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13 下着


 幼馴染みの紗月は、昔から明るくて太陽みたいな女の子だった。


 彼女と最初に会ったときのことはよく覚えていない。気づいたら一緒にいた、と言った記憶しかない。

 そこだけ聞けば記憶喪失のそれだが、別にそういうわけではなく、ただ単に彼女と出会った歳が幼すぎるだけだ。


 親に聞けば、俺と紗月の産まれた病院がたまたま同じだったらしい。

 ご近所だったこととそのことがきっかけで親同士が意気投合。それで俺と紗月で遊ばせることが多くなったとか。


 物心ついた頃から、俺はそんなに明るい性格じゃなかった。周りの大人や幼稚園の先生にも、よくおとなしい子だと言われてきた。

 しかし紗月は、そんな俺に対しても、いつも太陽みたいに眩しい笑顔で話しかけてきた。


 俺がおとなしかったこともあり、いつも紗月がお姉さんぶっていた記憶がある。

 よくおままごとにも付き合わされ、なんとも奥さんの権力が強い家庭になっていた。


 でも、今思えば、紗月に振り回されて他の子たちへ関わることが多くなったおかげで、今の俺があるのかもしれない。

 俺の横にはいつも紗月がいて、彼女のおかげ……いや、彼女のせいで俺は多少明るくなれて、人と関わることも好きになった。

 あらためてこんなことを紗月に話したりなんてことは絶対しないが、心の中では密かに感謝している。


 ところが、彼女と俺がが中学生になった頃、それは突然に起きた。

 そう、彼女にも「思春期」というやつが訪れたのだ。それからというもの、彼女の俺への態度は豹変し──



『やっぱり陸も、おっぱいの大きい女の子のほうが興奮するのかしら?』



 変態以外の何者でもなくなった。

 最初はたしか、いつものように並んで歩いていた通学路だった。何気ない流れで紗月はその言葉を吐いた。

 これまで生きてきて、あれほどまでに俺が声を上げて驚いたことはなかっただろう。


 それからというもの、ことある度……具体的に言えば、俺に話しかける度に、彼女は下ネタを吹っ掛けてきた。

 一応補足しておくと、彼女がそんな態度をとるのは俺しかいない。

 他の友人らには普通の女の子で接しているのに、俺の前だといつも変態になる。


 おそらく、これが巷でいうツンデレというやつなのだろう。たぶんおそらく絶対違う。

 というか、変態なわけだしどちらかというとヘンデレのほうが正しいかもしれない。しっくりくるな、これ。


 まあ、そんなデレ要素を期待することもなく、実際に表れることもなく、現在に至る。

 彼女の変態さは言わずもがな、今になっても全く変わっていない。


 最近は、一周回ってその変態さが彼女らしさなんだと思うようになってきた。

 もし紗月が下ネタを言わなくなったら、おそらく俺は一目散に彼女の熱を測るだろう。



 そして今現在、俺は椎名の家から最寄りのコンビニでまったりと買い物をしている。

 そんな中、椎名と変態は二人きりで「話し合い」をしているらしい。

 簡単に状況説明をするなら、虎の檻に子猫を入れたような状態である。まあ、虎に失礼な気もするが。


 俺が、かわいい子猫こと後輩兼生徒の椎名を檻に置き去りにしているのも、まったりコンビニで買い物に勤しんでいるのも、他ならぬ虎のせいである。


 虎のくせに甘いもの好きな彼女のために、頼まれていたメロンパンと四ッ矢サイダーをレジへ持っていく。

 彼女から預かっている千円札を財布から取りだし、商品と一緒にレジのお兄さんに差し出す。

 慣れた手つきのお兄さんがパパッと会計を済ませ、袋に入れた商品とお釣りを受けとる。


 お兄さんの「ありがとうございました~」というよく響く声を背中で聞きながら、自動ドアをくぐる。

 見上げた空は雲一つない快晴で、椎名への罪悪感でほんの少し落ち込んでいた心が少し楽になった。


 いくら紗月が変態で行動が予想出来なくとも、椎名を傷つけるようなことはないだろうし、いらない心配だったかもしれない。


 行きよりも軽い歩きで椎名の家を目指す。ものの数分でたどり着き、階段を登って扉の前までやってくる。

 必要ないかもとは思いつつ、扉を軽くノックしてから中に入る。


 と、なにやら廊下の奥の扉の向こうから、物音が聞こえる。

 少し疑問に思いながら靴を脱いで、その扉へ足を進める。


 近づくほどに物音は大きくなり、扉の前までくると二人の声も聞こえてきた。

 何を喋っているかは聞き取れなかったが、どうやら穏便な話し合いではなさそうな感じがした。俺は嫌な予感がして、躊躇(ちゅうちょ)なく扉を開ける。


「おーい、紗月。買ってきた……ぞ……」


 思わず言葉が途切れる。ついでに思考も途切れた。

 それだけの衝撃を与えてきたのは、当然視界に入ってきた虎と子猫が原因で──



「む~。年下のくせに私より大きいおっぱいしてるわね……」

「ひゃっ、あんっ。今井先輩、ど、どこ触って……んぁっ……」

「それに私のより心なしか柔らかい気もするし……」

「ん、んぅ……ひゃっ! そ、そこは……あんっ、んんっ!」



 扉を開けた俺の目の前には、白い肌を露出させ、あられもない下着姿でくんずほぐれつ絡み合う後輩と幼馴染がいて……。


「……お前ら、何してんだよ」

「あ、陸。おかえり」

「ひにゃっ! せ、先輩!?」


 俺が片手で多少視界を遮りながら二人に話しかける。紗月はいつも通りの返事をして、椎名は裏返った変な声を上げる。

 下着姿の二人は、椎名を下敷きにする形で紗月が押し倒しているような状態。

 年頃の健全な男子高校生からすれば、なんとも目のやり場に困る絵面だった。


「陸ったら帰ってくるの早いわよ。しっかり買ってきてくれたの?」

「これでもゆっくり行ってきたつもりなんだが。ほら、メロンパンと四ッ矢サイダー。あとお釣り」

「ありがと~。あ、それおいしいメロンパンじゃない。分かってるわね、陸」

「そりゃどうも」

「なな、なんで二人とも平然と話してるんですか!? 先輩あっち向いてくださいっ!」

「あ、悪い」


 下着を腕で隠しながら必死で訴えてくる椎名に謝罪し、回れ右して視線をそらす。

 ちなみに下着の色は、紗月が白で椎名がピンクだった。


 言っておくが、俺は彼女たちの下着姿をじっくり観察したわけではない。

 そう、たまたま目に入っただけ。不可抗力というやつだ。


 余談になるが、椎名は結構かわいいもの好きらしい。下着にフリルがついていたから間違いない。


 ……念の為もう一度言うが、決してじっくり観察していたわけではない。

 椎名の胸が、やっぱり制服で見るより大きかったなんてことも一切考えていない。ない。


 背中の向こうで二人が服を着る音が聞こえる。

 あらためて冷静になってみると、心臓が落ち着かなくなってくる。

 あれだけ直視したというのに、着替えの音だけでなんともそわそわしてしまう。


「……もう、こっち向いてもいいですよ」

「あ、ああ」


 鼓動を落ち着かせながら振り向くと、二人はしっかり制服姿に戻っていた。

 椎名の頬は、まだ微かに朱に染まっていた。


「あらためて聞くが、お前らは何してたんだ?」

「そ、それは……」


 俺が二人に問うと、椎名が余計に頬を赤くして言葉を詰まらせる。

 俺に言えないようなことをやっていたというのだろうか。


「これにはちゃんとした理由があるのよ、陸」

「女子同士で絡み合うためのちゃんとした理由があるというのか」

「あるのよ~これが。それはね──」

「い、今井先輩っ。あ、あのことは……」

「大丈夫。そんな野暮なことしないわ」

「何の話だ?」

「陸には関係ないわ。女同士の秘密なんだから♪」

「なんだそれ」


 椎名と小声で話した後、意味深に笑みを浮かべながてこっちを向く紗月。

 そして、軽く世間話でもするように理由を説明し始めた。


「えっと、とりあえず、陸が買い物に行った後に、色々あって私と椎名ちゃんのどっちが陸に相応(ふさわ)しいかって話になったんだけどね?」

「いやなんでだよ。『色々』の中で一体何があったんだ」

「もう、細かいことは気にしてると下半身の寿命が短くなるわよ?」

「余計なお世話だバカ」

「まあ簡単に言えば、お互いに幼馴染と生徒として立場の尊厳を賭けて、仁義なき戦いをしてたの」

「それがどうして裸の絡み合いになったんだよ」

「もちろん、お互いの体を比べ合ってたのよ。どっちの体のほうが陸を満足させられるかは重要なポイントでしょう?」


 頭の痛くなるような言動をする紗月に、思わず頭を抱える。

 それのどこがちゃんとした理由だというのか。それよか、まず根本としておかしくないか。


「それ、幼馴染と生徒の尊厳として必要ないだろ。椎名もその勝負?を本当に引き受けたのか?」

「え、えっと。どちらが村上先輩に相応しいかの話になったのは本当です。そうしたら今井先輩が、まずは身体検査だっていきなり服を……」

「おい、話が違うぞ」

「ナ、ナンノコトダカ」


 紗月はそっぽを向いて吹けもしない口笛を鳴らし、椎名は恥ずかしそうにうつむいた。


「第一、俺に相応しいかどうかなんて俺が決めることだろ。そもそも決める気もないが」


 俺の言葉に、椎名はしゅんとした悲しげ顔をして、紗月は何かを考えているような顔をしていた。

 分かったのなら勉強するぞ、と言おうとした瞬間、紗月が声を上げる。


「いいことを思い付いたわ!」

「言わなくていいぞ、紗月」

「陸が言うように、陸にどっちが相応しいか決めてもらえばいいのよ」

「……具体的な判断基準は?」


 俺が聞くと、紗月は自信ありげに「ふっふっふ」と笑みを浮かべる。

 そして、俺をビシッと指差して高らかに宣言した。




「女子力点数で!」




「…………はい?」

先生、下着は女子力に入りますか?!

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