出来るのは道を整えること(コーウェン公爵)④
父編、最後になります。
よろしくお願いします。
そんな日々が半月ほど続いたある日、セディが仕事中の私のもとに駆け込んできた。
「父上、クレアが僕と結婚してくれるって」
私は思わず立ち上がった。
「本当か? 良くやったな、セディ」
「うん」
セディは、眩しいほどの笑みを浮かべた。そこまではっきりとした陽の表情は本当に久しぶりに見た。
「すぐに正式な婚約を結ばねばならんな。急ぎ、バートン伯爵と日を相談して来よう。セディ、おまえは陛下にご報告しなさい」
「わかった」
それからは大忙しだった。
私はすぐさま、教会でふたりの結婚式を挙げる日を決めた。可能な限り早いほうがいいだろうと思い、ウェディングドレスができあがる2か月後にした。同じ日に屋敷で披露パーティーも開く。
同時に、近く屋敷で開催する予定だった夜会で、セディとクレア嬢の婚約を発表することにして、その準備も命じた。
他にも、婚約と結婚に必要な手続きや準備を片付けていく。
数日後には、私とリーナ、セディはバートン家を訪れ、無事にセディとクレア嬢の婚約が成立した。
初めて間近に見たクレア嬢は、暖かい光を感じさせる女性で、セディが彼女を求めたのも理解できるような気がした。それに、ウォルターが彼女は傷物ではないと言ったことも。
クレア嬢は私に対しては淑女らしく挨拶をした。だが、セディに向かうとそれが崩れて笑みが優しく、視線は柔らかくなった。
セディは伯爵に挨拶した後はクレア嬢ばかり見つめていて、隙あらばクレア嬢に近寄りたがった。リーナから王宮の夜会の時と同じ注意を受けていなかったら、きっとクレア嬢に抱きついていただろう。
セディはクレア嬢の前ではあんな顔をするのかと感慨深く眺めているうちに、今のセディよりも少しだけ幼かった「カトリーナ姫」のことが思い出されて、私は甘酸っぱいようなむず痒いような気分になった。
今度はセディの婚約者になったクレア嬢が、花嫁修業の名目で我が家に通うことになった。
「クレア嬢のことは、もうセディの妻だと思って接してくれ。他の者にもそう徹底するように」
ウォルターに命じると、彼は恭しく頷いた。
「一同、心得ておりますのでどうかご安心を」
それからすぐに、私は何人かの使用人たちが「若奥様」と口にしているのを聞いた。当然、クレア嬢のことだろう。
ウォルターに確認すると、誰からともなくそう呼びはじめ、あっという間に皆に広がったらしい。
「さすがに、『若奥様』は早すぎますでしょうか?」
「いや、クレア嬢をセディの妻として扱うよう言ったのは私だ。それで構わん」
「承知いたしました」
何となく、ウォルターがホッとして見えるので、彼もすでに「若奥様」と呼んでいたのだろう。
婚約が決まってからは、セディは私たちの前でも「クレア姉様」と言わなくなり、「クレア」になった。
私も、そろそろ「クレア嬢」ではなく「クレア」と呼ぼうかと考えた。
「ところで、夜会の日に若奥様にお使いいただく部屋はどちらにいたしますか?」
「そうだな」
ウォルターの問いは、客間か、次期当主夫人の部屋かということだ。普通ならクレアはまだ婚約者なのだから客間だ。
しかし、私には確かめたいことがあった。セディはクレアの隣で眠れるのか。クレアと夫婦の行為をできるのか。そして、夜中に悪夢で唸されるセディを目にしたら、クレアはどんな反応をするのか。
ちなみに、クレアの部屋には今のところベッドがないので夫婦共用の寝室を使うしかないが、セディの部屋にはあるので、ふたりが同じベッドで寝るかどうかは最終的にはセディ次第ということになる。
まあ、「若奥様」を客間に通すのはおかしいだろうと、私は決断した。
「若夫婦用の部屋を用意しておけ」
「かしこまりました」
それに関しても、リーナは反対しなかった。
「もちろん結婚前からふたりを一緒に寝かせるのはバートン伯爵やアメリアには申し訳ないですが、あなたが懸念する気持ちはわかります。セディも、クレアにあまり無茶なことはしないでしょう」
そう言ったリーナ自身は、あまり懸念しているようには見えなかった。
我が家での夜会の日になった。
クレアは予定どおりに次期当主夫人の部屋に入り、セディの選んだドレスを身に纏った。
女性も大勢参加する社交の場が苦手なセディは、夜会のはじまる前、クレアに甘えるように身を寄せ、クレアはそんなセディを大らかに受けとめていた。
夜会の間もクレアはセディを気遣い、そのおかげでセディはずいぶん落ち着いている様子だった。
無事、来客たちにふたりの婚約を披露することができた。
翌朝には、セディは珍しく食堂に姿を見せて私たちと一緒に朝食をとり、リーナの隣で見送るクレアに手を振ってから馬車に乗り込んだ。いつもよりシャキッとして見える。
トニーからの報告によると、昨夜セディはクレアと同じベッドを使ったが、それだけだったようだ。
私は馬車の中で、一応、セディにも訊いてみた。
「クレアが隣にいると、よく眠れたか?」
「うん」
「ああ、セディ、クレアとは、その、ベッドの中で何かしたか?」
セディは私をジッと見つめてから、答えた。
「何もしてないよ」
「そうか」
私はがっかりしたのか、ホッとしたのか、自分でもよくわからなかった。
仕事を終えて帰宅してから、改めて前夜から今朝のことを思い出しているうちに、私は何とも言えない気持ちになってきた。
事件からしばらくして「僕はもう大丈夫」と言うようになってから、セディは私たち両親を頼ることはあっても、甘えることはなかったように思う。だから、セディがクレアという存在を得られたことは本当に喜ばしい。
リーナの言葉どおり、この先、私がセディにしてやれるのは道を整えてやることまでで、セディと一緒にその道を歩いていくのはクレアだ。
クレアならセディに道を誤らせたりしないだろうし、セディを支え、あるいは手を引き、時にはともに休んだりしながらもずっと寄り添っていってくれるに違いない。
そういうことを頭では理解しているのだが、どうにも寂しさを感じてしまうのだ。
「ウィル、クレアにやきもちを焼いているの?」
私の隣に座ったリーナが、揶揄うようにそう言った。
「そんなことはない。安心して、少し気が抜けただけだ」
「そうでしたか。でも、本当に良かったですわ。クレアと一緒に暮らせるようになれば、セディの気持ちはさらに安らぐでしょうね」
リーナの言葉を聞いて、私は咄嗟に思いついたことを口にした。
「いっそのこと、クレアにはもうこの家で暮らしてもらうか」
リーナは目を瞠った。
「それは、ただでさえ婚約期間が短くて、クレアがあちらの家にいられる時間も残りわずかなのに、納得してもらえるかしら」
「もともとクレアは別の相手と長く婚約していたのだから、いつでも実家を離れる覚悟はできているのではないか。それに、婚約期間が短いからこそ早く慣れてほしいとか何とか理由をつければ、納得してくれるだろう」
リーナが難しい顔をして首を傾げたので、私はさらに言った。
「それなら、セディがクレアに会うために毎日、仕事を抜け出すから、陛下が腹を立てていらっしゃることにするとか」
「そんなことを言ったらクレアが気にしますし、お兄様にお会いしたらすぐに嘘だとわかってしまいますわ」
「だったら、私でもいい。これもセディのためだ」
「1番の協力者のくせに、クレアに誤解されても知りませんわよ」
そうして、リーナがどうにかクレアを納得させ、この後すぐにクレアは我が家で暮らしはじめるのだが、やはりクレアに誤解されていたと私が気づくのは、もう少し先のことになる。




