弟ができました(セディ)
いつものように秘書官室で外交文書と睨めっこしていると、先輩に声をかけられた。
「セディ、お客さんが来てるぞ」
「お客さん?」
いったい誰だろうと首を傾げながら部屋の外に出てみると、そこにいたのは知らない男の人だった。
着ているものからして、僕と同じく宮廷で働いている人には間違いなさそうだけど、衛兵でも通用しそうなくらい体が大きい。
「コーウェン公爵子息、突然押しかけて申し訳ない。あなたがクレア・バートン嬢に求婚されたと聞いたもので」
僕は目を瞠った。
きっとこの人は僕の恋敵だ。「クレア嬢は私のものだ」とか言いに来たのかも。
どうしよう。決闘とか言われたら勝てる気がしない。
でも、逃げるわけにはいかない。クレア姉様は絶対に渡すものか。
「初めまして。私はウォルフォード侯爵家のユージンと申します」
ユージンと名乗った相手が頭を下げた。思いのほか礼儀正しい人みたいだ。
「は、初めまして。セドリック・コーウェンです」
僕も負けるもんかとできるだけ丁寧に礼を返し、それからユージンをまっすぐ見上げて続けた。
「確かにクレアね……、クレア嬢に求婚しましたが、それが何か?」
「妻の話によると、あなたが私の義兄上になられるのは間違いなさそうなので、早めにご挨拶をしておこうと参りました」
「妻? 義兄?」
「ああ、私の妻はレイラです。クレア嬢の妹の」
僕は目を見開いて、相手を見つめた。
レイラとは2日前にバートン家で久しぶりに会い、結婚したことを聞いたばかりだった。そういえば、相手はウォルフォード家の嫡男だと言っていた気がする。
何だ、レイラの夫だったのか。それを知ってから改めてユージンを見れば、すごく優しそうな顔をしていて、とても決闘を申し込むような雰囲気はなかった。
「これからよろしくお願いします、義兄上」
生まれてはじめて「兄」なんて呼ばれて、何だかくすぐったい気持ちになった。
「こちらこそお願いします」
「また近いうちに、今度はゆっくり話しましょう。私は史書編纂室にいますので、もし何かありましたらどうぞ。では、今日はこれで失礼します」
「ユージン」
去ろうとする彼に、僕は咄嗟に呼びかけた。
「次からはセディと呼んでください」
「義兄上」も良いけれど、やっぱり「セディ」のほうが僕らしい。
ユージンはにっこりと笑った。
「そうさせてもらいます」
うん、仲良くなれそう。