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17 応援


「悪い、明日の家庭教師は出来なくなった」

「え~、そんなあ。なんでですか~?」

「ちょっと用事が入ったんだよ」

「用事、ですか?」

「ああ」


 今週最後の平日の夕方。

 いつものように椎名の家で家庭教師をしている途中、椎名にそんな話をする。


「実は、明日は紗月のテニスの試合なんだよ。それの応援に行く」

「そうだったんですか、ふ~ん……」

「なんだよ」

「べっつにぃ~。私を置いて他の女に会いに行く先輩には関係ないです~」

「そんなへそ曲げるなよ。一日くらい勘弁してくれ。明後日は行けるから、な?」

「へそなんか曲げてないです~」


 唇をつんつんさせてそっぽを向く椎名。

 あきらかに90度以上へそ曲げてるじゃないか、まったく。


 だが、今回ばかりは譲ることが出来ない。

 前回の紗月の試合。いつも通り見に行くつもりだったのだが、ちょうどそのときに奏が風邪を引き、その看病で見に行くことが出来なかった。

 だから、明日は必ず見に行くと、既に紗月と約束しているのだ。


「というか、今井先輩ってテニス部だったんですね。全然知りませんでした」

「あれで意外と強いんだぞ。去年も一年生でいきなりレギュラーだったしな」

「そうなんですか。ほんとに意外ですね、普段はあんななのに」

「ははは……」


 後輩にまであんなの呼ばわりされるとは、なんとも可哀想なやつだ。……まあ、自業自得だが。

 そんな紗月だが、俺にとっては長い付き合いの大切な幼馴染だ。応援くらいは当然してやりたい。


「まあ、そういうことだから明日は無理だ。ごめんな」

「いいですよ、別に。休みの間私が独り占めするのはズルいですし」

「ずるい?」

「二股先輩には関係ないことです。私のことは気にせず、しっかり今井先輩のこと応援してあげてください」

「なんかすごい失礼な名前で呼ばれた気がするが……。ありがとな、そうさせてもらう」

「はい」


 そう返事した椎名の笑顔に、前と同じ寂しさが見えた気がして思わず視線をそらした。



 * * *



 休日の朝。

 いつもなら思いっきり寝坊して朝昼合同演習でご飯を食べたりするのだが、最近は休日も規則正しい生活を送っている。

 理由は、他でもない椎名の家庭教師のためである。


 そこそこ早い時間から椎名様のお呼びの声がかかるときもある。

 平日の放課後にプラスして休みの日もずっと家庭教師をするなんて、実際に本当の家庭教師だったらどれだけ給料が出るのだろうか。


 給料といえば、椎名の家庭教師を始めてからそこそこ経つが、結局給料の話がうやむやになっていた。

 親の同意のもとではない、高校生同士の契約だ。さすがにお金を請求するのはダメな気がするし、そもそもお金を取るなんてことはしたくもない。


 少し前には、見返りとして晩御飯をご馳走になったりしたが、毎回そんなことをするのも気が引ける。

 というか、そんな頻繁に椎名家で夕飯を食べていたら、奏が寂しがってしまう。それはいけない。後々痛い目に遭う。


 実のところ、俺自身、見返りが欲しくて家庭教師をしているわけではない。

 じゃあ何を目的にやっているのかと問われれば、正直自分でもよく分からない。

 たしかに、最初は断りづらい頼み方と場面だったから了承したが、いまだに辞めていないのは明らかに自分の中に何か理由があるはず。


 誰かに勉強を教えるのというのが意外に面白かった。そんな理由もあるはず。

 その、誰かに教えるということが自分の勉強にもなっている。それもあるだろう。


 あるいは、椎名と過ごす時間が単純に楽しい。……そんなのも、もしかしたらあるのかもしれない。

 とにかく、理由は漠然としているが、俺は見返りや給料なんてものは全くと言っていいほど求めていないのだ。


 しかし、椎名はそれを認めてはくれないかもしれない。

 初日から、十万円なんていう女子高生とは程遠い額を突きつけてきたのだ。それよか、それがダメなら体で払うなんて言う始末。

 そんなやつに見返りなんていらないと言おうものなら、全力で反対されるに決まっている。


 だからこそ、何か明確な報酬を見つけないといけないのだが、当然すぐに見つかる訳もなく。

 結局ずるずると椎名との平和な日常に甘えてしまっている。


「陸? そんな難しい顔してどうしたの?」

「あ、いや、なんでもない。少し考え事してただけだ。」

「考え事? ああ、女子体操着でブルマとスパッツのどっちがいいか考えてたのね」

「お前の頭をどうにかできないか考えたんだよ」


 隣を歩く幼馴染の声で現実に引き戻され、我に返る。

 今日は紗月のテニスの試合当日。試合とは言っても今回は校内の練習試合だ。


「今日はありがとね、陸。応援に来てくれて」

「気にするな。俺が行きたいから来てるんだ。弁当のお礼も兼ねてるしな」

「それでもありがと。今日は陸にかっこいいとこ見せちゃうからね」

「ああ、期待してる」

「あ、でもスコートの下はパンツじゃないの。ごめんね?」

「おう、そっちの期待は全くしてないぞ」


 いつも通りの紗月を適当にあしらいながら、通学路を歩く。

 思えば、こうして紗月と一緒に学校に行くのも久しぶりな気がする。


「なんか、陸と一緒に学校行くの、新鮮よね」


 紗月も同じことを思っていたらしく、えへへとはにかみながらそう言ってくる。


「たしかにな。さすがに、毎日朝練の時間に起きるのは無理だ」

「陸、朝弱いもんね~。てっきり今日も、休日だしお昼まで寝てるのかもとか思ってたわ」

「まあ、最近は休日も早起きしててな」

「そうなの? 私はてっきり、愛する幼馴染とのお出かけが楽しみ過ぎて眠れなかったのかと」

「はいはい、そうですそうです」

「全く愛が感じられないんですけどー」


 まあ、愛するまでは行かなくとも、紗月は俺の唯一無二の幼馴染だ。

 そのためなら、朝少し早めに起きることくらい、どうということはない。


 駅に着き電車に乗り込むと、休日なだけあり車内はかなりすいていた。

 普段は座れない座席に二人で腰掛ける。


「こうしてると、なんだかデートみたいね」


 にししと笑いながら肩をくっ付けてくる紗月。


「そうだな。だが、デートで私服がジャージなのは女子力マイナス三十点だな」

「もー! 部活なんだから仕方ないでしょー?」


 ぽこぽこと、さっきまでもたれかかっていた俺の肩を叩いてくる。

 甘んじてそれを受け止めながら、窓の外を眺める。


 たまには、昔みたいに紗月と二人でゆっくりと休日を過ごすのも有意義かもしれない。

 そんなことを考えながら、こっそりと心の中でマイナス三十点をプラスに変えておいた。



 * * *



 電車から降り、相変わらず紗月と他愛もないことで会話に花を咲かせていると、すぐに学校に着いた。

 部外者の俺が部室やテニスコートの中に入っていくのは当然ダメなので、テニスコートの外から網越しに中を見守る。


 十分ほど待っていると、着替えを済ませた部員の人達が準備し始める。

 コートの整備、あいさつ、準備運動といった感じで進み、試合前の練習で軽く打ち合う。


 ちょうど、俺が立っていたところとは対角線上の奥のコートに紗月を見つけた。

 そのすぐ横まで移動し、華麗にボールを返球する紗月をただただ眺める。


 中学校の頃から一度も休まず部活をやっていた紗月は、素人の俺が見ても分かるほど綺麗なフォームをしている。


 紗月は、昔からすごく運動神経がよかった。

 幼稚園の鬼ごっこでは、誰も捕まえることも逃げ切ることも出来なかった。

 小学校の運動会でも、徒競走ではいつも一位。団体リレーのアンカーもやっていた。


 それに対して俺は、万年文化部の超インドア派。

 趣味は読書で、体育の成績はいつも中の下。

 つくづく、紗月との付き合いが続いているのを不思議に思う。まあでも、腐れ縁なんて案外そんなものなのかもしれない。


 ふと、俺の視線に気づいた紗月がこちらに向かって手を振ってきた。

 嬉しそうに手を振る彼女に、俺も手を振り返す。


 すると、紗月の周りにいた部員の子たちが怪訝そうな顔でこちらを見てきた。

 軽く犯罪者を見るような目で、ひそひそと耳打ちし合っている。

 やましいことなんて何もしていないのに、なんとも居心地が悪い。


 しかし、紗月はそんな周りの目なんて全く気にした様子もなく、笑顔のまま手を振り続けてくる。

 その笑顔を見ると、案外他人の目なんてどうでもよくなった。


 紗月の応援に来ている以上、この程度のことでへこたれている場合ではない。

 そう気を取り直して、俺も笑顔で手を振ってこたえるのだった。

ジャージ姿の女の子にも、需要はあると思うのです。

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