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12 初対面


 やはり、俺の選択肢は間違って……いたらしい。

 放課後の生徒玄関、俺の目の前には睨み合う二人の女子生徒。

 張り詰めた空気の中、俺に向かって二人同時に聞いてくる。



「先輩、誰ですかこの人」

「陸、誰なのこの子」



「えーっと……」


 二人のあまりの気迫に、思わず俺は言葉を詰まらせる。


 ことの発端は今日の昼休み。

 毎週水曜日恒例の、紗月のお弁当を食べていた時に彼女から一緒に帰ろうと誘われた。


 それは去年一年間ずっと繰り返してきたことで、俺は特に何も考えずに二つ返事でOKしてしまった。

 そして紗月が教室に戻ってから、初めて俺は事の重大さに気付いてしまった。


 そう。俺は、椎名のことを完全に忘れてしまっていた。


 ここのところ毎日椎名と帰宅して、直接椎名の家へ向かう生活をしていた。

 当然今日も例外ではなく、いつも通り椎名は玄関で俺を待っていた。

 そして、俺はそこに紗月を連れていってしまった。


「村上先輩とどういうご関係なんですか?」

「そういう君は、陸の何なのかしら?」


 そしてこの状態である。


 笑顔で会話する椎名と紗月。

 笑ってる。笑っているはずなのに、何故だか声が笑っていない。


「村上先輩。しっかり説明してください」

「陸。なんなのよこの子は」

「なんなのとはなんですか! 軽々しく先輩を下の名前で呼んで!」

「ふっふーん。ひょっこり出てきた君とは違って私たちは超付き合いが長いの~」

「なんでお前らは初対面で喧嘩腰なんだよ……」


 バチバチと視線で火花を散らす二人。

 いやいや、なんでもっと穏便にやり取り出来ないんだよ。

 高校生にもなってどういう神経してるんだ、こいつらは。


 内心ため息をつきながら、二人を落ち着かせようとするも、先程の紗月の発言に椎名が反論し始めた。


「私だって先輩と同じ屋根の下で毎日あんなことやこんなことをしてます~」

「ふ、ふーん。まあ私も? お風呂やベッドも一緒にした仲だし?」

「な! どういうことですか先輩!?」

「そうよ陸! なんでこの子と毎日一緒いるのよ!?」

「お前らが誇張して話しすぎなんだよ。二人ともちょっとは人の話を聞け」


 変なとこだけ息ぴったりで俺に問いかけてくるので、ちょっとだけドスのきいた声で二人を睨むと、素直に二人とも静かになる。

 とりあえず紗月の説明からしたほうが楽かもしれない。


「椎名。こいつは俺の幼馴染の今井紗月だ。幼稚園からの付き合いで、さっきのお風呂やらベッドのくだりはそのころの話だ。勘違いすんな」

「そ、そうだったんですか」


 ぎこちなく肯定する椎名。

 こいつは、本気で俺たちが現在進行形でそういうことをやっていると思ったのだろうか。

 そんなことをしてたのは、さすがに小学校に入るくらいまでの話だ。


 さて、問題は椎名の説明だが……。とりあえず単刀直入に行こうと思う。


「紗月、こいつは一年生の椎名梓だ。俺は、椎名の家庭教師をしている」

「ふーん、一年生の……って、へ? 家庭教師って……あの家庭教師?」

「他にどんな家庭教師があるのかは知らんが、その家庭教師だ」

「……え、え? どういうこと?」


 頭に疑問符をたくさん浮かべる紗月。

 どう説明したもんかと少し悩んでいると、椎名が紗月に話しかけた。


「今井先輩……で大丈夫ですか?」

「あ、うん。大丈夫だけれど」

「じゃあ今井先輩。今、村上先輩が言った通り、先輩は私の家庭教師をしてくれてます」

「椎名……ちゃんがお願いしたの?」

「はい。私からお願いしてやっていただけることになりました」

「り、陸、オーケーしたの?」

「ああ。後輩からの頼みだったし、まあその、断りにくい状況でな……」

「そ、そうなの……」


 心なしか寂しそうな表情をする紗月。

 なぜそんな顔をするのかは分からなかったが、あまり紗月のこういう顔は見たことがなかったため、内心少し気がかりだった。


「ですので、先輩は今から私の家で二人っきりで勉強するんです。行きましょ、先輩?」

「え、いや、ちょっと待……」


 俺の制止の声に耳を傾けることもなく、腕を掴んで強引に帰ろうとする椎名。

 すると、紗月がぼそっと口を開く。


「………も行く」

「「え?」」


「私も椎名ちゃんの家、行くから」

「「……え?」」


 椎名と俺は、息ぴったりにそう気の抜けた返事を口からこぼした。



 * * *



「へー。椎名ちゃんち、結構学校から近いのね~」

「そ、そうですね」


 三人で椎名の家へ向かう途中、意外にも紗月の口数が多かった。

 なんとなく、ぎこちない雰囲気のまま事が進むと思っていたのだが。


「椎名ちゃんは勉強苦手なのかしら?」

「べ、別に。そこそこですけど」

「そうなのね~」


 紗月は、さっきの初対面の態度とは打って変わって、明るく椎名に話しかけていた。

 あまりの豹変具合に、椎名のほうが戸惑っている様子だった。


「ここが私の部屋です。親は一緒に住んでないので遠慮せず上がってください」

「そう。じゃあ、お邪魔するわね」


 特に気にする要素でもなかったのか、軽く流して中へ入っていく紗月。

 俺と椎名は、顔を見合わせてお互いに苦笑いしながら紗月の後を追う。


「すごーい! 椎名ちゃんこの部屋で一人暮らししてるのね!」

「はい。お茶とか用意してくるので、自由にしててくれて大丈夫ですよ」

「ううん。私も手伝うわ」

「いや、お茶出すだけですし一人で大丈夫……」

「いいからいいから~」


 椎名の肩に手を置いて、上機嫌でキッチンへ向かう紗月。

 一人残された俺は、いつも通り机に勉強道具を広げて待機する。


 キッチンでは、椎名と紗月が仲良く……というよりは片想いな仲の良さで一緒にお茶を入れていた。


 椎名はかなり戸惑っている様子だが、紗月は元から人見知りするタイプではない。

 たしかに、全く猫をかぶっていないと言えば嘘になるが、だからと言って紗月が相手を傷つけることを言ったりは絶対にしない。


 ある意味不自然だが、純粋に椎名への接触を試みているのだろう。

 悪意はないと思うが、椎名からすれば恐怖以外の何ものでもないだろう。ハハッ。


「村上先輩。お茶持ってきました」

「ああ。ありがとな」


 椎名の持ってきてくれたお茶をまったりと飲む。

 そして、一緒に出されたお菓子も一口いただいた後、


「よし、始めるか」

「はい。先輩♪」


 いつも通り椎名に問いかけると、彼女もいつも通り俺のすぐ隣に腰を下ろす。

 そして、俺にもたれ掛かるようにしつつ、ノートを開いて勉強を開始する。


 そこまでいつも通りを決行してから、一つだけいつも通りではないことがあるのを思い出した。


「何をしてるのかな? お二人さんは」


 さっきまでと一変した、ドス黒い声が後ろからかけられる。

 ロボットのように首を後ろへ向けると、そこには暗黒笑みを浮かべた俺の幼馴染が。


「さ、紗月っ。これには少し事情があってだな……」

「ふーん? 家庭教師するときに後輩の女の子とくっつかないといけないような事情があるのね?」

「ぐっ」


 改めて言葉にして言われると、かなり心に刺さるものがある。

 致し方のないことなはずなのに、そう言われると自分が悪のような気がしてくる。


「勘違いしないで下さい、今井先輩」


 俺が何も言えずに黙っていると、椎名が口を開く。


「私は、こうやって先輩にくっついてないと、勉強のモチベーションが上がらないんです」

「はい? じゃあ、椎名ちゃんと陸はいっつもそうやって勉強してるのかしら?」

「そうですよ」


 さらっと椎名が答えた瞬間、紗月から何かが割れた音が聞こえた気がした。

 まずい、あの顔は結構マジで怒ってるやつだ。


 俺が紗月に声をかけようとした瞬間、逆に紗月のほうから話しかけられる。


「ねえ、陸」

「な、なんだ?」


 紗月は財布からお札を取りだし俺に渡す。


「今からコンビニで、た~っぷり時間をかけて飲み物とメロンパン買ってきてくれないかしら?」

「いきなりのパシリかよ」

「おねがい。私、椎名ちゃんと二人で話したいことがあるの」


 さっきの笑顔のまま、俺に向かって言ってくる。

 横に座る椎名がビクッと体を震わせた気がした。


「せ、先輩は、私を置いていったりしませんよね……?」


 潤んだ瞳でこちらに上目遣いする椎名。

 俺はそれに一瞥してから、ゆっくり立ち上がり紗月のほうを向く。そして、


「紗月」

「なに? 陸」

「……飲み物は、四ッ矢サイダーでいいのか」

「うん、大丈夫よ」

「わかった。じゃあ、行ってくる」

「せ、せんぱぁ~い!!」


 俺は、悲痛な声をあげる椎名に背を向け、お札を片手に家を出た。

 悪いな、椎名。あの状態の紗月を相手するのは正直疲れるんだ。あとは任せた。



 …………今度何か椎名に奢ってやるか。

 そんなことを思いながら、俺は最寄りのコンビニを目指して足を動かした。

紗月ちゃん、おこだよ?

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