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25 約束


 あの三人が座る机から、逃げるようにキッチンへ向かう。

 お茶やお菓子を用意しながら三人の様子を伺うと、何やら紗月が奏と話をしていた。


 今更だが、紗月と奏は顔見知りだ。

 高校に入ってからは少なくなってしまったが、昔から紗月はよく家に遊びに来ていた。

 それで奏ともよく一緒に遊んでおり、奏の数少ない友達と言える存在だろう。

 まあ、付き合いが長すぎるのもあり、姉妹のような感覚なのかもしれないが。

 現に奏は、紗月のことを昔から紗月姉さんと呼んでいる。


 今思えば、一緒にいる時間が長い分、奏はかなり紗月の影響を受けているということではないだろうか。

 最近の奏の過剰なスキンシップや言動、もしや紗月の入れ込みなのでは……?


 そんな考えが頭をよぎり、思わず紗月と奏の会話に聞き耳を立てる。


「かなちゃん、最近見ない間にまた大きくなったんじゃない?」

「ほんとですか?」

「うん。私の見立てだと1カップは確実に大きくなったと思うわ」

「たしかに最近少しブラジャーがきつくなってきた気がします……。これも紗月姉さんが教えてくれたマッサージのおかげかもしれません」

「うふふ。効果があったようで私も嬉しいわ」

「はい♪」


 紗月はそう言いながら奏の頭を撫でていた。奏のほうも気持ちよさそうに目を細めて返事をする。

 ああ見ると、仲の良い本当の姉妹のようでとても微笑ましく……いや待て。


 今の会話、どう考えてもあれだよな。胸の話だったよな。

 それよか、紗月が教えたマッサージとか聞こえたのだが。俺の知らないところで奏になんてことを教えてるんだ、あいつは。


 たしかに、こういうことに関しては俺が何か言うことは出来ないし、年齢の近い紗月が色々とそっち方面の教育をしてくれるのはありがたいことだ。

 しかし、いつも家では俺にべったりな奏が一人のときにそんなことをしてるのかと考えると……なんとも言えない気持ちになる。


 変な方向に思考がめぐってしまいそうになるのを頭を振って停止させ、お茶とお菓子を持って机に戻る。

 俺の戦術的撤退は功を奏したらしく、三人ともいつも通りな雰囲気に戻っていた。


 お茶とお菓子を広げ三人に勧める。

 さっきは会話に参加していなかった椎名も、お菓子をつまみながら他の二人と談笑し始めた。

 さすがは今どきJKのコミュ力といったところだろうか。人見知りの奏とも上手く馴染んでいった。


 あれだけ人見知りの奏がこんなに早く打ち解けるとは、奏のほうにも少なからず成長があるのだかろうか。もしそうなら嬉しい限りだ。

 この調子で学校の友達とも上手くやっていけると助かるのだが。


「ねえねえ奏ちゃん」

「なんですか? 椎名さん」

「えっとさ、先輩の……お兄ちゃんの部屋とかって入ったことある?」

「はい、ありますよ」

「ほんと!? それならいかがわしい本とか部屋に置いてなかっ……あて!」

「おい、人様の妹になんてことを聞いているんだ」


 おそらくこれまでで一番強力なチョップを椎名の頭にお見舞いする。

 両手で頭を抱えてうずくまり「いたいです……」とこぼす椎名。


「紗月姉さん、いかがわしい本とはどんなものですか?」

「そうね……表紙に露出の多いお姉さんがいて、幼馴染と〇〇とかって書いてあるやつよ」

「おい、なぜジャンルを固定した」

「そういった本は見当たらなかったですね。あったのは年上お姉さんと〇〇と書かれたものばかりで」

「よーし奏、ちょっと兄さんとお話しようか」


 自分で自分の頬が引きつっているのを自覚しつつ、奏の手を引いて二人と少しだけ距離を置く。

 当の本人は「兄さんとお話ですか?」となんだか嬉しそう。

 無自覚で言いやがっちゃたんだね、純粋な奏ちゃんは。次からは気をつけような~。

 精一杯の広い心で奏の頭を撫でる。


「あの、兄さん? なんだかなでなでにいつもの丁寧さや優しさが感じられないような……」

「ははは、そんなことないぞ~。奏は可愛いなあ~」

「ん、んにゅ~……」


 ぐりんぐりんと頭を大きく撫で回すと、奏は頭を揺すぶられて変な声を出していた。


「へぇ~、陸って年上が好みだったのね~」


 奏に愛情を込めて教育をほどこしていると、離れたところからそんな紗月の声が聞こえてくる。


「そ、そんな、先輩は年下好きだって聞いたのに……」


 おい椎名、それはどこ情報の話だ。


「まあ、私は知ってたんだけどね。中学一年のときは三年の女子の先輩から可愛がられて鼻の下伸ばしてたし」

「私の知らないところでそんなことが……。先輩はちょっとウザめの後輩がタイプなはずじゃ……」


 だから椎名よ、どこ情報なんだそれ。そして、なぜ入学して1ヶ月ほどでそんなデマ情報を入手出来るんだ。

 ……あと、断じて鼻の下は伸ばしていない。


 好き勝手俺の性癖で盛り上がる女子二人に、本人が割って入っていくのもアホらしいしめんどくさい。

 諦めて二人は放置して、その分の怒りをすべて奏へのなでなでに回しておく。


「に、兄さん。だからその、なでなでにいつも優しさが……あの、えっと。ふ、ふにゅにゅ……」


 相変わらず俺に頭を撫でられて変な声を出す奏。父さんがよくこういう撫で方をしてくるが、やっている側は意外と楽しいことがわかった。

 そのまま奏になでなでし続け、奏の目がぐるぐると回り出したころには女子二人の休憩も終了して晴れて勉強再開となった。



 * * *



「今日はありがとうございました、先輩」


 時計の針は六時を回り、茜色に染まった空の下を椎名と二人で歩く。


 さすがに暗くなってから帰らせるわけにも行かないので、俺の家での勉強会は六時前で切り上げた。

 椎名は時間ならまだ大丈夫だなんて言っていたが、やっぱり女子一人で夜道を歩かせるのはさすがに危ない。


 そして現在、日が暮れる前に最寄り駅へと椎名を送っている状況に至る。


「どういたしまして。どうだった、念願の俺の家に入れた感想は」

「先輩の匂いがして興奮しました」

「なるほどな。お前は出禁だ」

「なんでですか!」

「どうもこうもあるか。そんな変態を家に招くやつがどこにいるんだ」


 椎名がどうしてもって言うから、奏に許可を取り、母さんと父さんがいない時間を見つけてやったというのに。


「女の子に向かって変態呼ばわりなんて先輩デリカシーないですよ」

「人の家の匂いで興奮するやつが何言ってんだ」

「それはそれ、これはこれですよ」

「どれだよ」

「とにかく、私は変態じゃありません。変な言いがかりはやめてください、まったく」

「俺、何も間違ったこと言ってないよな……?」


 目の前の女子高生に一方的に押し切られ、いよいよ変態の概念が分からなくなってきた。

 この前ニュースで見た内容だと、電車内で女性の匂いを嗅ぐのも痴漢だとか言っていたが、これは当てはまらないのだろうか。


 いやまあ、色々と条件が違うのは分かっているのだが、女子高生に自分の匂いで興奮されるとか、気持ちが複雑すぎる。

 もちろん、臭いと言われるよりかはマシな気はするが、なにか他に言い方はなかったものか……。


「そういえば、先輩って温泉とか好きですか?」

「は? なんだよ藪から棒に」

「いいから教えてください。先輩は温泉から上がった女の子とか好きなんですか?」

「おい、質問変わってんぞ。まあ、温泉自体は普通に好きだけどな。最近はあんまり行ってないが」

「なるほど、村上先輩は湯上り女子フェチと……」

「レベルの低いマスコミみたいな改ざんはやめろ。俺が好きなのは温泉だ」

「冗談ですよ。でもそうですか、温泉好きなんですね」


 なるほどなるほど、と頷きながら何かを考える椎名。


「それがどうしたんだよ」

「いえ、少し気になっただけです。ところで、テスト返却が終わったあとのお休みの日、予定空いていますか?」

「ああ、特に用事はなかったと思うが?」

「でしたら、その日は空けといてくださいね」

「なんだ、その日にも家庭教師か?」

「いえ、そうではなくて……」


 そう言うと椎名は小走りで俺の前に出て、クルっと振り返り、



「先輩の給料日です♡」



 いつもの小悪魔スマイルで、そんなことを言ってきたのだった。

年上お姉さんっていいですよね。私は年下派ですけど。

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