゃんは運動してなくて太ももぷよぷよだもんね~」


 そして始まる煽り合い。

 二人して「ムキムキ大根」やら「ぶよぶよ冬瓜」などと言葉を投げつける。

 正直もう関わりたくないのだが、案の定と言うべきか、こちらに飛び火してくる。


「陸はどうなのよ。私の膝枕、快適だったでしょ?」

「もちろん先輩は私の膝枕のほうが魅力的ですよね?」

「知らねえよ……」

「あ、そうよ! 陸に私たちの女子力採点をしてもらってたじゃない!」

「そうでした! 先輩、どうでしたか私たちの女子力は!」

「あー……」


 言えない。正直途中から適当になって、最近は存在すら忘れてた……なんて言えない。

 いや、うん。あったな、そんなの。悪いけど点数とか全く思い出せない。


 そもそも、一体女子力とは何なのだろうか。

 その人自身の女性的魅力……そんな曖昧なイメージしか持ち合わせていない。

 しかし、その見解だけでいくなら結論はもう決まっているようなものか。


「よし、じゃあ発表する。二人の女子力勝負の結果は……」


 椎名が静かに息を飲む。

 紗月がゆっくりと息を吐く。


「椎名が100点。そして紗月も100点だ」

「「……え?」」


 椎名と紗月は、はてな?と二人して首を傾げる。


「同点……引き分けってことですか?」

「ちょっと! 引き分けなんて、そんなの納得出来ないわよ!」

「待て、引き分けとは言ってない」

「違うんですか……?」


 再び首を傾げる二人。

 俺は「ああ」と一つ置いてから言葉を続ける。


「二人とも、点数は100点()()だ。これ以上はない。だから、結果は二人とも勝ち。まあ、ズルいのは承知の上だがな」

「二人とも勝ち……ですか」

「俺に女子力なんてのは分からない。だが、二人の魅力は誰よりも知ってる」


 いつも何かと構ってきて俺をからかってくる椎名。

 でも、勉強熱心で家庭的で、日常の中で楽しく笑う姿は何よりも可愛くて。


 会う度に誘惑したり下ネタを言ってくる紗月。

 でも、何事にも真剣で努力家で、気兼ねなく話せる関係は心の底から心地よくて。


 周りがなんと言ったとてしても、俺にとっては椎名と紗月は最高に魅力的でかわいい女の子だ。

 だからこそ、二人とも勝ちだ。甲乙を付けるなんてことは出来ない。

 妙にキザっぽくなってしまったことに少し恥ずかしくなりつつも、そのことを二人にも説明する。


「……ずるいですよ、先輩」

「そうよ。そんなこと言われたら何も言えないじゃない……」


 気恥ずかしそうに顔を背けながらも唇を尖らせる椎名と、頬を赤くしながら文句をたれる紗月。

 結局その後は、何か二人から言われることも無く、膝枕の柔らかさがどうのこうの言っていたよく分からない戦いも終戦した。


 いつまでも電気をつけた部屋の中で奏を寝かせる訳にはいかない。

 二人を説得し、布団に入り電気を消す。


 いまさらだが、年頃の男女が同じ部屋で寝るとはいかがなものか。

 椎名も紗月も特に何も言わなかったから忘れていたが、こんな状況で寝られるのだろうか……。


 俺はそんな不安と微かな動悸の中、目を閉じるのだった。



 * * *



「(ね、寝れない……)」


 ベッドに入ってから、一時間。

 今日一日、温泉街を回ったり露天風呂でのぼせかけたりと色々と振り回された。

 当然体も疲れていて眠気もあるというのに、何故か意識は覚醒したままだ。


 このままだと埒が明かないので、諦めて一度起きることに。

 露天風呂とは別にあるテラスへ出て、そこの椅子に腰掛ける。


 今日三度目となる山の景色。

 雲一つない空一面には星がきらめき、それに照らされたように木々が輝く。


 輝く木々たちを揺らす風は俺の頬をも撫で、心地のよい感覚が心を落ち着かせる。

 いっそのこと、ここで寝てしまおうか。そんな発想すらしてしまうほど脱力してしまっていた。


「……先輩?」


 突然、そんな声が背後からかかる。

 椅子にもたれたままで声の主に返答する。


「悪い椎名、起こしたか?」

「あ、いえ。なんだか目が覚めちゃいまして。先輩は?」

「なかなか寝付けなくてな。夜風に当たってた」

「そうでしたか」


 目を閉じて脱力したまま受け答えしていると、すぐ近くまで椎名が歩いてきて隣の椅子に座る。


「女の子と一緒の部屋じゃ、寝付けませんか?」

「うるさい。こちとら健全な男子高校生なんだよ、悪かったな」

「ふふっ、悪いなんて言ってませんよ。先輩が意識してくれて嬉しいです」

「どうせ俺は肝の小さい男だよ」

「ふふふっ」


 楽しそうな笑い声が隣から聞こえてくる。

 まったく、何がそんなに面白いんだか。


「……ねえ、先輩」

「なんだ?」

「先輩。ちょっと前に、私のことが特別だって言ってくれましたよね」

「ああ、そうだな」

「あの時は濁してしまったんですけど、今度はちゃんと言います」


 そこで椎名が言葉を切る。

 木々のざわめきが聞こえた後、風が前髪を揺らす。


「私は、先輩のことが──」


 もう一度区切られた言葉。

 一体何秒、あるいは何分のあいだ次の言葉を待っていたのだろうか。

 途方もない時の間に、風に揺られた前髪がそっと元の位置に戻った。


 そして、彼女から発せられた次の言葉は──



「……家庭教師の先輩として、すごく尊敬してます」



 何かが心の中で落ちて、何故か安心した。

 一体何に期待していたのか。そして何に安堵したのか。

 気持ちは整理されないままで、椎名に言葉を返す。


「……そうか。ありがとな、そう言われると助かる」

「えへへ。これからもよろしくお願いします、村上先生?」

「ああ、こちらこそよろしくな」


 こちらを見て笑顔で問いかけてくる椎名に、俺も彼女を顔を見て笑顔で答える。


 俺に向けられた椎名のその笑顔は、真っ暗な空に光る満月のように綺麗だった。

 改めまして、本作品を読んでいただきありがとうございます。

 ただひたすらに、小悪魔かわいい後輩の女の子とイチャイチャしたい!という気持ちだけで始めた作品でしたが、いかがだったでしょう。

 少しでも年下小悪魔っ娘が好きになってくれた方がいれば、是非一緒に朝まで語り合いましょう。


 作品の方ですが、これにて第一章完結となります。全30話、文字数にして10万文字。だいたい文庫本一冊くらいでしょうか。

 第二章に関してですが、リアルの都合により第一章に比べかなり投稿ペースが落ちるかと思います。

 そして、これまでとは違い不定期の更新になります。ですので、たまにチラッと覗くくらいで読んで頂ければ私が大いに喜びます。それでは、また。

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