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11 幼馴染


 突然だが、俺には同い年の幼馴染がいる。

 家がご近所で、親同士の仲が良く、幼稚園からずっと一緒。

 よくある、腐れ縁の幼馴染だ。


 これだけ付き合いが長いと、知らないことのほうが少なくなってしまった。

 好きなものや嫌いなもの、趣味や特技はもちろん、もっと言ってしまえばお互いのほくろの場所だって知ってしまっている。


 あまり他を知らないが、幼馴染が異性の場合、中学校に入る頃には関わりが少なくなってしまうものではないだろうか。

 お互いに思春期が訪れ、なんとなくぎこちなくなって離れてしまう。よくあることだろうし、仕方のないことだろう。


 しかし、俺とあいつにおいては全くそんなことはなく、結局高校二年になった今でも付き合いが続いている。

 当然、親同士の仲もまだまだ続いていて、毎年二家族一緒にバーベキューなりをやったりする。


 そんな俺の幼馴染の名前は、今井(いまい)紗月(さつき)

 隣のクラスにいる、少し変わった女の子だ──。



 * * *



「陸~。一緒にご飯食べましょ~」


 四限目が終わり、クラスメイトたちが昼飯の準備をする中、一人何もせず席で待っていると、教室の扉を彼女が開ける。

 そして、地毛の綺麗な茶髪を揺らしながら、俺の席の前にやってくる。


「おう。今日のおかずはなんだ?」

「え? 陸のおかずは毎晩私でしょ?」

「弁当の話だバカ」

「冗談、冗談。今日は陸の好きな唐揚げよ」


 弁当箱を二つ掲げて、笑顔を咲かせる女の子。

 言動がちょっと変態な彼女こそ、俺の幼馴染の紗月だ。

 彼女は、いつも通り俺の友人の机を借りてきて、俺の正面で席につく。


「先週はお弁当作ってあげられなくてごめんね。部活の勧誘が忙しくて」

「いや、俺が作ってもらってるんだ。気にせず部活に精を出してくれ」

「せ、精を出すなんて、陸ひわーい」

「卑猥なのはお前の頭だ」


 紗月は、中学の頃からテニス部に所属している。

 こんな言動をしているが、腕前はかなりあって毎年県大会などで上位に食い込んでいる。


 その分練習もかなりハードらしいが、その中でも紗月は俺のために週に一度お弁当を作ってくれる。

 聞けば毎週水曜日は、部活がオフなんだとか。

 朝練もなく時間が空くため、紗月はいつもその日に作ってくれる。


 先週の水曜日は新一年生の勧誘のため、残念ながら紗月のお弁当をいただくことは出来なかった。

 そのことで紗月自身も申し訳なく思ってくれていたみたいで、今日のお弁当はかなり豪華だった。


「うわ、これ作るの時間かからなかったか?」

「ふふーん。昨日から仕込んでたからね! 今朝やったのは唐揚げと卵焼きだけなのだよ」

「手間かかったよな。ありがたくいただく」

「召し上がれ~♪」


 紗月のお弁当は、俺の親が作るような茶色一色弁当は違って赤黄緑とカラフルで、見た目も栄養もバッチリな仕上がりになっていた。

 本当に手間がかかっているお弁当だ。しっかり味わって食べるとしよう。


「いただきます」


 手を合わせ、この世のすべてに感謝……というよりは主に紗月に感謝して、そう呟く。

 お弁当箱とセットのかわいい箸で、俺の好物と知って作ってくれた唐揚げをいただく。


「ん、うまい」

「えへへ。隠し味は私の聖水よ」

「ブフッ」


 あまりの衝撃発言に、俺の口から唐揚げがスクランブル発進した。

 勢いよく離陸した唐揚げ一号は、見事に紗月のお弁当に収まり、大事は避けることが出来た。


「ごほごほっ。おま、何言って」

「あははははっ! 陸の反応面白すぎっ、唐揚げがブフッて! 私のお弁当にホールインワンしたし。ひぃひぃ、お腹痛い……くふふ」

「お前なあ……」


 咳が治まるのを待ってからハンカチで口元を拭き、紗月の弁当箱に不時着した唐揚げ一号を俺の弁当箱へ帰投させる。

 全く、せっかくの唐揚げちゃんが台無しである。


「あはは、ごめんごめん。隠し味は私の愛だけよ♡」

「へーへー、嬉しい嬉しい」

「ひどいっ。結局私とは体だけの関係だったのね!」

「そんな関係持った覚えはない」

「そんなっ。お風呂やベッドも共に過ごしたことはなんて説明出来るの!?」

「小さい頃のことって一言で説明出来るんだが」


 つい先程のこいつの説明を訂正させてほしい。

 言動がちょっと変態な奴だと言ったが、あれは嘘だ。こいつは、言動が痴女なドの付く変態だ。


「バカなこと言ってないで、お前もさっさと弁当食え」

「はーい」


 紗月にそう促してから俺も昼飯を食べ始める。

 さっきのスクランブル発進唐揚げもしっかり食べておく。さっきはすまなんだ、唐揚げ君。


「そういえば、最近テニス部はどうだ? 新入部員はたくさんいたか?」

「うーん、そこそこなのかしら。去年私が来たときよりかは多いと思うわよ」

「そうか。紗月の場合は一年のときからバリバリだもんな。これからは教える立場だが、大丈夫そうか?」

「うん。正直ちょっと不安だけど、やらなくちゃいけないことだし。精一杯がんばるわ」

「がんばれよ。応援してる」

「うん!」


 俺の言葉に、満面の笑顔で返してくれる紗月。

 さっきはド変態だの言っていたが、テニスをやっているときの紗月はすごくかっこいい。


 昔から紗月は努力家で、後輩思いな優しいところもやはり尊敬出来る。普段の俺に対する態度には一ミリも尊敬出来ないが。

 まあ、お弁当はおいしいけど。


「陸のほうはどうなの?」

「どうって言うと?」

「普段の生活。私とクラスが離れちゃって寂しくなっちゃってるんじゃない?」

「そうだなあ。やかましい奴が一人いなくなってちょっと楽になったか」

「ひどい!」


 両手を顔にあてて、おいおい泣き始める紗月。

 相変わらずの下手な嘘泣き。でも、嘘をついたのは彼女だけじゃない。


「嘘だ。少しは寂しかったよ」

「も~う。陸ったらかわいいわね」

「まあ、新しいクラスメイトともだいぶ仲良くなれたから、もう平気だけどな」

「そんなっ! 私は毎晩陸のいない悲しみで枕を濡らしてるのに!」

「よだれだろ、それ」

「なぜバレた」


 真顔でこちらを見てそう言う紗月。いや、そんな顔されてもな。

 というかまず、俺のこと考えてよだれを垂らすな。なんて可哀想な枕……。


「今日は放課後の練習もないし、一緒に帰ろ? 陸」

「ああ、先週は放課後も時間がなかったもんな」

「うんっ」


 嬉しそうに笑顔を浮かべる紗月。あの言動さえなければただの可愛い幼馴染だと言うのに……。

 なんとも勿体ないというか、ある意味安心というか。


 そうこう話している間に、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ろうとしていた。

 紗月は急ぎめにお弁当をたいらげて、俺に手を振って自分の教室へ戻っていった。


 俺も手を振り返して、弁当箱を片付ける。

 紗月が座っていた机を元に戻していると、その机の持ち主の友人から話しかけられる。


「お前と今井、仲良いよな」

「そうか? まあちょっと付き合いが長すぎだしな」

「この前来た後輩の女の子もそうだし、お前モテすぎじゃね?」

「別にモテてるわけじゃないと思うが」


 椎名に関しては家庭教師、紗月はただの幼馴染だ。

 二人とも、いつも思わせ振りな態度を取ってくるが、そんなのに惑わされるほど俺も幼くはない。


 紗月は俺にしかあんな態度は取らないが、椎名はどうなのか分からない。

 この間は、こんな態度をするのは俺だけなんて言っていた。しかし、あいつの日常を見たことがないため、どこからが『こんな態度』なのかは分からない。


 絶対にというわけではないが、世の中には何を考えているか分からない人は少なからずいる。

 椎名には勉強だけでなく、家庭教師としてそういうことも教えていかないかもしれない。

 さっそく今日にでも注意しておこうか。



 …………ん?


 待てよ。椎名の、家庭教師……?

 ということは、いつも通り今日も椎名と一緒に彼女の家に向かうわけで……。


 ──俺は、ほんの少し選択肢を間違えてしまったかもしれない。

紗月ちゃん、参戦。

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