27 散策
車に乗ってから小一時間ほど、目的の旅館のある街に到着する。
「うわぁ、すごく素敵な街ですね。先輩っ」
車を降りた椎名が目をキラキラさせてそんな言葉をかけてくる。
俺は「ああ」とだけ返して今一度街の様子を眺める。
旅館のあるここ一帯は温泉街といった感じで、至る所にそれっぽい店などが立ち並んでいた。
温泉街ならではの食べ物やお土産を売っている店や、所々に足湯なんかも発見出来た。
全員が車から降りると、母さんが運転席の窓から顔を出す。
「じゃあ陸、私は行くから帰る時にまた連絡ちょうだいね」
「ああ、分かった」
「いい? 女の子三人と同じ部屋に泊まるからって変な気起こしちゃダメよ?」
「起こさねえよ。それにそのうち一人は実の妹だぞ」
「分からないわよそんなの。男なんてみんなケダモノなんだから」
「実の息子に対して信用がなさすぎないか。もう、いいからさっさと帰れ」
「んもぅ、陸が冷たーい」
歳に比例していないひ弱な声を出して、嘘泣きする母さん。ほんとさっさと帰れよ。
「それじゃ、紗月ちゃん椎名ちゃん。陸と奏をよろしくね」
「はい、今日はありがとうございました」
「また明日ね、陸ママ」
ぺこりとお辞儀する椎名と、笑顔で手を振る紗月。
そんな二人を見ながら、幸せそうに手を振り返して車を出す母さん。
俺と奏が二人からよろしくされるのか。
問題を起こしそうなのは、明らかにあの二人だと思うのだが。
「まだ旅館のチェックインまで時間あるし、少し街を散策しましょう?」
母さんを見送った紗月がそんなことを提案してくる。
当然三人とも異議はなし。四人で街を散策することにした。
「先輩見てください、温泉まんじゅうですよ! 一緒に食べませんか?」
「ああ、もちろん。行こうか」
「はい!」
最初に見つけたお店で、椎名希望の温泉まんじゅうを購入する。
椎名はノーマルなもの買い、俺はなんとなく気になった抹茶風味を購入。
お店の外の和風なベンチに腰掛け、二人一緒にまんじゅうをいただく。
「ん~、おいひいです~」
「たしかに、おいしいな」
二人一緒に同じ感想をこぼす。
もちもちな生地と控えめなあんこの甘さ。それでいて喉の渇かない、すっと口の中で溶けていく後味。うん、おいしい。
「先輩のは抹茶風味なんですよね? 一口いただいてもいいですか?」
「ああ、構わないぞ。ほら」
「いただきます♪」
差し出した俺のまんじゅうに、ぱくりと小さな口でかぶりつく椎名。
「ん~、抹茶も悪くないですね! 先輩も私の一口どうぞっ」
「ああ、ありがとう」
幸せそうに俺のまんじゅうを味わう椎名。
その椎名が差し出してくれたまんじゅうを、俺も同じように一口いただく。
うん、ノーマルなのも悪くない。シンプルで口触りがよくてすごくおいしい……ってちょっと待て。
何気にお互い一口ずつ貰ったが、普通に今あーんして食べさせあったよな。
意識すると、素でやってしまったことがなんだか少し恥ずかしくなってきた。
思わず椎名の様子を伺うが、相変わらず幸せそうにまんじゅうを頬張っている。
さっきよりも口元が緩んでいるように見えたのは、たぶん気のせいだろう。
俺一人が意識しているようで、余計に恥ずかしい。
俺はそれを紛らわすようにさっさとまんじゅうを食べ、母さんへのお土産用を買いに店内に戻るのだった。
* * *
「陸~、見て見てこれ! 木刀よ木刀!」
「分かったから振り回すな。危ないだろうが」
まんじゅう屋でお土産用まんじゅうを購入したあと、近くのお土産屋さんに紗月を見つけた。
色々と見て回った中で紗月的にピンときたのは木刀だったらしい。
嬉々としてぶんぶんと振り回している。
「どう、陸? 似合ってるかしら?」
「女子高生に似合うものじゃないと思うんだが、意外と似合ってるぞ」
「ちょっと? どういう意味よ」
顔をしかめた紗月が俺に向けて木刀を構える。おい、結構雰囲気出てるからやめろ。
そのあとも何回か素振りしたあと、
「やっぱりこっちのほうがいいかしら」
そんなことを言いながら振り回していた木刀を元の場所に戻す。
やっと冷静になってくれたのかと安心したのもつかの間。
「短刀の木刀のほうが扱いやすいわよね」
「いい加減木刀から離れようか」
「何よ、いいでしょ別に。それにこれなら実用性もあるじゃない」
「実用性?」
「そうよ。ほら、例えば陸が寝込みを襲ってきた時に、これがあればズバッとね?」
「ひぇっ」
思わず背中に寒気が走る。ついでに下半身も縮み上がる。
紗月、なんて恐ろしい子。今晩は用心しておかないと……ってちょっと待て。
「なんで俺が夜這いをする前提なんだよ」
「え、しないの?」
「しねえよ」
「したくないの?」
「したくねえよ」
「やっぱり、陸。そっちの気が……」
「ねえよ」
「それならやっぱり必要」
「ねえよ」
紗月は「そうかしら」などとこぼしながら未だに木刀を素振りする。
母さんとの話の時にも感じたが、なんでここまで俺は信用がないのだろうか。前科すらないんだが。
「うん、でもやっぱりこっちのほうがしっくりくるわね」
そう言って紗月は、結局長い方の木刀をレジに持っていった。一体何にしっくりきたというのだろうか。
紗月は、レジのおばさんに苦笑いされながら無事木刀を購入していた。
その様子を俺も苦笑いしながら見ていると、くいくいと服が引っ張られる。
振り返ると、そこにはなんだかそわそわした様子の奏が。
「どうした? 奏」
「兄さん、向こうに足湯があったのですが、一緒に行きませんか?」
足湯。おそらく、さっき車を降りたところから見えていたあの足湯のことだろう。
普段引っ込み思案の奏なだけに、こんなふうに自分から誘ってくれるのは嬉しいものがある。
「もちろんだ。一緒に入るか」
「はい♪」
いまだに甘えん坊な奏にお願いされ、手を繋いで足湯のある場所へ歩く。
中学生になった妹と手を繋いで歩くといのは少し恥ずかしい気持ちもある。
しかし、いざ奏からお願いされると断れない俺がいるのも事実。
なんやかんやで俺も、いわゆるシスコンというやつなのかもしれない。
「兄さん兄さん、足湯です、足湯っ」
「ああ、足湯だな」
テンション高く足湯を連呼する奏に、少し笑いを堪えながらそう返す。
奏も俺も、こういう本格的な足湯というのは初めてだ。気分が上がるのも仕方ない。
靴や靴下などを脱ぎ、さっそくお湯にお邪魔させてもらう。
「おお、これは気持ちいいな……」
「あ、兄さん、先にズルいですっ」
タイツなどに手間取っていた奏が後ろからそんな声をかけてくる。
「勝手に先に入った兄さんにはお仕置きです。少し足を開いてください」
「ん、こうか?」
言われた通りに、がに股になるような姿勢を取る。
と、いきなり奏の腰が目の前にくる。
「よいしょっと」
「おい、どこに座ってるんだ」
俺の両足の中にすっぽり収まるように腰を下ろす奏。
「兄さんにお仕置きです。異論は認めないです」
「そうは言っても人の目がな……」
さすがにこんなのを他人が見たら変な目で見られるに決まって……。
……と、思ったのだが、周りのおじいちゃんおばあちゃんは暖かい目で見てくるだけで特に気にした様子はない。
な、なんて平和で暖かい人たちなんだ……。これが温泉街クオリティなのか。
しんみり人の優しさを噛みしめる中、奏も足湯に小さい足を入れる。
「ふにゃぁ、あったかいです~」
「はは、溶けてる溶けてる」
みるみるうちに顔がとろけて、言葉通りふにゃふにゃな顔になる奏。
なんなんだろう、この可愛い生物は。やっぱり俺はシスコンなのかもしれない。
可愛い我が妹を優しく抱きしめて、再び足湯を楽しむ。
まったりと時間は流れていくのに、気付くとかなり長い時間浸かってしまっていた。
奏はいつの間にか俺の腕の中ですぅすぅと可愛い寝息をたてていた。
まだもう少し寝かせてあげたい気持ちもあるが、そろそろチェックインにはいい時間だ。可哀想だが起こしてやる。
奏を起こして足湯からあがりいざ歩こうとすると、まったり浸かりすぎていたせいで少し足に力が入らなかった。
その後、先程とは別のお店で一緒に買い物をしている椎名と紗月を発見し合流。
軽く買い物を済ませたあと四人で移動し、目的の温泉旅館にチェックインした。
モテモテ陸くん。