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22 理想


 とある平日の放課後。

 いつも通り、椎名との待ち合わせに玄関へ行こうとすると、彼女が前から歩いてきた。


「せんぱ~いっ」

「どうした椎名。忘れ物か?」

「先輩を迎えに来たんですよ。ほら、行きますよ」

「は? 待て、行くってどこにだ」

「図書室です!」


 元気にそう答えた椎名に手を引かれて、渡り廊下を歩き別棟へ向かう。

 様々な実習室を通り過ぎて、一番奥の扉にたどり着く。


「そういえば、こんなところにあったんだったか、うちの図書室は」

「そうですよ~。ささ、入りましょ」


 俺の手を握ったまま扉を開けて、中に入っていく椎名。それに連れられ俺も入室。

 入学した際にちらっと紹介された程度で、これまで一回もお世話になっていない、この図書室。

 入学時の紹介といっても、ここが図書室で~くらいなもので、実際に入るのはこれが初めてだ。


 内装は、思っていた以上に綺麗で、落ち着いた雰囲気。

 この前椎名と行った街の図書館と比べれば断然小さいが、学校の施設の中だとすごく広く感じる。

 そして、どこか懐かしさも感じた。


「案の定というか、あんまり人はいないんだな」

「そうなんですよ~。私の見つけた穴場です!」

「穴場って……まあ、落ち着いて勉強するには持ってこいか」

「はいっ♪」


 扉の左手にカウンター、奥に本棚、右手には勉強や読書用の長机。

 その長机には誰も座っておらず、俺たちの他は、カウンターの図書委員さんと奥の本棚にいる真面目そうな生徒一人だけ。


 もうすぐ始まる定期考査の勉強のために、図書室を利用する人も増えるものかと思ったのだが、そうでもらしい。

 まあ、一年通っていた俺でさえ一度も入ったことが無いわけだし、うちの生徒はあまり図書室に馴染みがないのかもしれない。


 そんな考察をしていると、隣にいた椎名があらためて問いかけてくる。


「ということで、今日は図書室で勉強しようと思うんですが、どうですか?」

「ああ、問題ない。たまには環境を変えてみるのもありかもしれない」

「ですよねっ。それでは始めましょう!」


 そうして、椎名と図書室での勉強会がスタートした。



 * * *



「おい、椎名」

「どうしました?」

「いや、なんか近くないか?」

「そうですか? いつもこんな感じじゃないですか」

「それはそうだが、そういうことじゃないだろ」


 いつも通り、隣り合わせで座ったところまではいい。

 今更、椎名相手にそんなことでとやかく言うつもりもない。ないのだが、物事には限度と言うものがある。


 つまるところ、何が言いたいのかと言えば。


「そんなに体をくっつけなくても教えられるだろ」

「先輩ったら、私が前に言ったこと忘れちゃったんですか? 私、先輩にくっついてないと死んじゃうんですよ?」

「おかしいな、前はそこまで悪化していなかった気がするんだが」

「私、先輩が生きる糧だって言ったと思うんですけど」


 そういえばそうだった気もする。


「いつもこのくらいでやってるじゃないですか。今さら何を照れてるんですか?」

「一応言うが、ここは人の目があるんだぞ。いつも通りくっつかれたら誤解されるだろう」

「いいじゃないですか、別に。今ならそんなに人居ないんですし」

「いや、どう考えてもダメだろうが。こんなところで変なことしてたら追い出されるぞ」

「もう、先輩は本当に真面目さんですね」


 渋々といった様子で、少しだけ離れてくれる椎名。

 椎名は気づいていなかったみたいだが、さっきまで図書委員の人から冷たい視線が送られていた。

 椎名が離れると、静かに本の世界に戻っていった。すみません。うちの生徒がほんとすみません。


 その後は椎名もそこそこ集中していて、勉強も捗っていた。

 俺も、その日出ていた課題を終わらせ、やることもなくなり椎名の勉強姿を眺める。


「順調そうだな、椎名」

「先輩のおかげで私だって成長してるんですよっ。こんなのちょちょいのちょいですよ」

「はは、そうか」


 教える立場からすると、そう言ってもらえるのはやはり嬉しいものがある。

 学校の先生をしている人達は、この喜びのために頑張っているのかもしれない。

 少しは、その気持ちが理解出来た気がする。


「先輩はもう課題終わらせちゃったんですか?」

「ああ、大したものでもなかったしな」

「そうですか、それなら私の勉強に協力してもらっていいですか?」

「協力? もちろんするが、何か分からないところでもあったか?」

「いえ、そうではなくて……」


 すると、椎名が勉強道具を持って立ち上がる。

 そして何故か、俺の左側の席から右側の席へ移動する。

 何してるんだ、こいつは。


「先輩、右手出してください」

「こうか?」


 椎名にお手の一芸でもやらせるかのように、机の上に手を出す。


「ゲットです!」

「なっ」


 その瞬間、勢いよく椎名の左手が伸びてきて俺の右手を捕らえた。

 俺が抵抗する前に、指を絡めて完全に拘束される。


「おい、何してるんだ」

「ふふ、先輩と手を繋いでます」

「それは知ってる。なんで今この状況で繋いだんだと聞いている」

「え? 先輩、協力するって言ってくれたじゃないですか」

「手を繋いだこの状態が、勉強に協力してるとでも?」

「もちのろんです!」

「はぁ……」


 思わず頭を抱えてため息を吐く。

 一回でいいから、こいつの頭の中を開いて見てみたいものだ。本当に何を考えてるんだか。


「えへへ、ようやく先輩と手繋げましたっ」

「あのなぁ……」


 少し前に椎名と外に出かけた時にも、そんなことを話していた。

 俺の手に一体何があるというのだろうか。


「というか、前にも繋いだことあっただろ」

「あのときは先輩からの不意打ちでしたので私の中ではノーカンです。私から繋いだのはこれが初めてなので」

「それ以外にも椎名から手を握られたことはいっぱいあったぞ。何が違うんだよ」

「全然違います~」


 全然わからん。

 というか、ここに来るまでに椎名に手を引かれて来た気がするのだが。あれもノーカンですか。


 たしか前に手を繋いだのは、椎名の家の近くの図書館だったか。

 図書館といい学校の図書室といい、なんでこう本のあるところで椎名と手を繋ぐことになるのだろうか。


「ふんふん♪」


 ご機嫌な様子で鼻歌を歌いながらペンを動かす椎名。

 心から楽しそうに、だらしなく緩む椎名の頬を眺めて、思わずため息をつく。


 自分で言うのも悲しくなるが、こんな冴えない普通の男子高校生に、何をそんなに求めているのだろうか。

 頭脳も、これといって周りから秀でている訳ではないし、何か特別な才能もない。


 そんな俺を一体どんな理由で選んだというのか。

 前々からずっと考えていることだが、いつまで経っても答えは見つからない。

 ……いや、見つけないようにしているだけかもしれないが。


「椎名はタイプの男子とか、そういうのあるか?」

「へっ?!」


 気づくとそんなことを椎名に聞いていた。

 ある意味、高校生らしい話題ではあるかもしれないが、あらためて考えるとかなり恥ずかしい質問な気がしてきた。


「あ、いや。下心で聞いたわけじゃないんだ。少し気になっただけで、答えたくなければ別にいい」

「い、いえ、構いません。先輩が知りたいのでしたら教えてあげます」

「そうか?」

「はい、なんでも聞いてくださいっ」


 心無しか、目を輝かせて迫ってくる椎名。

 さっきは少し戸惑っていたのに、なんなんだこの圧は。


「それじゃあ遠慮なく。まず、椎名は男子のどういうところに惹かれるんだ?」

「そうですね……ありきたりかもですけど、やっぱり優しい人は良いと思います」


 優しい人か。まあ、男女問わず優しさは大事なことだろうな。


「その他に、椎名的にいいと思うところは何かあるか?」

「他だと……面倒見がいいとかポイント高いですっ」


 面倒見の良さ。あまり適当な人とかはさすがに嫌だということだろうか。

 ある意味失礼かもしれないが、意外と普通だった。少し拍子抜けだ。


「それなら、具体的に何か求めるものはあるか? 例えば身長とか、そういうもので」

「身長でしたら……私より15センチくらい高いのが理想ですね」

「椎名より15センチか。だいたい俺の身長くらいか?」

「そそ、そうですね! そのくらいです!」


 なるほど。俺自身これといって特別高い身長でもないし、そこまで身長にはこだわりはないらしい。


「身長以外に求めることは何かないのか?」

「他だと、えっと。年上の人……とか」

「ふむ、年上か。他には?」

「え。えっとえっと……勉強教えるのが上手とかっ」

「なるほどな、頭の良さ。他には?」

「ふぇっ。あ、あとは、あとは……こ、後輩思いで何かと気にかけてくれたり」

「そうか。面倒見がいい方がって言ってたもんな。他には──」

「先輩分かっててやってます!?」

「は?」


 いきなり椎名からよく分からないツッコミが飛んできて、思わず首を傾げる。


「分かってて? なんの話だ?」

「あ、いえ! な、なんでもないです。忘れてください……」

「?」


 なんだったのだろうか。全くもってわからん。

 まあ、忘れてくれと言われたらスルーしてやるのが優しさだろう。

 それより、思ったより椎名から色々と聞かせてもらったが……。


「優しくて頭が良く後輩思いで面倒見もいい、か。そんな条件がそろった男ってことは……」

「っ!?」



「ほんとに理想の彼氏──」

「先輩みたいな人ですよね!」








「え……」「あ……」




 俺の「え」と椎名の「あ」との和音は、なんとも綺麗に重なって図書室に響き渡ったのだった。

口がスリップしました。リップだけに。

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