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24 勉強会


「先輩、この問題の解き方教えてくれませんか?」

「陸~、ここの単語の意味が分からくて~」

「兄さん、この式の展開はどうすればいいのでしょうか?」

「お前らは俺を聖徳太子か何かと間違えてないか」


 休日の昼下がり。自宅のリビングで、同じテーブルに座る三人の女子にそう言い返す。


「間違えてないですよ、村上先輩。横入りしてくる今井先輩と奏ちゃんが悪いんです」

「ちょっと、どういうことよ。ここは幼馴染である私が優先でしょう?」

「いえ、兄さんの妹である私が最優先です」

「俺の意思は優先されないのか……」


 テーブルを囲うように座る三人がバチバチと火花を散らし、綺麗な三角形が描かれる。

 俺だけが蚊帳の外の点Pである。


 そろそろテストも近づいてきてるということで、椎名の誘いで俺の家で勉強会なるものを開くことになった。

 しかし、なんとなく予想できていたような気もするが、この三人の組み合わせはやはりダメだった。


 ほんの些細なことで、すぐに言葉のキャッチボールならぬ言葉の銃撃戦が始まる。

 今となっては四人で机を囲んで座っているが、最初なんて本当に酷かった。


 いつも通りなノリで俺の隣に腰を下ろした椎名に紗月が異議を申し立て、

 対抗した紗月が椎名とは反対側の隣に座り、

 その状況に不服を示した奏が俺の膝の上に乗っかってきて……。


 さすがにそんな状態じゃ勉強どころではないので、なんとか三人を言いくるめて今の状況に至る。


「とりあえず一人一人聞いていくから。順番はとりあえず時計回りな」

「やったー! さすが村上先輩です♡」

「「むむむ……」」


 俺の左前に座る椎名は両手を上げて喜ぶが、他二人は明らかに不服そうな顔をする。

 子供なのか、こいつらは。


「じゃあ先輩、ここの問題なんですけど……」

「ん? ああ、この問題はな……」


 いつものように体を寄せながら聞いてくる椎名に、一年前の記憶を引っ張り出して解説していく。

 とはいえ一年前のことをすべては覚えてはいないので、最近だと家で一年生の教科書を掘り出して復習していたりする。

 家庭教師として働いている以上、生徒相手に妥協はしたくない。


 一通り説明をしてやると、問題に眉をひそめながらもなんとか解けそうな様子。

 一息つきながら顔を上げると、紗月がすごい目付きでこちらを見ていた。


「なんだよ」

「べっつに~。ほら、次は私でしょ」

「あ、ああ。どこが分からないんだ?」

「ここの単語なんだけどね~」


 正面に座る紗月が身を乗り出しながらノートを見せてくる。


「っ!」


 差し出されたノートに目を向けようとして、俺の視線はある一点に釘付けになってしまう。

 休日で私服姿の紗月。そして今日のコーデは首周りのゆるいカジュアル系。それに紗月の発育の良さと前かがみの体勢が相まり……。


 つまるところ何が言いたいのかといえば、おっぱいである。

 紛れもないソレが、視界をこれでもかと埋める。


 とっさに紗月に指摘しようかとも考えたのだが、こんな状態じゃ椎名と奏の前でからかわれるのがオチだ。

 しかし、視線を逸らすというのも勉強を教えている状況的に不審がられる。

 消去法の最適解として「気にせずにスルーして何も無かったことにする」を選択せざるを得ないようだ。


「ここのwhoは関係代名詞な。授業で出てきただろ?」

「そうだったかしら?」

「ついでに言うなら中学校でやったぞ」

「そんなバカな……」

「バカなのはお前の頭だ」

「ひどい! 陸ったらなんでそんなこと言うの! 私は傷ついた、傷物にされちゃったわ!」

「言い方を考えろ。しっかり教えてやってるだろ? 俺のやさしさだぞ」

「り、陸のやらしさ!? そんな、陸ったら卑猥……」


 俺から自分を守るように身を抱く紗月。その動作のせいで、彼女の胸が更に強調される形になる。

 何か言い返そうと思ったのだが、さすがにこれには視線を逸らしてしまう。


「ん? どしたの、陸」

「いや、別になんでもない」

「じゃあなんで目逸らすのよ」

「あー……今は紗月の顔見たくない?」

「何その普通に傷つく理由! 今は私のターンでしょう、こっち見なさいよ」


 紗月が俺の顔を掴んでぐいっと首を戻してくる。

 そして再び俺の視界に入ってくる双子山。くっ、目のやり場に困りすぎる。


「ほら、ちゃんと私の目を見なさい!」

「あ、ああ」


 なるべく意識しないように紗月と合わせようとしたのだが、気にしないようにすればするほど気になってしまうのが男のサガというやつで……。


「なんなのよ、さっきから下ばっかりチラチラと……」


 さすがに不審に思ったのか紗月は自分の胸へと視線を下ろしていき、


「!!!」


 目にも止まらぬ速さでバッと胸を隠す。

 そしてもって、顔はどんどん真っ赤になっていき瞳もどんどん潤んでいく。

 最終的には体もプルプルさせながら消え入りそうな声で言う。


「(……え、えっち)」


 声ちっさ。

 紗月こんなキャラじゃないだろ。なんだよこの小動物みたいに怯える少女は。

 いつもは下ネタでからかってくるくせに、これじゃ俺が悪いみたいだ。いや、悪いのか……?


「なんだその、悪かったよ。だが、紗月だって少し無防備すぎるぞ」

「ふ、ふん。陸がスケベなのが悪いのよっ」

「男なら誰だって意識くらいするんだよ。もっと男の前では危機感を持て」

「(……陸の前でしかこんなことしないわよ)」


 俺がそう注意するとぼそぼそと小さい声で何か言い返してくる紗月。いやだから声ちっさ。

 なんなんだ今日の紗月は。


「先輩! 問題解けました……ってどうかしたんですか?」

「い、いや。なんでもないぞ」

「そ、そうよ。なんでもないなんでもない」

「?」


 視線を泳がせて誤魔化す俺と紗月に首を傾げる椎名。

 今のことが椎名にバレたら大変なことになる。具体的に言えば、俺がアレでアレな大変なことになる。

 とにかく話をそらして逃げよう。


「お、おう椎名。しっかり解けてるじゃないか」

「ふふん。私を誰だと思ってるんですか」

「はは、椎名も言うようになったな。でも確実に成長はしてるな」

「なんか今日の先輩はいつもより甘いですね?」


 ギク。


「そ、そうか?」

「はい。まあでも、悪い気はしないのでもっと褒めてください」

「欲望に素直なやつだな……」

「ほらほら、頑張ってる私えらいですか?」

「ああ、えらいえらい」

「成長してる私すごいですか?」

「ああ、すごいすごい」

「私のこと愛してますか?」

「ああ、愛してる愛してる……っておい」

「キャー! もう、先輩ったら大胆!」


 手をぶんぶん振りながらキャーキャー騒ぎ始める。

 俺、一応先輩だよな? 敬意とかそういうのは……期待するだけ無駄か。


 ため息混じりに視界を戻すと、相変わらず胸をガードした姿勢の紗月がジト目でこちらを見ていた。

 だからなんなんだよ、その目は。俺が何をしたって言うんだ。


「兄さん?」


 世話のやける後輩と思考の読めない幼馴染に嘆息していたところに、天使の声がかかる。


「ん、どうした。奏」

「その、次は私の番ですよね?」

「ああ、遅くなって悪かったな。どこの問題だった?」

「ここです」


 静かに問題を指さす奏。中学校の数学の問題。三年ほど前に見た内容だが、数学なら一応得意分野だ。


「この問題の場合は、まず無理矢理ここをカッコでくくる。そこから整理したあと展開するんだ」

「なるほどです……思いつきませんでした。さすがは兄さんですね」

「このくらいはもう慣れだ。奏もたくさん問題に当たるうちに出来るようになってくる」

「分かりました。奏、頑張ります」

「おう。頑張れよ」


 そう言って奏の頭を撫でてやる。

 奏は気持ちよさそうに目を細めて、俺にされるがまま。

 昔から奏の頭を撫でるこの時間が好きだ。なんというか、ネコを構ってやってる感覚。


 いつもの癖でずっと奏の頭を撫で続けていると、何やら不穏な視線を二つ感じた。

 振り向くまでもない。確実にあのお騒がせコンビからの邪悪な視線だろう。


 最初のうちは特に気にせず撫で続けていたのだが、だんだんと背中に寒気が走るほど背後からの圧が強くなり、仕方なく至福の時間を終了させる。

 すると、少しばかり不穏な視線は和らいだのだが、代わりに奏がすごく寂しそうな目でこちらを見つめてきた。


 いつもは誰かから声がかかったり、何か理由がないと撫でるのをやめることは無い。

 例外的に急に止めたせいでそんな目をしたのだろうが、なんとも攻撃力が強すぎる。

 庇護欲の駆り立てようが尋常じゃない。とても心が痛い。


 背中に刺さる白い目線。

 心に刺さる妹の上目遣い。


 数秒の間、そんな胃の痛くなる状態を維持した後、


「よ、よし。一旦休憩にでもするか」


 耐えきれなくなった俺は、気づくとそんなことを提案していた。

なでなではエンドレスですからね。

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