14 採点
「女子力点数で!」
そう、意味不明なことを言い放った紗月は「ふっ、決まったぜ」とでも言いたげなドヤ顔でこちらを指差した。
「ふっ、決まったぜ」
「決まってねえよ」
本当に言いやがった。ついでに、誇らしそうに鼻息も吐いた。
横にいた椎名は「?」と首をかしげていた。
「女子力点数ってなんだよ」
「言葉通りよ? 私たちの女子力を点数にして陸に評価してもらうの」
「なんで俺がそんなことしなくちゃいけないんだ」
「陸が言ったんでしょう? 俺の妻として相応しいかは俺が決めることだって」
「記憶の捏造はやめろ。それに、俺は決めるつもりがないとも言ったぞ」
「記憶にございません」
「おい」
スーっと視線を明後日の方向にそらす紗月。
と、そらした視線と逆側にいた椎名が何かを考え込んでいるのが見えた。
「椎名はどうなんだ、その女子力点数?の話。乗り気なのか?」
「わ、私は……」
言葉を詰まらせて、うつむいてしまう椎名。
しかし、少し考え込んだ後、俺と紗月の顔を交互に見ると、
「私は……賛成です。せ、先輩の生徒として負けるわけにはいきませんからっ」
「ほらっ、椎名ちゃんも陸のお嫁さんになりたいのよ。渋ってるのは陸だけだって」
「そ、そこまでは言ってないです! あくまで私は、生徒としてですよ!」
「ええ? そんなに大差ないじゃない」
「大有りです!」
女子同士で何やら揉めているのを横目に、紗月の言っていたことを考える。
いきなり女子力の点数を付けてくれと言われても、俺が理解できている女子力なんて、たかが知れてる。
「俺に女子力を問う時点で問題があると思うが、実際どう採点するんだ?」
「ん~と。私が考えてるのは、日常生活の私たちの行動を陸が見て、加点方式で採点って感じかしら。例えば~」
そう言いながら、紗月はギュッと俺の腕に抱きついてきた。
「陸ぅ~。今日の私のお弁当、おいしかったかしら?」
そして、わざとらしい上目遣いと甘い声色で囁いてくる。
「え、ああ。お、おいしかったぞ?」
「ほんと? えへへ、うれしい~。また来週も作ってあげるね♡」
「………」
いつもとあまりにも違いすぎるデレッデレの紗月に言葉が出なくなる。
抱きついている俺の右腕には彼女の胸が押し付けられており、そこはかとなく彼女の成長を感じた。
「まあ、こんな感じかしらっ。どう? 陸的に今ので何点プラス?」
何点プラスか。たしかにそういう加点方式で、俺の独断と偏見の採点でいいのなら、多少気は楽かもしれない。
「そうだなあ。ちょっといつもと違いすぎだし正直引いたからマイナス三十点だな」
「なんでよっ!? ていうか加点方式って言ったじゃない! なんで減点するの!」
「いや、ルールは守ってるぞ? しっかりマイナス三十点を"加点"したじゃないか」
「むむむ~。理系うざい」
「何が理系だ。中学生の初歩だぞ」
つまらなさそうに唇を尖らせる紗月。
まだまだ数学力と国語力がなってないようだ。椎名よりも紗月の勉強のほうが心配になってきたな。
「じ、じゃあ、次は私の番ですねっ」
と、背番号マイナス三十の紗月に代わり、椎名がマウンドに出る。
椎名は俺の目の前で大きく深呼吸したあと、スカートのポケットに手を伸ばす。
俺と紗月が固唾を飲んでその様子を見守る中、椎名はポケットから取り出した"それ"をゆっくり顔に掛ける。
そして──
「先輩、眼鏡の私は好き……ですか?」
「プラス三十点だな」
「不公平!!」
椎名は、えへへと少し恥ずかしそうにしながら微笑むが、横のマイナス三十がうるさい。
「不公平よ陸! 私との差がひどいわよ!」
「別に、俺個人の判断でいいなら文句はないだろ」
「椎名ちゃん今眼鏡掛けただけじゃない! それなら私も眼鏡掛けたらプラスしてくれるのっ?」
そう言うや否や、椎名にお願いして眼鏡を借りて、こちらを振り向く。
「ほらっ、どうなの? 私の眼鏡姿は」
「プラス三十点だな」
「うれしいけどなんか納得いかない!」
「どうしろと」
せっかくプラスの加点をしてやったのに、わがままの多いやつだ。
「どうせこれでプラスマイナスゼロ点だろ。よかったじゃないか」
「え? 私の点数、今三十点だけれど?」
「は? いや、最初のマイナス三十点はどうなったんだよ」
「初期ポイントがゼロで、点数にマイナスの概念はないから、マイナス三十点は無効だもん」
「随分と横暴だな」
「私が言い出したんだし、ルールくらい自由にしていいでしょー?」
「まあ、それもそうか……」
個人的には、現時点で椎名と紗月が同点数なのは気に入らないが、考案者は紗月なわけだし、仕方ない。
「ちなみに、この点数はいつまでつけ続けるんだ?」
「ん~、考えてなかったわね。椎名ちゃんは何か希望ないかしら?」
「私ですか? ええと、個人的な希望ですけど、次のテストまでとかはどうですか?」
「次のテストって言うと、中間考査ね。わかったわ、それでいきましょう」
椎名の案に二つ返事で了承した紗月は、俺のほうを見て「陸、わかった?」と聞いてくる。
うちの学校では一年度でテストを五回行う。一学期中間と期末、二学期中間と期末、そして学年末とある。
一番始めの一学期中間考査を行うのは五月後半あたり。すなわちどういうことかと言えば、
「俺はこれから一ヶ月近くお前らの点数をつけないといけないのか」
「頑張ってね~、陸」
「お願いします、先輩」
「はあ……わかったよ。だが、女子力なんてものは俺には分からないし、本当に俺個人の偏見で採点するからな?」
「大丈夫よ。逆に言えば、私たちはとりあえず陸をときめかせればいいってことだし」
「はい。だから、先輩は好きなように点数をつけてください」
かくして俺は、教師らしく後輩の生徒と幼馴染を「採点」することになったのだった。
* * *
「それで、なんでこうなったんだよ」
「そうですよ。なんで今井先輩も村上先輩の隣に座ってるんですかっ」
「私は、幼馴染として陸がしっかりやってるかどうか監督してるだけよ。椎名ちゃんこそ、ただの生徒のくせにちょっと近すぎるんじゃないかしら?」
「私は先輩に認められた唯一の生徒で、ただの生徒ではありませんから」
「紗月に監督をお願いした覚えも、椎名以外に家庭教師を頼まれたこともねえよ……」
俺を挟む形で口論する、両脇の女子二人。
両手に花という状況は、必ずしもいい状況ではないことが身を持って実感できた気がする。
「紗月、俺はお前が心配しなくてもしっかりやれてる。自分で言うのもなんだが、真面目で普通な家庭教師だ」
「で、でも、もしかしたら、陸が家庭教師という立場を利用して椎名ちゃんにあんなことやこんなことをしてるかもしれないじゃない!」
「しねえよ。なんで寄ってたかって同じ思考をするんだ、お前らは」
なぜこいつらは俺を犯罪者にしたがるのだろうか。
かれこれ十六年、ずっと誠実に生きてきたというのに、近くで見てきた紗月でさえ全く信用が得られていないらしい。悲しい。
「椎名も椎名だ。紗月に対抗心を燃やすのはいいが、そんなにくっつかれたら勉強出来るものも出来ないだろう」
「うぅ。そ、それはそうですけど……」
「けど、なんだ?」
「その……こうしていないと村上先輩が今井先輩にずっと構っちゃいそうな気がして……」
後半にかけてボソボソと声が小さくなる椎名。
そんなこと、と言ったら怒られるかもしれないが、本当に気にすることでもないと思うのだが。
「安心しろ椎名。俺は家庭教師をするためにここに座っているんだ。隣の変態が何をしようと仕事はしっかりやる」
「先輩……!」
「あの、全部聞こえてるんだけど?」
またマイナスが騒いでいるが、返答したらしたで面倒になりそうだったので無視しておく。
それから椎名に勉強を教える途中、隣から「おーい」とか「ねえー」とか「あへえ」などと声が聞こえてきたがスルーだ。
だが、俺の幼馴染の構ってほしさに早くも限界が来たらしい。
いきなり、さっきと同じように腕に抱きついてきた。
「ねえ陸~。私も教えてほしいことがあるの~」
「なんだいきなり」
「私に、保健体育教えて~♡」
「お、おい」
またもや紗月は、意外にふくよかだった胸を俺に押し付け、耳元で息を吹きかけるように囁いてきた。
最近になって増してきた彼女の髪の香りと、耳を撫でる吐息に、思わず背筋が伸びる。
今さら、紗月にドキドキさせられることなどないと自負していたのだが、耳は弱いのでやめてほしい。耳は。
「せ、先輩。しっかり私のほうを見てくださいっ」
「わ、悪い。分かったから、そんなにくっつくなって」
「ダメです。先輩は私だけ見ていてくださいっ。私だって負けないんですから……」
そんなよく分からないこと口走った椎名は、紗月と同じようにぎゅむ~っと胸を押し付けてくる。
な、なんでこいつらは、何かと胸を当ててくるんだ。
椎名も紗月も、そこそこな大きさを持っているため、意識せざるを得ない。
「陸ぅ。ねえねえったら~」
「先輩っ。こ、こっち見てください」
両側から綱引きのように引っ張られる。
これが、物理の基礎である力のつり合いというやつなのであろうか。
とりあえず、俺には二人に対して行わないといけない、とある義務がある。
彼女らも、それを望んでいるのだろう。
俺は、自信を持ってその言葉を二人に伝える。
「二人とも、マイナス三十点だ」
「「えぇー!?」」
……ある意味この採点制度は、二人を制御することの出来るカードかもしれない。そう気づいた瞬間だった。
眼鏡は加点対象です。




