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馴れ初め(エマ)

おまけのはずが、番外編並の長さになりました。

よろしくお願いします。

 卒業式後のお祝いのパーティーで、私はお友達とご一緒にいた2学年上の憧れの方に声をおかけしました。


「クレア・バートン様、ご卒業おめでとうございます。私はローランド伯爵家のエマと申します。入学してからずっと、クレア様に憧れていました。その、握手していただけませんか?」


 私が震えながら手を差し出すと、最初クレア様は驚いた様子でしたが、やがてにっこりと微笑んで優しく握ってくださいました。


「私のことをそんな風に言ってくれる方がいるなんて、嬉しいわ。どうもありがとう」


「い、いえ。こちらこそ、本当にありがとうございます」


 私はクレア様に深々とお辞儀すると、その場から離れて会場の隅のほうに引っ込みました。勇気を振り絞ってよかったと、幸せな気分に浸ります。


 ところが、です。次の瞬間、ひとりの男子生徒が、私の前にやって来て仁王立ちしたのです。


「おい、俺の姉上と何を話していたんだ?」


 目を細めて私を見下ろすその方に、私は血の気が引く思いでした。私に話しかけてきたのは、クレア様の弟であり、私の同級生であるバートン伯爵家のヘンリー様だったのです。

 ヘンリー様がクレア様のことをとても大切にされていることは有名でした。そのヘンリー様に、私の行動は見られていたのです。


「ご挨拶をさせていただいただけです」


「挨拶? 知り合いでもないのにわざわざ?」


 私は、ヘンリー様には正直に話したほうが良いと判断しました。


「私はクレア様に憧れています。だから、最後にどうしてもお話ししたかったんです」


 私がそう言うと、ヘンリー様のお顔が少しだけ緩んだように見えました。


「姉上に憧れるのは仕方ないことだ。で、どのくらい?」


 どこに、ではなく、どのくらい。私は答えに困りました。


「憧れているというのは嘘だったのか?」


 ヘンリー様の目が据わりました。私は慌てて口を開きました。


「嘘ではありません。私は1年間ずっとクレア様を見つめていたんです。本当はもっとたくさんお話しして、色んなことを聞きたいです。クレア様とご一緒に暮らしていらっしゃるあなたが羨ましい。私だって、あんなお姉様がほしかった。許されるならクレア様を『お姉様』とお呼びしたいくらいです」


 私は初めて、この熱い想いを言葉にしてしまいました。


「へえ」


 ヘンリー様が私の頭からつま先まで、ジロジロと見つめるのがわかりました。

 私はクレア様のように美しくはありませんし、どちらかと言うとぽちゃっとした体型です。クレア様に憧れるなど、やはりおこがましかったでしょうか。


「兄弟はいるか?」


「兄と妹がいますが」


 ふたりとは、あまり仲の良い兄妹とは言えません。私はたびたび「鈍い」とか「のろい」と馬鹿にされています。本当のこととはいえ、傷つきます。

 だからこそ、クレア様のような方に憧れるのです。


「婚約者は?」


 質問の意図がわからぬまま、私は答えました。


「もちろん、いませんが」


 私の家族には、こんな私の結婚相手を見つけるのは難しいと言われています。


「そうか。だったら明日、うちに来い」


 私は目を瞬きました。


「あなたのお屋敷にって、急にそんな……」


「ちゃんと来れば、俺の姉上を『お姉様』と呼ばせてやる」


 それは何とも魅惑的な言葉でした。きっとヘンリー様との会話の中では、という意味でしょうが、私には断ることができませんでした。




 そんなわけで翌日の昼過ぎ、私はバートン伯爵家を訪ねてしまいました。

 玄関先で応対してくれた執事に名乗り、ヘンリー様と約束していることを伝えると、すぐに取り次いでくれました。

 ヘンリー様は私を見ると、開口一番に言われました。


「エマっていうんだな」


 ヘンリー様は私の名前も知らずにお屋敷に招いたのですね。私は目立たない人間なので仕方ありませんが。


 私はそのまま居間へ通されました。そこにいたクレア様が、ソファから立ち上がって私を迎えてくださいました。


「あら、確かエマ嬢だったわよね。あなただったの」


 クレア様が目を瞠りました。覚えていてもらえたなんて光栄です。


「はい。昨日は本当にありがとうございました。今日は突然にお邪魔いたしまして申し訳ありません」


 私は今日も深く頭を下げました。


「気にしなくていいのよ。でも、そういうことだったのね。あの時に言ってくれれば良かったのに」


 そういうこととは、どういうことなのでしょうか。もしかしたら、翌日に訪問することを言わなかったと思われているのでしょうか。

 でも、クレア様は気分を害された様子もなく微笑んでいらっしゃいます。


「とにかく、どうぞ座ってちょうだい」


 クレア様に勧められてソファに腰を下ろすと、メイドが紅茶とお菓子を出してくれました。


「あ、そうだ。姉上、エマは姉上のことを『お姉様』と呼びたいそうだけど、構わないよね?」


 ヘンリー様の言葉に私は驚きました。クレア様の前でいきなりそんなことを言うなんて。


「それはもちろん構わないけど、何なら『クレア』でもいいのよ?」


「いえ、ありがとうございます、お、お姉様」


 クレア様があっさり認めてくださり、私は天にも昇る心地でした。


「昨夜、ヘンリーからあなたのことを初めて聞いて父も私も驚いたけど、ふたりで決めたなら私は応援するわ。末長くよろしくお願いしますね」


 なぜ驚かれたのか、何を応援してくださるのか、またも疑問が浮かびました。でも、これからもお姉様が私と仲良くしてくださるということに比べれば瑣末な問題に違いありません。


「はい。こちらこそよろしくお願いいたします」


 しばらくすると、「ゆっくりしていってね」と言い置いてお姉様は居間から出て行かれました。


「じゃあ、今度は父上のいる時に来てくれ。ああ、俺もエマの家族に挨拶しないとだな」


 ヘンリー様にそう言われて、私は首を傾げました。


「何のためにですか?」


「婚約するんだから、当たり前だろ」


「婚約? 誰と誰が?」


「俺とエマだ」


 私は目を見開きました。


「いつの間にそんな話になったのですか?」


 お姉様は、私のことをヘンリー様の婚約者候補だと思っていたのですね。ようやく会話が微妙に噛み合っていなかった理由がわかりました。


「俺の姉上を『お姉様』と呼びたいんだろ。それに、エマは跡取り娘ではないし、婚約者もいない。何も問題ないじゃないか」


 ヘンリー様はさらっとそう口にしました。


「あります。ヘンリー様は私の名前をさっきまで知らなかったではないですか」


 会話したのだって昨日が初めてでした。


「今は知ってるんだからいいだろ。それと、俺のことはただのヘンリーでいいぞ」


「わ、私はお姉様とは全然違います」


「姉上はこの世にひとりだけだ。それなのに姉上と似て見えるだけの女を妻にしたら、似ていないところが気に障ってイライラするに決まってる。全然違う人間のほうが良い」


「だとしても、私なんかより良い方はたくさんいます」


「俺が妻に求める1番の条件は、俺よりも姉上を大事にしてくれることだ。エマはそれに当てはまるだろ。もちろん、俺はエマを妻として大切にするぞ」


 これは求婚なのでしょうか。


「……本当にそんなことで婚約者を選んでしまって良いんですか?」


「良いんだよ。だから、あとはエマ次第だ。言っておくが、俺の婚約者にならないなら『お姉様』と呼ぶのはもちろん許可しないし、姉上には2度と会えないと思え」


 完全に脅しでした。私に断ることなどできるはずがありません。

 こうして私は、ヘンリーと婚約することになったのです。


 バートン家からの婚約の申し込みを聞き、私の両親や兄妹は、私が伯爵家の嫡男に見初められたとずいぶん驚いていました。もちろん、父はこの話をすぐに受けました。




 ヘンリーの未来の妻として、私はバートン家でお姉様から色々教えていただくことになりました。

 お姉様に迷惑をかけたくなくて一生懸命頑張ると、お姉様は褒めてくださいました。私が想像していたとおりお姉様は優しい方で、私はますますお姉様をお慕いしています。


 それなのに、ヘンリーは不機嫌な顔で私に言いました。


「そんなに張りきるなよ。エマはできない妻でいいんだ。そうすれば、姉上はいつまでもこの家から出て行けないだろ」


「でも、お姉様にもご婚約者が……」


「あんなやつ、俺は認めない。姉上とずっと一緒に暮らせたほうが、エマも嬉しいだろ」


「それはそうだけど、私が駄目なままではヘンリーとの婚約自体がなくなってしまうのではないの?」


「俺がエマがいいと言ってるんだから、そうはならない。まさか、姉上が嫁をいびって追い出すような人だと思ってるのか?」


 私は急いで首を振りました。


「そんなこと思うわけないじゃない」


「エマが姉上を蔑ろにしない限り、俺は婚約破棄なんかしないから安心しろ。まあ、エマはそんなことする人間じゃないだろ」


 ヘンリーに信頼してもらえるのは、何だかとても嬉しいです。だから、私はヘンリーのためにも頑張りたい気持ちになっているのですが。


 ヘンリーの妹のレイラには「本当にヘンリーで良いの?」と言われ、学園の皆には「え、なんで?」と訊かれました。でも、最近の私はヘンリーとの婚約に満足しています。

 意外にも、と言っては失礼かもしれませんが、お姉様のことを大事にするなら私を大切にしてくれるというヘンリーの言葉は本当でした。

 私は幸せな妻になれそうです。

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