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あなたに呼んでほしいから  作者: 三里志野
光が僕を照らすから
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5 変わる関係

 僕のクレア姉様へのお土産話は、やっぱりセンティアでのことが中心になった。しばらく薄暗い部屋から出られなかったこととか、手紙を書けなくなった理由とかは話さなかった。

 それから、昔の思い出や最近の出来事も話した。クレア姉様も婚約破棄をしたことで傷ついているみたいだったけど、詳しいことは聞けなかった。


 贈り物のほうは、また花屋に行って別の花を買ったり、「あそこの菓子は女性に人気だぞ」と聞いたお菓子屋に行ったりした。




 数日クレア姉様の家に通ってから、お休みの日になった。僕は朝から張りきってクレア姉様のところに行くつもりだったのに、母上から「迷惑にならないよう、訪問するのはいつもと同じ時間にしなさい」と注意された。

 そこで僕は、クレア姉様への贈り物を探しに、トニーと一緒に街へ買い物に行くことにした。


 まず、女性が好むという雑貨屋に行ってみると、綺麗なものや可愛らしいものがたくさん並んでいた。僕はそこで、装飾の美しいガラスペンや、陶器でできた猫の置物、クレア姉様に似合いそうな髪留めなどを買った。

 その隣の本屋にも入った。今度は綺麗な花の画集や、挿絵のたくさん入った旅行記などを選んだ。


 僕はそれらを毎日ひとつずつ、クレア姉様に贈った。クレア姉様はどれもとっても喜んでくれた。

 だけど、僕のあげた髪留めをクレア姉様がつけてくれることはなかった。本当は気に入らなかったのかもしれない。




 クレア姉様の家に通いはじめて18日目。僕を出迎えてくれたクレア姉様の様子はいつもと違って見えた。


 居間のソファに向かい合って座ってからも、クレア姉様は何か言いたそうなのに、なかなか言い出そうとせずに、あちこちに視線を彷徨わせていた。

 しばらくして、クレア姉様がようやく口を開いた。


「この前くれたお菓子、たくさんあったからエマにもお裾分けしたんだけど、ヘンリーも美味しそうに食べてたって」


「そうなんだ。良かった」


「ええと、それから……。そうそう、レイラの夫のユージンも宮廷で働いているのよ。知っているかしら?」


「うん。わざわざ挨拶に来てくれたよ」


「ああ、この前、そう話していたわね」


 今日のクレア姉様はやっぱりおかしい。

 もしかしたら、「結婚はできない」と言いたいんじゃないだろうか。それでも諦めずに明日からもこうして会いに来たら、嫌がられるかな。


 僕の考えが暗いほうへと行きかけた時、クレア姉様が決意を固めたような顔になった。


「これからは、またあなたをセディと呼ぶわ。セディも私を好きなように呼んでいいわよ」


 クレア姉様が、やっと僕を「セディ」と呼んでくれた。それなら僕も「クレア姉様」って呼んでいいんだね。あ、違う。「クレア」だ。

 あれ、でも、紳士がそう呼べるのは、婚約したらって……。


「僕と結婚してくれるってこと?」


 僕は思わず立ち上がっていた。クレア姉様が僕を見上げて、可笑しそうに表情を崩した。


「そうよ。セディと結婚するわ」


 僕の頬は溶けてしまったみたいにゆるゆるになった。でも、僕を見ているクレア姉様が笑ってるから構わない。

 僕はテーブルを回り込んで、クレア姉様のそばに駆け寄ると、そのまま抱きついた。


「クレア」


 名前を呼ぶのが精一杯で、ほかの言葉は何も出てこない。だから、もう一度呼んだ。


「クレア」


「セディ」


 クレア姉様が……、クレアが、昔みたいに僕の頭を撫でてくれた。ああ、ここに生きて帰って来られて良かった。


 クレアに見送られて僕が馬車に戻ると、トニーが言った。


「クレア様に承諾をいただけたんですね。おめでとうございます」


「何でわかるの?」


「そんな顔をなさっていれば誰でもわかります。宮廷に着くまでに、もとに戻したほうがいいですよ」


「クレアにも同じこと言われたけど、どうすれば戻るの?」


「宮廷で若様を待っているお仕事のことでも考えたらどうですか?」


「今はクレアのことだけ考えていたい」


「はいはい。早く帰りましょう」


 その後、宮廷に戻った僕は父上や陛下や皆に、クレアと結婚できることを報告した。

 仕事はあまり集中できなかったけど、何とか終らせて帰宅し、母上やお屋敷の皆にも報せた。




 翌朝、気づくと馬車の中でサンドイッチを食べていた僕は、昨日のことを思い出して頭も足元もふわふわした。


 いつもの時間にバートン家を訪ねると、中から出てきたクレアは何だか変な顔をしていた。


「また来たの?」


 あれ。クレアが「セディと結婚するわ」と言ったのは夢だったのかな。本当は「もう来るな」とか言われたんだっけ。


「私があなたと結婚すると言うまで、じゃなかったの? 今日は来ないと思っていたわ」


 クレアの言葉に、僕はホッとした。確かに、そんなこと言ったかもしれない。


「僕はクレアに毎日会いたいんだけど、迷惑?」


 せっかく婚約できるのに、また会えなくなったら淋しい。


「私は迷惑ではないけれど、お仕事で迷惑をかけているのではないの?」


「そんなことないよ。それよりも、はい、これ」


 僕はさっき買ってきたお菓子を渡した。


「ありがとう」


 クレアはいつもみたいに笑って受け取ってくれたけど、さらに言った。


「贈り物も、別にいいのよ。毎日大変でしょう」


「ううん。全然」


 クレアへの贈り物を選ぶのは楽しい。これからも続けたい。


「とにかく、無理しない程度でいいわ。贈り物がなくても、セディの顔が見られたら十分だから」


 僕は目を見開いた。クレアも僕と会うことを喜んでくれてるのかな。


「今日はお天気が良いから庭にしましょうか」


 そう言って、クレアは玄関を出て歩きだした。クレアの後を追いながら、僕はその後頭部をまじまじと見つめた。見覚えのある髪留めがクレアの髪を飾っている。


「つけてくれたんだ」


 僕が呟くと、クレアが振り向き、それから何のことか気づいたように髪留めに触れた。


「ああ、ええ」


「気に入らなかったのかと思った」


 クレアはちょっと困ったような顔をした。


「とても気に入ったわよ。だけど、恋人でも婚約者でもない男性からもらったものを気軽に身につけられないでしょう」


「でも、別に高価なものじゃないよ。宝石とかもついてないし」


「それでもよ。これから女性に贈り物をする時は、慎重にしなさい」


 そう言えば、母上が「婚約もしてないのにドレスやアクセサリーを贈っても受け取ってもらえない」と言ってた。あれも、こういうことだったんだ。


「僕が贈り物をしたのはクレアだけだし、これからもクレアだけだよ」


 クレアはちょっと嬉しそうな表情になった、と思う。


「婚約者として、正しい答えね」


 それだけ言って、クレアは再び歩き出した。僕の目にまた髪留めが映った。

 確かに、僕が選んで贈ったものをクレアが身につけてくれてるって、すごく特別な感じがする。


 僕は堪らなくなって、後ろからクレアに抱きついた。クレアが小さく悲鳴をあげた。


「セディ、離れなさい。婚約者でもこういうことをするのは駄目よ」


「でも、昨日は……」


「庭でこんなことをしたら、誰に見られるかわからないでしょう」


「じゃあ、今日も居間で……」


 肩越しに僕を振り向いたクレアの目を見て、僕は口を噤むと急いでクレアから離れた。


「ごめんなさい」


 すると、クレアはまた笑顔になって、僕に向かって手を差し出した。


「ほら、いらっしゃい」


 僕はその手をしっかり握った。




 うちのお屋敷で夜会が開かれた。王宮の時ほどではないけれど、やっぱりたくさんの人たちが来ていた。

 開始前は王宮の夜会で女の人たちに囲まれたことを思い出したりして、また気分が悪くなりそうだった。でも、クレアが「そばにいる」と言ってくれたので、安心できた。


 そこで父上が、僕とクレアの婚約を発表した。

 淡いブルーのドレスを着たクレアは前回よりもずっとずっと綺麗だった。僕が選んで贈ったドレス。絶対にクレアに似合うと思ってたけど、想像以上だった。皆も褒めてくれて、僕は鼻が高かった。


 その夜は、クレアも家に泊まった。


 僕の部屋の隣が僕とクレアの寝室で、その向こうがクレアの部屋。

 クレアと一緒に寝室を使っていいと言われていたので、僕は急いで寝支度をして寝室に向かった。クレアはまだいなかったので、先にベッドに入った。


 しばらくしてからやって来たクレアは、僕がいることに気づくと驚いて、ベッドから出ていこうとした。僕は咄嗟に引き留めた。

 その途端、クレアの良い匂いと体温がいつもより強く感じられて、僕の頭と体が熱くなった。気がつくと僕はクレアをベッドに抑えつけて、クレアの唇に僕の唇を押しつけていた。

 いつかカイルが言ってたことは本当だった。口づけは気持ち良い。この柔らかい感触をずっと味わっていたい。もっと先に進みたい。


 僕の下でクレアが身じろぎしたので、僕は我に返った。多分、僕のやり方は強引だった。クレアは僕をキッと見上げて、「こういうことは結婚するまではしない」と言った。こういうことっていうのは、口づけの先のことだと思う。もちろん僕はクレアに従う。

 でも、クレアの隣で寝ることだけは譲れなかった。クレアも許してくれた。

 僕はもう一度クレアに口づけた。今度はクレアにも気持ち良くなってもらえるように。


 やがてクレアが僕の腕の中で寝息を立てはじめた。部屋が暗いので、残念ながら寝顔はよく見えない。だけど僕はこの上ない安堵感に包まれた。

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