諦観する傍観者(レイラ)①
次はレイラです。
彼女は本編でもヘンリー編でも登場させるつもりでしたが結局出せず、そのため急遽こちらを書きました。
よろしくお願いします。
幼馴染のセディは、それはそれは見目麗しい男の子だった。
私とセディはお母様同士が仲良しで、月に何度かはどちらかのお屋敷で会っていた。
王道の恋愛小説なら、私は1つ歳上のセディに幼い頃から恋心を抱き、だけど成長するにつれて顔が綺麗なうえに公爵家の嫡男である彼と平凡な伯爵令嬢の自分では釣り合わないと気づいて悩み、そのうえ彼と釣り合う婚約者候補が現れて嫌がらせを受け、身を引く決意をしたところで突然彼からの熱烈な愛の告白を受け、なぜか周囲からも祝福されて甘い新婚生活がはじまっただろう。
しかし、現実の私はセディに対して欠片も恋心を抱いたりはしなかった。
なぜなら、セディが大大大好きだったのはクレアお姉様で、セディは私たちと会う時にはいつもお姉様にべったりとくっついて離れなかったからだ。
例えば、ある日はこんな感じ。
我がバートン家にコーウェン公爵家の馬車が到着し、扉が開けられると同時にセディが降りてきて、「クレア姉様」と呼びながらお姉様に駆け寄って抱きつく。
後から現れたセディのお母様であるカトリーナ様に「セディ、きちんとご挨拶なさい」と言われて、ようやくセディは私たちを見て「こんにちは」する。
セディはお姉様と手を繋いで屋敷の居間に入り、当然、ソファではお姉様の隣に座る。私とセディは果汁飲料、他の人たちは紅茶を飲みながらお菓子を食べる。
そのままカトリーナ様とお母様は居間でお喋り。私たちは庭に出る。もちろん、ここでもセディはお姉様の手を握っている。
帰る時間になると、セディは「まだ一緒にいたい」と言って再びお姉様に抱きつき、お姉様とカトリーナ様に宥められて渋々馬車に乗る。馬車が門を出て見えなくなるまで、セディは窓からこちらを覗いていた。
お姉様もお姉様で、セディに纏わりつかれて鬱陶しがる様子はなかった。時々セディのふわふわの髪を撫でたり、すべすべの頬をつついたりして楽しんでもいた。
あ、ふわふわとかすべすべは私の想像だ。私はセディの髪にも頬にも触れたことはない。
お兄様はセディに会うといつも不機嫌な顔になったけれど、セディを引き剥がして自分がお姉様にしがみつくなんてことはしなかった。セディより2つも歳上の自分が、セディと同じことをするのは恥だと思っていたのだ。
ヘンリーが大人たちのように紅茶を飲んでいたのだってセディの手前、無理していただけで、本当は果汁飲料のほうが良かったはず。
でも、お姉様が離れた隙にセディに意地悪をすることも十分に恥ずかしい。
髪の毛を引っ張ったり、頬をつねったり、大きな芋虫を頭に乗せたり、わざとぶつかって手にしていた果汁飲料を零させたり。
だけど、ヘンリーに泣かされたセディが向かうのはやっぱりお姉様のところなのだから、まったくの逆効果だった。
ちなみに、セディはただただ「クレア姉様が大好きだから少しでもそばにいたい」という自身の欲求に素直に行動しているだけで、その綺麗な顔を利用するなんて計算は微塵もできなかった。
だからこそ、お姉様もセディが可愛いかったのだろう。お姉様が密かにセディを「天使みたい」と思っていることも私は知っていた。
一方のヘンリーはと言うと、色々考えているようでいて穴だらけ。お姉様の弟である自分のほうが断然有利だと信じているのが、まず間違いだ。
そんなこんなで、気がついた時にはお姉様に纏わりつくセディと、それを睨みつけるヘンリーの図を見せられていた私は、お姉様に同情しつつも傍観者であり続けた。
セディはきっとずっと変わらずお姉様を大好きなままで、いつかお姉様はセディと結婚することになるんだろうな、と私は考えていた。
ところが、私が10歳になった年、セディはお父様の仕事の都合で外国に行ってしまった。最後まで、彼が泣いてしがみつくのはお姉様だった。
セディはお姉様と婚約くらいしていくのかと思ったが、結局そういう話は出なかった。おそらくセディの頭ではそこまで考えが及ばなかったのだろう。
お姉様は、セディがいなくなってしばらくは寂しそうだった。ヘンリーは、天下を取ったような顔をしていた。
私はと言えば、果たしてセディの世界に私は存在していたのだろうかなどと考えたりした。
セディが帰国したのは6年後。
その間に私たちのお母様が亡くなり、お姉様がお屋敷の切り盛りをするようになり、お父様が決めたお姉様の婚約者をヘンリーはもちろん気に入らず、逆に奇跡的に良い方がヘンリーの婚約者になってくださり、私はなぜか侯爵家の嫡男に見初められ、ヘンリーと私はそれぞれ結婚、お姉様が婚約者と別れたのはセディの帰国後だけど、ふたりの再会前だった。
私がセディとお姉様の再会を知ったのは、夫のユージンに聞いた話からだった。
「少し前に帰国して秘書官になった公爵家の嫡男が、一昨日の夜会で婚約破棄したばかりの歳上の令嬢に求婚していたらしいんだけど、義姉上のことじゃないかな?」
セディが帰国していたことは知らなかったが、私はすぐに確信した。
「多分、お姉様と、幼馴染のセディのことではないかしら」
王宮での夜会には私もユージンと参加していたのに、お姉様はすぐに帰ってしまったとかで会えなかったし、あの場にセディがいたなんて気づかなかった。
セディはどんな風に成長したのかしら。すっかり昔の面影がなくなってもっさりしてしまっただろうか、それともやっぱり麗しいままだろうか。私は6年前の姿のセディでしか、求婚場面を想像できなかった。
「ああ、秘書官はセドリック・コーウェンだ。幼馴染だったのか」
「セディはお姉様しか見ていなかったから、私のことは覚えていないかもしれないけれど」
「レイラの初恋の相手、とか?」
ユージンの問いに、私はげんなりした。
「ありえないわ」
「だが、私も宮廷で何度か見かけたが、ずいぶん綺麗な男じゃないか。夜会でも令嬢方が興味津々だったというぞ」
やっぱりセディはもっさりとはならなかったか。
「セディの顔が良いのは認めるけれど、私はそれに気づくより先にあの人と深く関わると大変だと知っていたから、そういう対象にはならなかったの。セディの相手はお姉様しか無理よ」
「そうなのか」
ユージンは心なしかホッとした表情になった。
4歳上の夫は、私の友人たちに「……優しそうな人ね」としか言われない感じの顔だ。
体は大きめ。それ以上に心が大きくて、実際に私にとても優しい。
私の世界においては、セディなんかよりユージンのほうがずっと魅力的で重要な存在だ。ユージンが私を選んでくれて、本当に幸運だったと思っている。