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夫の特技、妻の妄想(クレア)

 目を開けると、すでに夕方のようだった。


 私が寝ていても誰も起こしてくれないので、いつまでも眠り続けてしまう。私の部屋には小さなベッドまで置かれた。私はとことん甘やかされている。

 時々、昼休みに帰宅したセディが眠る私の隣に潜り込んできて、宮廷服に皺をつけてお仕事に戻るのが困りものだ。


 私はこの日も部屋のベッドですっかり寝入っていた。

 ゆっくりと身を起こして部屋の中を見ると、ソファにセディの姿があった。何やらテーブルの上に並べた何枚かの紙を見比べて、この上なく真剣な表情で唸っている。珍しくお仕事の書類でも持ち帰ったのだろうか。


「セディ、お帰りなさい」


 私がベッドから下りながら声をかけると、セディがパッと顔を上げた。


「ただいま、クレア」


「何をしているの?」


 私が尋ねると、セディが「来て、来て」と手招きした。近寄ってみると、テーブルに拡げられていたのは書類ではなく絵だった。


「ドレスのデザイン画?」


 私は首を傾げつつ、セディの隣に腰を下ろした。


「クレアが結婚披露パーティで着るドレスだよ。ほら、こういうのなら、もっとお腹が大きくなっても大丈夫でしょう?」


 そう言って、セディがデザイン画の1枚を示した。お腹周りはもちろん、全体的にゆったりした感じのドレスだ。


「そうね」


「あ、色なんだけど、結婚披露だからやっぱり白かなとも思ったんだけど、会場が庭の予定だから、こっちにしようか。きっと日光の下で綺麗に映えるよ」


 セディが今度は布見本を手に取って、私に見せた。クリーム色、いや淡いゴールドだ。


「こんな色、今まで着たことないわ。私に合うかしら?」


「うん。これなら絶対クレアに似合う」


 自信満々に断言するセディに対し、私は感じていた戸惑いを口にした。


「あの、セディが私のドレスを選ぶの?」


「うん、もちろん」


「もしかして、今まで私がもらったものもセディが選んでいたの?」


 セディが目を瞬いた。


「そうだよ。クレアにあげるものは僕が選ぶって言わなかった?」


「それは、確かに聞いたわ」


 そこにドレスまで含まれているなんて思っていなかったけど。


「それなら、あのウエディングドレスも?」


「うん」


「婚約披露の時のドレスも?」


「うん」


「観劇やお茶会で着たものも?」


「うん」


 私は自分が身に纏っているドレスを見下ろした。少し前にベッキーが「若様が揃えてくださいました」と言って私に見せてくれたマタニティドレスのうちの1枚だ。

 見た目は普段着のドレスとあまり変わらないけれど、このドレスのまま横になってしまってもまったく問題ないほど着心地が良くて楽、しかも皺になりにくい。


「これも?」


「うん、そうだよ。もしかして、気に入らなかった?」


 セディが心配そうに私を見たので、私は急いで首を振った。


「どれもお気に入りよ」


「良かった」


 セディが心底安堵したような笑顔を見せた。


 私はしばらく呆気にとられていたけれど、やがて思い直した。そんなに驚くことではないのかもしれない。


 セディは内に篭りがちに見えて、実は外の世界にもちゃんと目を向けている。特に興味を惹かれたものはしっかり見ている。興味を持つ範囲は決して広くないけれど、私に興味があることは間違いない。

 それにセディは綺麗なもの、美しいものに敏感だ。そういう感覚は普通の人より鋭いと思う。

 だから、何を着せたら私をもっとも美しく装えるのかがわかるのだろう。まあ、常日頃から私を「綺麗だ」と褒めてくれるのは、また別のことだ。


 もしもセディが平民なら、いや、貴族の嫡男でなければ、あるいはそういう方面に進んで成功したのかもしれない。画家とか、ドレスの仕立て屋とか。

 仕立て屋になってもセディに接客や営業なんて無理だろうけど、そこは私が出ていけばいい。セディがデザインしたドレスをいつも着ていれば、そのまま宣伝になるに違いない。

 ああでも、商売となると価格を考えて、それに見合った布地を選ばないといけないわね。これもきっと私の役目だろう……。


 そこまで考えたところで、はたと気がついた。私はセディが次期公爵でなかったとしても、彼と結婚していたんだな、と。

 自然と笑みが溢れてくる。


「クレア、何が可笑しいの?」


「セディと結婚して良かったと、改めて思っていたのよ」


「本当?」


「ええ。そう言えば、この子は女の子なんでしょう? いつかこの子のドレスのデザインも選んであげてね」


「うん、楽しみだね」


 セディが私のお腹をそっと撫でた。

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