01 出会い
高校二年に進級してから一週間後の、ある日の放課後。
何の前触れもなく、教室の扉がバンッと勢いよく開いた。
教室内にざわめきが巻き起こり、みんなの視線がそちらへ向く。
俺も例外ではなく、友人との会話を中断しそちらを見る。
そこには、一人の少女が立っていた。
丈の短いスカートとベージュのカーディガン。
襟元のリボンの色を見るに、一年生だということが分かる。
そして、なぜかその一年生と目が合った。
さらに、目が合った途端目を見開き、こちらに真っ直ぐ向かってきた。
え、俺?
一年生は俺の正面で立ち止まる。
近くで見てみると、その一年生は結構可愛らしい顔立ちをしていた。
肩程までの艶やかな黒髪と、ぱっちりとした大きな瞳。
思わずまじまじと見てしまうほどには可愛かった。
「はじめまして。村上陸先輩」
「お、おう。え、何で俺の名前……」
「あ、私は一年の椎名梓です。改めてよろしくお願いします」
「え、あ。よろしく」
そういえば言い忘れていた、といった感じでペコリと頭を下げる椎名。
名前の件は無視ですか、とツッコみたくはなるが、意外と礼儀の正しい子ではあるらしい。
椎名梓……記憶にない名前だ。彼女が言う通り、はじめましてで間違いは無さそうだ。
だとするなら、彼女だけが俺の名前を知っているというのは尚更怖くなるのだが……。
ざわめきが渦巻いていた教室も、目的が俺だと分かると、だんだん各々の会話に戻り始めた。
近くにいた友人も空気を読んで、ちょっと離れた所で話し始めた。
そのタイミングで椎名と名乗った少女に用件を聞いてみる。
「え、えっと。俺に何か用か?」
「はい、村上先輩にお願いがあって来たんです」
初対面の後輩からのお願い……? 正直全くもって想像がつかない。
俺の平穏を乱すような、変なことを言われないといいが……。
「先輩、私の家庭教師になってくれませんか?」
そんな淡い期待を、椎名は秒で破壊してきた。
あまりにも唐突すぎるその言葉に、少しの間固まってしまった。
「か、家庭教師……?」
「はい、家庭教師です」
平然な顔でそう返す椎名。「私何か変なこと言いました?」とでも言いたげな顔をしている。
いや、俺の頭は疑問符で埋め尽くされてますけど。
元に、俺の周りにいたクラスメイトたちも、聞き耳を立てていたのかは知らないが、家庭教師という単語に首をかしげている。
「家庭教師って……。俺に勉強を教えてほしいってことだよな?」
「そういうことです」
教室が再びざわめき始める。
それもそのはず。いきなり現れた美少女一年生が、一般ぴーぷるな俺に家庭教師を頼み込んできたのだ。
当然動揺もするだろう。というか俺が一番動揺してるまである。
「本気で言ってるのか? 椎名」
「冗談で先輩にこんなこと言わないです。信じてくれないんですか……?」
瞳をうるうるさせながらそう言ってくる椎名。
そ、その上目遣いをやめろ。ぐっ。周りからの視線が痛い……。
「い、いや。信じるも何も初対面だぞ? ほいほい信じられるわけないだろ」
「……そうですね」
浮かない表情を浮かべる椎名。
少し言い過ぎただろうか? でも、いきなり家庭教師なんて言われても困るのはこっちだ。
「えっと。一応聞いておくが、なんで家庭教師なんて頼んできたんだ?」
「………」
え、なぜそこで黙る。
理由もなく家庭教師を頼んでくるなんて、さすがに意味不明すぎる。
「この学校、入試の点数はそこそこ厳しかったはずだし、それだけの頭があるなら最初のうちは大丈夫だと思うぞ?」
これは俺の体験談。
受験勉強はかなり根を詰めて取り組んだ記憶があるが、そのおかげか入学してから苦労した覚えはあまりない。
そう言ってやるも椎名はうつむいて沈黙を貫いている。
たっぷり時間を置いてから椎名が口を開く。
「……私、どうしても村上先輩に勉強を教えてもらいたいんです」
「俺じゃないとダメなのか?」
「ダメです。先輩じゃなきゃ嫌なんです……」
少し悲しげな声でそう話す椎名。
そう言われるとちょっと弱いかもしれない。
様子を見るかぎり、何か思惑はあるのだろうが、悪いことではないのだろう。
それに、こういう人からの頼み事は昔から断れないタイプなのだ。
そしてそれが苦痛にはならず、終わってから一人満足してしまうのがほとんど。
超が付くほどのお人好しなのかもしれない。俺は。
「やっぱり、ダメです……か?」
「──っ」
瞳に涙をためて、再び上目遣いで懇願してくる椎名。
こ、この破壊力はまずい……。
俺が、椎名必殺の上目遣いにやられて何も言えずにいると、周りのクラスメイトたちが再び騒がしくなる。
『おいおい、村上のやつ一年生の後輩泣かせてんぞ』
『マジじゃん。一年生ちゃん可哀想~』
外野の奴らが好き勝手言い始める。
いや、たしかに周りから見れば、俺が椎名を泣かせてるように見えてしまうかもしれないが。
いきなり家庭教師なんて言われたら誰でもそうなると思うんだが……。
周りからの視線も相まって何も言えなくなってしまったので、少しだけ話題を逸らすことにした。
「家庭教師って言ってるが、椎名の両親も同意の上なのか?」
「いえ、私の勝手なお願いです。……で、でもお金はあります!」
そう言って椎名は、いきなり財布から一番大きなお札を十枚近く取り出した。
そして俺に押し付けるかのように差し出してきた。
「これじゃ足りないですか?」
「ま、待て待て。そういうことじゃない。そんなに大量のお金を学校に持ってくるな」
「ご、ごめんなさい」
なんとか椎名をなだめて、その大金を財布にしまわせる。
「本当に椎名に雇われるとして、俺も椎名も高校生だ。さすがにお金のやりとりはまずいだろ」
「だから、私の家庭教師は出来ない……ということですか?」
「いや、そういうことでもないが……」
俺が言葉を詰まらせていると、椎名は手を顎にあてて何やら考え始める。
そして、はっと閃いたような顔をして嬉々として聞いてくる。
「ということはお金以外で給料を払えばいいんですよね?」
「ま、まあ、そういうことになるか……?」
「給料、給料………はっ! まさか先輩、私にいやらしいことを要求しようとして!?」
「ねえよ。断じてねえよ」
「家庭教師という立場を利用して、私にあんなことやこんなことを……はわわっ」
「はわわっじゃねえよ。勝手に変な妄想すんな」
頬に手をあてて、ぽっと顔を赤くする椎名。
なんて妄想力してんだ、こいつは。
「え。村上先輩、そういうことがしたいんじゃないんですか?」
「誰がするかよ。かわいい後輩をいじめるなんてこと、するわけないだろ」
「へっ? かわ、いい……?」
「そうだよ。何の目的かは知らんが、後輩が自分を頼ってくれたんだ。そんなやつに手を出すほど悪い奴なつもりはない」
「そ、そう……ですか」
そう呟き、椎名はどこか寂しそうな顔をする。
次は何を考えてんだ、そう口から出ようとした言葉をギリギリで飲み込む。
椎名の寂しそうな目には、何か別の感情があったような気がした。
「村上先輩……」
「ど、どうした?」
椎名は、一つを深呼吸をして、
「先輩の言う通り、実を言えば勉強以外にもう一つ目的があります」
「ああ」
「……でも。本当に、どうしても、何を犠牲にしても。私は、先輩に家庭教師をしてほしいんです」
「………」
「さっき話していた給料のことも、先輩のためなら私、なんでも出来ますから。本当に、そ……そういうことでも構いませんっ」
「お、おいバカ。何言って──」
バカなことを口走り始めた椎名に制止をかけるが、時既に遅し。
案の定、外野が騒ぎだす。
『あの一年生、村上相手になんでもするとか言ってるぞ』
『ちょっとやめなよ。もしかしたら、あの一年生が脅されて言わされてるかもしれないでしょ?』
『そんなことして後輩に手を出すなんて。村上の野郎、もしやロリコン……』
おい、なんで俺が悪いことになってんだ。
というか最後ロリコンとか言いやがったのは誰だ。そいつだけは許さねえ。そいつの携帯に、片っ端から幼女の画像送り付けてやる。
「先輩ぃ……」
「ぐっ……」
三度破壊力の高い上目遣いをしてくる椎名。
手は祈るようにして合わせ、胸の前に置いてある。
椎名の潤んだ瞳の、熱い視線。
周りからの、無慈悲な冷たい視線。
俺は額に手をあて、大きくため息を吐く。
「…………わかった。やるよ、椎名の家庭教師」
「ほんとですか!?」
「ああ」
さっきの悲しげな表情はどこへやら。椎名はキラキラした目で俺を見つめてくる。
そして彼女は俺の両手を取り、
「これからよろしくお願いしますね、先輩♪」
思わずドキッとするような、かわいい笑顔を咲かせたのだった。
こんにちは。新米小説書き、風井明日香と申します。
まずはこの小説を開いてくれた皆様、ありがとうございます。
本作品は私にとっての二作目となります。前作同様、性癖ダダ漏れで終始甘くてゆるーい内容となっていますので、ご注意を。
そんなゆるゆるな作品ですが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。それでは、また次回で。
2022/06/28 追記
この度、第10回ネット小説大賞「応援イラストプレゼント企画」に本作が当選いたしました!
描いていただいたのは、今回登場しております「椎名梓」ちゃんです!
すごい! かわいい! 最高です!
こういったコンテスト・小説賞などは人生初めての応募だったのですが、こんなにも嬉しいことがあるなんて……!
すべての関係者の方々に深く感謝いたします……! ありがとうございます!
ネット小説大賞公式サイトでは、こちらのイラストはもちろん、他の当選者の方々の応援イラストもご覧いただけます!
皆様、是非一度ご確認ください!
2022/07/08 追記
上記企画にてキャラデザを担当していただいた茶々蔵様のpixivフォロワー2000人を記念したイラストにて、椎名梓ちゃんを新たに描き下ろしていただいております!!
企画のご縁でこんなものをいただけるなんて……本当にありがとうございます!
イラストをクリックしたみてみんの説明欄、または下記評価欄にリンクを貼っておりますので、是非ご覧ください!!