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私の好きなもの(アメリア)②

 最初の訪問から2週間後、私は再びカトリーナ姫に招かれて王宮を訪れました。


「カトリーナ姫にお見せしたいものがあります」


 そう言って私が取り出したのは、手作りの栞です。私が自分で使っているものと形は同じですが、刺繍が異なります。

 カトリーナ姫はすぐに気づいてくださったようでした。


「ギデオン様の剣と兜ね。すごいわ」


「良かったらお納めください」


「私がもらってしまっていいの? 作るのは大変だったのではない?」


「カトリーナ姫のために作ったんです。喜んでいただければ私も嬉しいです」


「ありがとう。大切にするわ」


 カトリーナ姫がじっくりと栞を見つめている姿に、思いきって作ってきて良かったと感じました。


「時々ジョセフ様にもハンカチに家紋などを刺繍して贈るのですが、そちらはなかなか進まないんです。でも、好きなものがモチーフの時は楽しくてあっという間にできてしまいます」


「そう言えば、アメリアはどうやってバートン次期伯爵と婚約したの?」


「お話しできるような特別なことはありません。父同士が決めたものです。私も身を焦がすような恋に憧れはありましたが、物語を読むことで追体験は数え切れないくらいしてきました。今はジョセフ様と良い夫婦になりたいと思っています」


「アメリアが結婚してからも、こんな風に会えるかしら?」


「ジョセフ様もご両親もお優しい方ですから、お友達に会うことを禁じたりはされないと思います」


 それに、そのお友達は陛下の妹君なのだし。


「それなら良かったわ」


 カトリーナ姫がホッとした表情をされるのを見ながら、私はふと思いついたことを口にしました。


「カトリーナ姫が私の結婚式に参列されることってできるのでしょうか?」


「招待してくれるの?」


「可能なら是非来ていただきたいです」


「私も是非行きたいわ」


 何かを考えるようにカトリーナ姫の視線が彷徨いました。


「やはりお兄様ね」


「え?」


「すぐにお兄様に許可をいただくわ。この時間なら執務室にいらっしゃるはず。アメリア、来て」


「ええ?」


 そうして、この日もまた私はカトリーナ姫に手を引かれ、姫のお兄様、すなわち国王陛下の執務室までお供することになってしまいました。

 途中、すれ違った方たちが驚いたようなお顔をしていたのも当然でしょう。


 国王陛下にまでお会いすることになるとは想像もしていなかった私は、むしろ突然の面会希望に許可が下りなければいいと思いました。ですが、カトリーナ姫とともに陛下の執務室に入ることをあっさり認められてしまいました。


 初めて陛下の御前に立った私は深く頭を下げたまま、しばらく固まっていました。


「今日はどうした、リーナ? そちらの令嬢は?」


 陛下のお声は穏やかなもので、怒ったり驚いたりされた様子は感じられませんでした。もしかして慣れていらっしゃるのかしら。


「この前お話ししたアメリアです」


「ああ、彼女が。アメリア嬢、そのように固くならずに、面を上げて良いぞ」


 私がゆっくり顔を上げると、陛下の優しい眼差しがありました。そのお顔はカトリーナ姫と似ていらっしゃいます。


「リーナが運命の出会いをしたなどと言うので心変わりしたのかと思ったが、よくよく聞いてみればこの上なく気の合う令嬢だとか。こんな妹で世話をかけると思うが、よろしく頼む」


 おふたりはとても仲の良いご兄妹のようです。


「私こそ、カトリーナ姫と思わぬ形で親しくさせていただくことができまして、大変ありがたく思っております」


「お兄様、実はアメリアが私を結婚式に招待したいと言ってくれたのですが、行ってもよろしいでしょうか?」


「おや、アメリア嬢は結婚が近いのか?」


「3か月後だそうです。お相手は財務官のバートン次期伯爵なのですが、ご存知ですか?」


「バートン? 聞いた覚えはあるな」


 ジョセフ様は宮廷であまり目立つ方ではないのだろうとは想像できます。


「とにかくめでたいことだ。許可しよう」


 カトリーナ姫と私は陛下にお礼を申し上げてから執務室を退出し、無事に姫の部屋へと戻りました。

 私がホッとして一息吐いていると、カトリーナ姫が言いました。


「ねえ、アメリアも私のこと『リーナ』って呼んでくれないかしら?」


 カトリーナ姫が可愛いらしく小首を傾げられました。

 私はちょっと悩みました。でも、カトリーナ姫なら私の気持ちをわかってくれる気がして、思いきってそれを口にしました。


「私は、できればこのまま『カトリーナ姫』とお呼びしたいのですが」


 カトリーナ姫が少し哀しそうなお顔になったので、私は慌てて続けました。


「私は『妖精の谷シリーズ』も大好きなのですが、ご存知ですか?」


 私の記憶では、『妖精の谷』はカトリーナ姫の本棚には並んでいませんでした。

 私の唐突な問いに、やはりカトリーナ姫は首を振りました。


「知らないわ」


「『妖精の谷シリーズ』はエレノーラという名前のエルフのお姫様が主人公です。親しい人たちは彼女をエラと呼んでいます。ですが、彼女に仕える騎士のミッシェルだけは頑なにエレノーラ姫と呼ぶんです。実は……」


「待って、それ以上は言わないで」


 カトリーナ姫が声をあげました。


「私にその『妖精の谷』を貸してくれないかしら? それを読めば、あなたが私を『カトリーナ姫』と呼びたい理由がわかるのでしょう?」


 私は頷きました。


「はい、おそらく。ただ、これだけは言わせてください。カトリーナ姫に初めてお会いした時、私はエレノーラ姫が目の前に現れたのかと思いました」


 こんなことを言われたら気分を害す方もいるでしょうが、カトリーナ姫の口元は綻びました。


「私がエルフのお姫様に似ているの? ますます読むのが楽しみになってきたわ」


「次にお会いする時に必ずお持ちしますね」


 私がカトリーナ姫を結婚式に招待したいと言うと、ジョセフ様やご両親、さらに私の両親も驚いていましたが、すぐに招待状が用意され、私はそれを『妖精の谷』と一緒にカトリーナ姫にお渡しすることができました。




 実は、エレノーラ姫とミッシェルはお互いに想いを寄せているけれど、身分が違うのでそれを心の内に秘めています。

 ミッシェルは幼い頃にエレノーラ姫に誓った「生涯エレノーラ姫を唯一の主とし、エレノーラ姫だけに忠誠を捧げます」という言葉を貫くため、決して呼び方を変えようとしないのです。


『妖精の谷』はエルフの国を襲う様々な困難に、エレノーラ姫が仲間たちとともに立ち向かう物語ですが、エレノーラ姫とミッシェルの関係からも目が離せません。


「ミッシェルの一途さが切なくて、もう思い出しただけで……」


 カトリーナ姫が目を潤ませながら語られるので、それを聞いている私まで目頭が熱いです。


「『妖精の谷』を教えてもらって本当に良かったわ」


「光栄でございます、カトリーナ姫」


 ミッシェルの台詞を真似て言うと、カトリーナ姫の顔が歪みます。


「もう、やめて。本格的に泣いてしまうわ」


「私がこのまま『カトリーナ姫』とお呼びしたい理由はおわかりいただけましたね?」


「でも、私はアメリアの主ではないし、忠誠なんていらないわよ」


「では、生涯の友情を捧げてもよろしいでしょうか?」


「それならいいわ」


 私はソファから立ち上がると、カトリーナ姫のそばまで歩いていき、跪きました。


「カトリーナ姫に生涯の友情を捧げます」


 私は恭しく告げると、カトリーナ姫の右手を両手で取って、その甲に額をつけました。


「許します」


 カトリーナ姫が厳かに返事をされました。

 しかし、一拍置いてカトリーナ姫が笑い出されたので、私もつられて笑ってしまいました。

 カトリーナ姫に促され、私は姫の隣に腰を下ろします。


「そうそう、最近私も刺繍をはじめたの」


「どんなものを作られたのですか?」


「まだ誰かに見せられるようなものではないわ。もう少し待っていて」


「承知いたしました、カトリーナ姫」


 私が畏まって言うと、カトリーナ姫が再び笑い出しました。




 私は予定どおりジョセフ様と結婚し、バートン次期伯爵夫人になりました。結婚式にはもちろんカトリーナ姫も出席してくださいました。

 私はその後も月2回ほどカトリーナ姫のもとを訪ねました。


 やがて私は身籠りました。


 私のお腹がだいぶ大きくなった頃、私はジョセフ様とともにカトリーナ姫の16歳の誕生日パーティーに参加しました。

 そこでカトリーナ姫をエスコートしていらっしゃったのはコーウェン次期公爵でした。どうやらおふたりの仲に進展があったようです。

 カトリーナ姫はその美貌にますます磨きがかかったように見えました。


 それから少しして、私は娘を産みました。

 カトリーナ姫が、娘に会うために初めてバートン家までいらしてくださいました。


「とても可愛いらしいわね」


「クレアと言います」


「クレアね。クレア、私はカトリーナよ。あなたのお母様のお友達なの。よろしくね」


「ところでカトリーナ姫、ご婚約おめでとうございます」


 パーティーから程なく、カトリーナ姫とコーウェン次期公爵の婚約が発表されていました。

 カトリーナ姫は幸せそうに微笑みました。


「ありがとう」


「経緯などお聞きしてもよろしいですか?」


「実は我慢できなくなって、誕生日に私から求婚してしまったの。『私をあなたの妻にしてください』って」


「まあ」


 物語の中では女性が求婚する場面を何度か読みましたが、それを実際になさるとは、さすがカトリーナ姫ですね。


「もちろん、コーウェン次期公爵は承諾なさったのですね?」


「ええ。跪いて『喜んであなたを妻にいたします』と答えてくれたわ。だけど、もう少し我慢していたらあちらから申し込んでくれるつもりだったみたいなの。惜しいことをしたわ」


 そう言いながらも、やはりカトリーナ姫のお顔は緩んでいました。




 1年後、カトリーナ姫は結婚されコーウェン次期公爵夫人に、さらに程なくして、ご夫君が爵位を継がれたのに伴って公爵夫人になられました。


 カトリーナ姫が王宮から出られたことで、私たちの交流頻度は少しだけ増えました。

 お薦めの本を貸し借りしたり、手芸作品を見せ合ったり、加えて夫の話などもするようになりました。


 カトリーナ姫が降嫁されたので、公の場では「姫」と呼べなくなってしまいましたが、ふたりきりの時には私は相変わらず「カトリーナ姫」と呼んでいます。


『妖精の谷』の最終巻では、ミッシェルがエレノーラ姫を命懸けで護ったことで、エルフ王にふたりの結婚が認められました。夫婦になってからも、ミッシェルは愛する妻を「エレノーラ姫」と呼んでいます。

 一方、『クライン帝国』の物語はまだ終わりそうにありません。


 翌年には、私は長男のヘンリーを産みました。




 さらに2年後、今度はカトリーナ姫にご子息が誕生されました。

 私はクレアとヘンリーを連れて、コーウェン家を伺いました。


 カトリーナ姫のご子息は可愛いらしいことこの上ないお子様でした。

 もちろん、我が子のクレアとヘンリーもとっても可愛いのですが、根本的な何かが違うのです。思わず見惚れてしまいました。


 私の横で、3歳半になるクレアも歓声をあげました。


「わあ、可愛い」


「セディよ。よろしくね」


「セディ? セディ、可愛いね、セディ」


 私は頻りに「セディ」と「可愛い」を繰り返すクレアの声を聞きながら、悩みました。

 このセディの可愛いらしさは何に喩えれば良いのかしら。顔立ちはカトリーナ姫に似ているけれど、「エルフのよう」というのはセディには相応しくない気がします。


 と、その時でした。


「セディはまるで天使みたい」


 クレアの無邪気な呟きに、私は目を瞠りました。まさにそれ、セディは「天使」です。

 そう言えば、クレアは教会の天井に描かれた天使像がお気に入りでした。


「本当、セディは天使のようね」


「ねえ」


 クレアはお暇する時間までそのままセディのそばから離れませんでした。


 何度目かにセディに会った日には、クレアはとうとう真剣な表情で言いました。


「セディも一緒に帰る」


 さすがに私も驚き、しばし頭の中で考えを巡らせました。


「あのね、クレア。これは内緒の話なんだけど、天使みたいなセディを育てるのはとても大変で、特別な秘密のアイテムが必要なの。そのアイテムはカトリーナ姫しか持っていないから、セディを家に連れて帰ることはできないわ」


「どうしても?」


「ええ。無理に連れて帰ったら、セディがクレアを嫌いになってしまうかもしれないのよ」


 クレアの顔が歪みました。


「そんなの嫌」


「でしょう? だから、セディは連れて帰らずに、また会いに来ましょうね」


「うん。セディ、またね」


 クレアは素直にセディに手を振りました。


「また来てね、クレア」


 手を振り返したカトリーナ姫は、ホッとしたお顔をされていました。




 次の年には、私の次女レイラも生まれました。


 クレアはヘンリーとレイラの面倒をよく見てくれる頼もしいお姉様になっていきました。

 ところが、カトリーナ姫とセディにお会いする時だけは、クレアの意識は天使なセディにばかり向けられました。


 そんなクレアの想いが伝わったのか、セディもすっかりクレアに懐いてしまい、そのうちに顔を見ればクレアに飛びついてくるようになりました。

 初めてセディから飛びつかれた時のクレアの感激した様子も、まったく可愛らしいものでした。

 最初セディは舌ったらずに「クレア(クリャ)」と呼んでいたのが、やがてたどたどしい「クレア姉様(クエアねしゃま)」に変わりました。どうやら、カトリーナ姫がセディに読み聞かせした物語の影響のようです。


 さらに月日が経っても、クレアとセディが並ぶ姿は何とも微笑ましい光景でした。

 そんなふたりにヘンリーが嫉妬しているらしいのもまた可愛いのですが、セディに怪我をさせたりしないよう注意はしておきましょう。


「ねえ、アメリア。将来セディとクレアが結婚する可能性はあるかしら?」


「そうですね……」


 普通に考えれば、公爵家の嫡男に4つも歳上の伯爵家の娘が嫁ぐなんてほぼありえません。

 だけど、いつかふたりがそれを望んだなら、カトリーナ姫はきっと味方になってくれるでしょう。カトリーナ姫のお話を聞く限りでは、コーウェン公爵も反対はなさらない気がします。

 ジョセフ様も大丈夫。私はもちろん大賛成です。


 と、ごちゃごちゃ考えてしまいましたが、おそらくカトリーナ姫が私に求めているのは、もっとシンプルな答えですね。

 まだまだ幼いふたりが成長して大人になっても、私たちにこの暖かく幸せな光景を見せ続けてくれるのか。


「私はあると思います」


 私がそう言うと、カトリーナ姫は嬉しそうに笑いました。


「私もよ」


 願わくば、そんな未来もこうしてカトリーナ姫とともに見たいのです。

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