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23 命令


 静まり返った図書室。

 いや、もともと静かだったのだが、今は奥の本棚で読書していた男子生徒の紙をめくる音さえ聞こえない。

 静かと言うよりは、時が止まったような感覚を覚える。


 ……静かな図書室で、かわいい後輩と見つめ合う。

 その一瞬だけ、時が止まったかのような永遠の時間が流れる──

 わー、ろまんちっくー。


 椎名のほうと言えば、さっきの痛々ポエムの通り、俺の目を見たまま固まっている。

 見つめられた以上、こちらから視線を逸らすのも何か負けた気がして見つめ返す。

 目と目が合う~、瞬間~……なんだっけか。


 固まったままの椎名を見つめるのも案外楽しいのだが、これ以上本棚の男子くんの読書を止めるわけにもいかない。

 そして時は動き出す……。


「えっと……椎名?」

「あっ。ご、ごめんなさいっ」


 俺の意図を察して視線を外してくれる椎名。

 ありがとな、椎名。そして悪かった本棚の男子くん。もう読書に戻ってくれ。


 視界の奥の本棚くんが読書を再開したのを見てから、椎名に視線を戻す。

 って、うわ。耳赤っ。なんだこれ、お猿さんみたいになってるよ。

 いや、お猿さんは顔とお尻か。でも本当に、温泉入ったお猿さんの顔くらいは耳が赤くなってる。


 顔は両手で塞いでいて分からないが、予想は出来る。

 そして、何故か沸いてくるイタズラ心が抑えきれず、椎名に声をかける。


「椎名、耳赤いぞ?」

「へっ!?」


 バッと、次は両耳を塞ぐ椎名。

 第一変形。


「椎名、顔も赤いぞ?」

「ふぇっ!」


 バッと、その体勢のまま顔を机に突っ伏する椎名。

 第二変形。というか、今の顔痛くない?


「椎名、お尻も赤いぞ?」

「えっ!?」


 バッと、立ち上がってお尻も塞ごうとしたところで椎名がハッと気づく。

 第三変形はならなかったよ、サム。


「ふんっ、もう先輩なんて知らないですっ」

「おいおい、そんなにへそ曲げなくてもいいだろ」

「つーんだ。つんつーんです」

「なんだそれ、わさびの妖精か?」

「悪い先輩はわさび鼻詰めの刑です」

「さらっとむごい刑を科すな」


 言葉通り、つーんとそっぽを向く椎名。

 やめてくれ。お前は目を瞑ってるから分からないかもしれないが、その顔の向いた方向の本棚の男子くんが戸惑ってるからやめてくれ。


「悪かったよ。少しからかいたくなっただけなんだ。許してくれ」

「態度で示してください、態度で」

「土下座か?」

「それはさすがに引きます……」

「その地味に傷つく反応やめろ」


 蔑むような目をして、じりじりと俺から距離を取ろうとする椎名を止める。

 しかし、態度で示せと言われてもだな……。


 そういえば、図書館に行ったときは手を繋いで機嫌を直そうとしたんだったか。

 なんやかんやあってあの作戦は成功したが、今回もそれが通用するだろうか。

 今回の場合、ついさっきまで手を繋いでいたばっかりだ。さすがに新鮮味も何もあったもんじゃない。


 ううむ、かくなる上は……。


「椎名」

「なんですか? わさび先輩」

「ひどい名前だな……。いや、態度で謝罪は難しくてな。代わりのことで勘弁してくれないか?」

「代わりのことですか。当然、内容を聞いてから決めさせて頂きます」

「ああ、もちろんだ」


 出来ればあまり取りなたくない一手だが、俺の土下座がダメと言われた今、それに見合う他の条件は──



「椎名の言うことを一つだけ聞いてやる」



「え?」


 俺の言葉で、頭に疑問符を浮かべる椎名。

 しかし、すぐにその言葉の真意を読み取り、むむむと考え始める。


 一つだけ言うことを聞く。

 たったこれだけの事だが、経験上椎名にはこれ以上ない好条件のはずだ。

 さすがに、何を要求したり命令してくるかなんてのは想像もつかない。

 しかし、考え込み始めた椎名の様子を見るに、やはり少しは効果があったようだ。


 たっぷり一分ほども考え込んだあと、椎名が答える。


「分かりました、その条件で大丈夫です。先輩には執行猶予を差し上げます」

「そうか。ありがたい」

「ですが、その私の命令を聞いてくれなかった場合、情状酌量の余地なく先輩は死刑です」

「お、おう。わかった」


 そこまでズバッと死刑宣告されると、かなり腰が引ける。

 今更だが、俺はとんでもないことをしてしまったのかもしれない。椎名のやつ、さらっと命令とか言ったな。

 今の俺は、いわゆるライオンの檻の中に放り込まれた子うさぎの立ち位置なのかもしれない。


「えっと、椎名? 一応補足しておくが、俺の出来る範囲のことしか出来ないからな?」

「えー? どうしよーかなー」

「かわいく言っても無理なことは無理だぞ」

「大丈夫です。先輩を傷つけることは絶対にしません。安心してください」

「そうか? ならいいが……」


 あの暗黒笑みから察するに、明らかにやばいこと命令してきそうな雰囲気だが、そこまで言うのだから安心だ。

 俺だって、一ヶ月以上椎名と過ごして少しは彼女のことを理解したつもりだ。

 彼女がそんな悪いやつじゃないなんてことは分かっている。自慢じゃないが、これは自信を持って言える。


「うーん、それじゃあ……」


 ゴクリ……。


「とりあえず保留しておきます」

「保留かよ」


 思わずツッコむ。


「だって今の思いつきでこのチャンスを使っちゃうなんて勿体ないじゃないですか。もっとここぞという時まで取っておくに決まってます」

「まあ、それもそうか……」


 気持ちは分からなくもないが、余計に不安になってきた。どんなお願いをされるのか……。

 しかし、男に二言はない。できる限りのところで椎名の望みに応えてやろう。


「ふふふ、今から楽しみです♪」

「お手柔らかに頼む」

「はーい♪」


 楽しそうに返事をする椎名。

 満面の笑みを浮かべながら何を考えているのやら。ほんとに小悪魔という言葉が似合う後輩だ。


「では、私は帰ります」

「は? まだ課題終わってないだろ」

「あ、あとは家でやります。じゃあ先輩、また明日っ」

「あ、おい」


 唐突に逃げるように帰っていく椎名。急用でも思い出したんだろうか。

 仕方ないので俺も帰ろうかとも思ったのだがふと思い直す。せっかく図書室に来たんだ、久しぶりに読書していくか。


 ふらふらと本棚を回ってみると、意外と色々な本があった。小難しいものもあれば、聞いた事のあるタイトルの漫画なんかも置いてあった。

 ぱらぱらと数冊ほど流し読みをする。案外レパートリーは面白そうだ。今度またゆっくり読むことにするか。


 たまには早く帰って奏の相手でもしてやるか。そう考えて勉強道具を片付け……。


「ん? これは……」


 俺の筆箱の横には、可愛らしいどこか見覚えのある財布が。

 いやこれ、椎名のじゃないか。あいつ財布も持たずに帰ったのか。何してんだか。

 俺が読書したせいで時間も経ってるし、もしかしたら気付いて戻ってくるかもしれない。もう少しここで待ってやるか。


 予想通り、ものの数分もすると廊下からどたどたと騒がしい音が。

 そのあと、図書室の扉から真っ赤な顔に逆戻りした後輩がおずおずと入ってきたのは言うまでもない。



 ◆ 椎名梓 ◆



 ソファの匂いがする。

 数日前に先輩が座っていた場所。まあ、だからと言ってそれを嗅いでるわけでも匂いがするわけでもないんだけど。


 当然、ソファにダイブしてうつ伏せになれば、呼吸の度に嫌でも鼻からソファの匂いが侵入してくる。

 特段いい匂いなわけでもなければ、正直少し息苦しい。

 だがしかし私の体は、顔とソファをなかなか引き離してくれない。

 その理由は……。




「私、先輩の前で何言ってるのー!?」




 つい数十分前の、私の実に見事な自爆発言への憤りのせいだ。


「先輩みたいな人ですよねっじゃないよ! ほんと何言ってるの?! ただの告白じゃんバカじゃん!」


 マンションの一人暮らしで同居人がいないことをいいことに、自分に向かって叫びまくる。

 攻めていこうって考えたのはいいけど、あれはやり過ぎだよ私……。


 まあ、先輩はそんなに気にした様子じゃなかったから良かったんだけど。

 ……でも、それはそれでなんか腑に落ちない。少しくらい動揺とかしてくれてもいいのに……。


 とはいえ、それのおかげで結構大きなチャンスを手に出来た。先輩に一つだけお願いを聞いてもらえる。

 今後、しっかりと機会を伺って慎重に使わないと……むふふ。


 色々と頭の中で妄想を広げながらソファを転がり、見事に床に落下する。

 それも気にせずごろごろと転がっていると、視界にカレンダーが入ってきた。


 そのカレンダーには、今日から二週間ほど先に「中間考査!」と先輩の字で書いてあった。

 もうすぐ高校で初めてのテスト。先輩のこともそうだけど、勉強も頑張らないと。


 図書室もそうだったけど、いつもと違うところで先輩と勉強するのは結構新鮮で楽しかった。

 他になにか、先輩と二人でいい感じに勉強出来る場所は……。



「あっ!」



 私の明晰な頭脳に、名案が浮かんだ瞬間だった。

がんばれ椎名ちゃん。

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