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09 寄り道


「せーんぱーいっ。帰りましょ~♪」

「おい、学校でそんなにくっつくなって言ってるだろ」

「いいじゃないですか~。減るもんじゃないんですし」

「俺のSAN値は激減してるんだよ」

「SAN値?」


 俺の腕に抱きつきながら首をかしげる椎名。

 相も変わらず、椎名の俺へのスキンシップは留まるところを知らない。


 そのこと自体が嫌なわけではないのだが、なにしろ視線が痛い。

 俺のクラスのやつらは、もうこれが日常のようになってしまいスルーしてくれるのだが、生徒玄関ともなるとそうは行かない。


「他のやつの目もあるし、ここでは控えてくれよ」

「イヤです~。私先輩にくっついてないと生きていけませんから!」

「じゃあお前はいつもどうやって生きてるんだよ。というか前より重症になってるじゃねえか」


 前は、俺がいないと勉強がどうの言っていたのに、今じゃ生命に関わる問題になっていた。

 椎名の家で甘やかしすぎた弊害なのだろうか。最近は外でのスキンシップが本当にまずいものになってきた。


 外だと家の中にいるときとは比べ物にならないほど、胸がドキドキする。当然、危機感のほうで。

 こんなことを日常的にやられているものだから、まだ正気を保っている俺の心臓は、ある意味かなり強いほうなのかもしれない。


 玄関ではさすがに視線がチクチク刺さってくるので、足早に帰り道についた。

 今日の授業の話などをしながら歩いていると、途中で椎名が「そういえば」と話題を変える。


「村上先輩。今日、少し寄り道して帰っても大丈夫ですか?」

「問題ないが、寄り道なんてめずらしいな。どこに行くんだ?」

「個人的で申し訳ないんですが、スーパーに寄っていきたいんです」

「スーパー? 何か買いたいものでもあるのか?」

「はい、実はですね──」


 椎名から話を聞いてみると、いつもは土日にスーパーへ買い物をしに行っているとか。

 しかし、今週は俺との勉強で時間がなくなってしまい、もう冷蔵庫の中が寂しい状態になってしまっているらしい。


「俺の責任でもあるしな、手伝わせてくれ。荷物持ちくらいなら出来る」

「ほんとですかっ? ありがとうございます!」


 嬉しそうに笑う椎名。そんな彼女に「ああ」と笑い返す。

 こうしていれば『仲良し』という表現が似合いそうな関係だが、彼女が腕に抱きついているのを考慮してしまえば少し仲良しすぎることになってしまう。


 実際、俺と彼女の関係はなんなのだろうか。

 先輩後輩はもちろん、仲良しな以上、友人と言ってもいい気もする。でも恋人ではない。

 でも俺自身、最近はこの関係の時間が気に入っていて。名前がないのは少し寂しい気もした。



 * * *



 椎名の言っていたスーパーは、帰り道でいつも通りすぎていたすぐ近くのスーパーだった。

 二人一緒に店内へ入り、抱きつかれたままなのはさすがにメンタルに響くなと思っていたのだが、店の中だと椎名もしぶしぶながら離れてくれた。


 椎名は入ってすぐにカートとカゴを拾い、順番に野菜コーナーから回っていく。

 同じものがずらりと並んである中からでも、椎名は数秒眺めただけでぱっと一つを選ぶ。


 慣れきった、もはや主婦のような手際の良さに少し見とれてしまう。

 魚コーナーでも同じように迷いのない彼女を見て、思わず声をかける。


「すごいな、椎名」

「え? 何がですか?」

「さっきから、ぱっと見ただけで選んでるだろ? すごい手慣れてるんだなと思って」

「そ、そうですか? ふ、普通ですよ、普通。ポイントさえ覚えちゃえば誰でも出来ちゃいますし」

「いや、高校生でそんなに出来るのはすごいと思うぞ。素直に尊敬する」

「ぅ──っ! も、もう、先輩は素直すぎますよ!」


 俺のべた褒めに顔を赤くする椎名。

 その恥ずかしそうな顔を笑ったあと、早足で逃げるように先へ行ってしまう椎名を追いかける。


 彼女が一人暮らしを始めたのは、高校生になってからだと言っていたし、つい最近のはずだ。

 それなのに、これほどまで買い物慣れしているのは、何か理由があるのだろうか。


 と、そこまで考えて一つ、他の疑問が出てきた。


「そういえば、椎名。ちょっといいか?」

「な、なんですか?」

「普通に買い物してるけど、お金ってどうしてるんだ? バイトはしてないだろ」

「それは大丈夫ですよ。一人暮らし中は毎月、両親が私の通帳に送ってくれるらしいので。まあ、入学式の日に口座に十万円が入ってたときは、さすがに驚きましたけど……」

「あのときのお金はそれだったのか……。いやでも、やさしい親御さんなんだな。一人暮らしも認めてくれてるんだし」

「パパはあんまり賛成じゃなかったみたいですけどね。でも、仕送りはパパがやってるってママから聞いたので……」

「高校生に軽く十万円送っちゃうくらいには、娘のことが心配なんだろうな」

「えへへ、困った両親です」


 頬を緩ませて、なんだか嬉しそうな表情で椎名は笑った。

 前見た寂しそうな感情は全く見受けられなかった。


 そのことに少し安堵してから、気を取り直して買い物を再開する。

 俺一人ただあとから付いていくだけなのも申し訳ないので、買い物カゴの入ったカートは俺が担当させてもらった。


 椎名は俺の少し前を歩きながら、気に入ったものをカゴへ入れていく。


「普段、夕飯は何を作ってるんだ?」

「どうでしょう、その日によってバラバラですけど、基本的にはお魚とお肉を交互にって感じでしょうか。もちろん例外もありますけど」

「はは、本当に椎名はいいお嫁さんになれそうだな」

「な、ななっ。そ、そんな甘い言葉で誘惑しても、簡単にはお婿さんにしてあげませんよっ!」

「そんなことは言ってないだろ」

「私のお婿さんになりたいのであれば、まずそれなりの安定した稼ぎをですね……。そ、それと、もっとも重要なのは私への、あ、愛情で……」

「ところで、今日の夕飯のメニューはなんだ?」

「聞いてくださいっ! 今日の夕飯は麻婆豆腐ですよ!」

「本当か!」


 聞き捨てならない椎名の言葉に、思わず声を上げてしまう。

 一応補足しておくが、断じてお婿さんの話ではない。


「夕飯は麻婆豆腐なのか」

「え。そ、そうですけど。それがどうかしました?」

「あ、いや悪い。俺、個人的に麻婆豆腐……というか、豆腐料理全般が結構好きなんだよ」

「そうなんですか?」

「ああ、だから椎名が麻婆豆腐を作るって聞いて、ちょっと気になってな」

「そ、そんなに好きなんですか?」

「ああ」


 特に理由があるわけでもないが、昔から豆腐が好きなのだ。

 これだけ女子力、というか主婦力の高い椎名が作る麻婆豆腐がどんなものか考えたら、少し取り乱してしまった。


 すると、椎名が黙って何か考え込み始めた。

 気になって「椎名?」と問いかけると、どこか意地悪そうで、嬉しそうな表情で顔を上げる。そして、


「そんなに気になるなら、食べてみますか?」

「え?」

「だからその、先輩がよろしければ、私の晩御飯、ご一緒しませんか?」

「い、いいのか?」

「わ、私も、自分の料理を他の人に食べてもらったことはないので、それも兼ねてで……どうですか?」

「是非。むしろ俺からお願いするくらいだ」

「そ、そうですか。それじゃあ、今日の勉強が終わったあと、すぐに夕飯にしましょうか」

「ああ」


 いつになくテンション高めにうなずく。

 俺が、機嫌のよさを隠そうともせず口元をにまにまさせていると、椎名も心なしか楽しそうに笑っていた。


 椎名は一通り買い物が済んだあと、豆腐コーナーへ向かった。

 そして、これまでで一番時間をかけて、一番高い豆腐を購入していた。

豆腐おいしい。

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