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15 帰宅


「はあ……ひどい目に遭った」


 椎名の家から帰宅する途中で、ため息と一緒にそんな言葉がこぼれる。


「ひどい目って何よ陸。美少女二人に囲まれて最高だったでしょう?」

「自らを美少女と言うようなやつがその片方だったがな」


 結局いつもの俺の帰宅時間まで椎名の家で勉強……はあまり出来てなかった気がするが、終始二人に振り回されてかなり疲れた。

 二人ともをマイナス三十点してお互いに振り出しのゼロ点に戻したせいで、余計に二人の対抗心を煽ってしまったらしい。


「もう、陸の採点は厳しすぎるのよ。ほら、こうやって私と並んで歩けてるんだし、加点ないの?」

「俺は散歩させてもらってる犬か何かか。自意識過剰って言葉知ってるか?」

「またまた~、ほんとは嬉しいんでしょ? ほら、イェスならワンと鳴きなさいな」

「………」

「なんで黙るの~。久しぶりに私と一緒なんだし、嬉しくないの?」

「わん」

「なんでよ! 私に魅力がないとでも!?」

「わん」

「むきー!!」


 そんな冗談で紗月をからかってると、もう俺の家の前まで来ていた。


「じゃあな。紗月は明日も朝から部活か?」

「ふーんだ。こんなかわいい幼馴染が隣にいるのに、ときめかない男なんかには教えなーい」

「そんなにヘソ曲げるなよ。さっきのは冗談だ、久しぶりに紗月と帰れてうれしかったよ」

「……ほんと?」

「ああ、嘘じゃない」

「ほんとにほんと?」

「なんならプラス十点だ」

「眼鏡の点数の三分の一なのが気に入らないけど……そこまで言うなら信じてあげる」


 頬を膨らませて不満げながらも、少しは機嫌を直してくれた。

 仕方ない、眼鏡は偉大なのだ。まあ、たぶんどっちからも批判が殺到しそうだし、これから眼鏡の加点は控えてやるか。


「明日も朝から部活だよ。うふふ、陸は私に会えなくて寂しいのかしら~?」

「わん」

「も~、いい加減素直になりなって…………え? 今陸なんて」

「じゃあな、また明日」

「ち、ちょっと、陸ったら!」


 しつこく聞いてくる飼い主をスルーして、玄関のドアを開けて中に入る。

 久しぶりの紗月と二人での帰り道で、ちょっとばかしからかいすぎただろうか。

 いや、でもまあ、お互い様だろう。


 そんなことを考えながらドアを閉めて、いつもよりちょっとだけ大きな声で家に帰りを告げた。


「ただいま〜」



 * * *



「おかえりー」


 一番に聞こえてきたのは、台所にいるであろう母さんの声だった。

 一旦鞄を下ろし靴を脱いでいると、階段からパタパタとスリッパの音が聞こえてくる。


 靴を揃えて振り返ると、その足音の主が勢いよく抱きつき、俺の胸に顔を押し付けてきた。

 俺はそれをやさしく受けとめ、彼女の頭に手を乗せる。


「ただいま、(かなで)

「おかえりなさい、兄さん」


 腕の中の少女は、聞き馴染んだまだ少し幼い声でそう言ってくる。

 彼女の名前は村上(むらかみ)(かなで)。奏が俺を「兄さん」と呼ぶことから分かる通り、彼女は俺の妹だ。


 俺は奏の髪を丁寧に撫でながら、彼女をなだめるような口調で話しかける。


「いきなり抱きつくと危ないだろ?」

「ごめんなさい。奏、兄さんが心配で、つい……」

「心配しなくても、俺は奏を置いて勝手にどこかに行ったりなんてしない」

「じゃあ、学校行かないでください」

「いや、それはダメだろ」

「大丈夫です。奏も学校行きませんから」

「なおさらダメすぎる」


 奏は、次の誕生日で十四才になる中学二年生。

 家でも外でも、奏は比較的大人しい女の子だ。


 気が利いて、母さんがいないときには家事も出来て、頭だって良い。

 そんな一目完璧な妹にも、弱点が二つだけある。


「奏、今日は学校で何か変わったことはあったか?」

「ん! そうです兄さん、聞いてくださいっ。なんと今日、隣の席の人と話すことが出来たんです」

「おお、すごいじゃないか奏。ちなみに、どんな話をしたんだ?」

「ふふん。奏は一字一句忘れずに覚えてますよ。今日の三時間目、隣の席の人から『次移動教室だよね?』『うん』って」

「……それだけか?」

「? それだけですけど」

「そ、そうか。偉いぞ、奏」

「はい~♪」


 俺に頭を撫でられると、気持ち良さそうに目を細める奏。

 今の奏の話を聞けばおおよその予想は出来ると思うが、彼女の一つ目の弱点は、かなりの人見知りだということだ。


 先ほど、奏は家でも外でも比較的大人しいと説明したが、奏はその性格上あまり人と積極的に関わるタイプではない。

 そうして生活していくうちに、いつしか人と関わることに苦手を感じるようになってしまったらしい。


「奏も、学校で友達作らないと、一度きりの青春が勿体ないぞ?」

「むぅ。いいんです、奏は兄さんさえいれば友達なんていりません」


 これが奏のもう一つ弱点。いわゆるブラコンというやつだ。

 昔から奏は甘えん坊の妹だった。何かと俺のあとを付いてきて片時も離れようとしなかった。


 それも中学生になるころには無くなるだろうと思っていたのだが、俺の考えはミルクココアより甘かった。

 中学校に入っても、一年経って学年が上がっても、奏の甘えっぷりは収まるどころか度を増していった。


「奏は兄さんが大好きで、兄さんさえいればいいんです」

「そうかよ。兄離れなんてのは夢のまた夢だな」

「奏の辞書に兄離れなんて文字はありません」

「ったく……」


 悪態をつきながらも、なんやかんや奏の頭をずっと撫でている俺。

 そう、これは俺の悪いところ。自分で兄離れがなんていいながらも、結局は奏を甘えさせてしまっている。


「陸、奏。ごはんよ~」


 俺が帰ってくるのを見計らっていたかのようなタイミングで、台所の母さんから声がかかる。

 思えば、ずっと玄関で話していて、鞄も置きっぱなしだった。


「「はーい」」


 扉の向こうの台所に、二人して間延びした返事を返す。

 リビングに鞄を置き、ネクタイと上着を脱いで食卓に座る。

 俺の横に奏、その正面に母さんが座り、三人で手を合わせる。


「「「いただきます」」」


 いつもと同じように、三人声を合わせてから母さんのご飯をいただく。

 いつも通り母さんの料理はおいしくて、自然と箸が進む。

 と、母さんが何かを思い出したように口を開く。


「そういえば陸、最近帰りが遅いけれど、部活でも始めたの?」

「ん! 奏もそれ気になります!」


 母さんに続き、エビフライをつまんでいた奏も俺のほうを向く。


「いや、部活は始めてない。始めるつもりも今のところない」

「じゃあ兄さんは毎日放課後にナニしてるんですか?」

「なんか今ニュアンスおかしくなかったか」

「気のせいです。さあ兄さん、白状してください。さもないと兄さんのエビフライの命はありませんっ」

「お前が食べたいだけだろ。別にたいしたことじゃない。後輩に勉強を見てほしいって頼まれたんだ」

「それを毎日ですか? それってなんだか、家庭教師みたいですね」

「おっしゃる通りで」


 元に、最初からその名目でお願いされてるしな。

 初めは、家庭教師なんて言われてもピンとこなかったが、今はそう呼ばれたほうがなんとなくしっくりくる。


「陸が家庭教師ねえ。しっかりその後輩の子に教えてあげられてる?」


 母さんが心配そうな顔で聞いてくる。


「いや、大丈夫。あいつ理解力高いし、教える必要すらないくらいだ」

「それって、兄さんが家庭教師をする必要あるんですか?」

「あるらしいんだよ。あいつ曰く」


 俺もつくづく疑問なところだ。俺がいなくても充分な成績は残せるだろうに。

 そんなことを考えながら残りの夕飯を食べきり、お皿たちを流しに持っていく。


「あ、お風呂は沸いてるわよ。パパが帰ってくる前に入っちゃいなさい」

「ん、わかった。奏、どうする?」

「兄さん先に入って大丈夫ですよ。奏は後で入りますので」

「そうか、ありがとな」

「はいっ」


 気が利く妹の頭をもう一度撫でてから洗面所に向かう。

 脱いだ服を洗濯機の中に放り投げ、浴室に入る。


「ふぅ~」


 湯船に肩まで浸かり、全身の力を抜く。

 今日は、一際(ひときわ)気を使っていたせいで精神的な疲れが大きかった。


 今俺を癒してくれるのは、奏くらいしかいない。

 あの小悪魔と変態には、いかんせん純粋さが足りない。あの二人にも、もう少し奏のような純粋な心が必要だ。


 俺が帰ってきたら純粋な笑顔で出迎えてくれて、気遣ってくれて、心配してくれて。

 あんなに、気が利いて純粋な妹なんてなかなかいな──



 ガラッ。


「兄さん、一緒にお風呂入りましょう!」






 …………純粋って、なんだっけ。

奏選手、ご入場です。

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